第18話 急なトラブル

 プロトは慌ててマウスとキーボードから手を離し、スマホで自分の配信を開いて確認すると、アバターのプロトが目を半開きにして、頭が馬鹿になったみたいな不細工顔で固まっていた。


 机上のアイバンを確認すると、その目はギロリと光っているが、黒目が追尾してこない。勿論、アバターもトラッキングされない。


「カメラ動いてるんだけど、どうしてだろ。アレ?おかしーな。……取り敢えず……どこか円内の家にこもってガス固めるから、それまでみんな待ってて」


 プロトはリスナーに向けて声を掛け、またおじさんを走らせた。


 小さな屋内に三人して閉じ籠り、籠城するために扉の前に独立変数を加える。


「どう?」


 完全にぼっ立ちして固まるおじさんの前で、ホウキの使うキャラクターがカサカサと細かく動き回る。


「いや、何だろ?何の問題だろ」


 パソコン側もしっかりカメラを認識していて、多分トラッキングだけに問題があるように思える。


「運営さんに訊いてみたほうがええんちゃう?」


「確かに」


(アイバンのトラッキングが不調なのか、モデルが動かなくなりました。パソコン側には入力されてるぽいです。)


 プロトは運営のアカウントに向けてチャットを送る。恐らく、向こうにはスケさんが常駐しているはずである。


「ちょっと時間がかかるかもです」


「まあ、円内入ってるし、ガスだしええやろ。これがこのゲームのセオリーちゃう?」


 イナリはガハハと不敵に笑う。


「次安地も入ってると思うよ。さっきヴァルがこっちの方に飛んで来てた」


 同期の何気ないフォローに、プロトが感謝と少しの居た堪れない気持ちになっていると、二分と経たないうちに運営からチャットが届く。


(プロトさんは魔力増強剤は飲まれましたか?アイバンの様子はどうですか?目に光を当てれば対光反射と言われる、瞳孔が大きくなったり小さくなったりする、医療ドラマなんかで見るアレで動いているか判別できます。生き物なのであまり強い光はダメですけど。基本的にアイバンが正常に稼働していて、ほかに競合するカメラがない場合はエラーは起きません。)


(配信前に飲みました)


 ……返事が来ない。


『安地収縮待機中』

『機材トラブルはしょうがねー』

『立ち絵にしてもいんじゃない?』


「珍しいよね。ウチもまだカメラのトラブルはないわ」


「コメントで立ち絵でもいいんじゃないって」


「いや、ゲームのfpsは安定してるから処理とか回線じゃないっぽいんだよね」


 イナリは狭い室内で無駄に速度をブーストさせ走り、壁に向かってジャンプで飛び込み、壁を蹴る。所謂、壁ジャンプと呼ばれるキャラクターコントロールの技術だが、出来ているとは言い難い。


(只今カモに確認しましたが、増強剤の効果が切れた可能性が高いとのことです)


(一日に何錠も飲んで平気ですか?)


(一度に沢山飲むのは危険ですが、効果が切れてからなら平気だろうとのことです。一応、体調を見ながら、無理せず配信して下さい、と)


(分かりました)


「ちょっと。一旦蓋絵にします。1分もかからないと思うから」


『はーい』

『分かったよ』


 プロトは配信画面を隠し、マイクをミュートにして薬を用意する。カラカラとなる瓶から一粒出して、それを常飲するお茶でゴクリと飲み込んだ。急遽大量に用意した苦味がはっきりとあるタイプの緑茶である。

 いつもは配信開始する少し前に薬を飲むのだが、そんなに即効性のあるものなのだろうか。

 そんな不安を思っていると、忽ち喉の奥には不快感しかない魔力増強剤の独特な香りが広がり、喉と胸にぼうっと熱が帯びる。


 ――おお、効いてる、効いてる。


 こんなに効果を実感したのは初めて薬を飲んだ時以来だ。臭いの気持ち悪さは相変わらずだが、この身体が芯からポカポカとする温感は、もはや暖房要らずと言った感じだ。


「どうこれで直ったかな?」


 コメントのリスナーに訊く感じで呟くが、その裏で自分でもスマホから配信画面を確認する。


『なおった』

『かえってきた』

『こいつ…動くぞ』


 そんなコメントを見るよりも早く、プロトは熱くなった胸を撫で下ろした。


「おし、直ったよ」


「おお」


 しゃがんだままの不恰好で歩くホウキのキャラが予備動作なしにひょいと立ち上がる。


「よっしゃ。残りの部隊狩り行くかぁ」


 本日最もキル数の少ないイナリが言う。彼女の操るキャラクターは、放置のし過ぎで勝手にカチャカチャと武器を眺めるエモートを取っていた。

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