第11話 憧れの出前寿司
「――ども」
プロトとイナリに真っ先に気付いた青い髪の女が挨拶した。
それに続いてカモがノートパソコンから目を離して言う。
「ああ、お疲れ様。寿司とりましたんで、どうぞ食べて下さい」
二十人は収容出来そうな大きい方の会議室に居たのはカモともう一人。マネージャーのスイレンさんだけだった。
水の精霊のウンディーネであるスイレンさん。
青色のガラス玉みたいな透明感のある液体で肌も髪も構成されていて、ミニスカートのスーツを着ている。
もとはVtuberとしてデビューする予定だったそうだが、彼女が動く度にピチャピチャと水音がなってしまい、AIによる誤BANを誘発するとのことでデビューは見送られて、その間にマネージャーとして落ち着いてしまったらしい。
もともとモデルを動かす技術にも精通していたことと、分身できる能力とか、手のひらを液化させてキーボード上に広げることで超高速タイピングが可能であるので縁の下の力持ちとして大いに貢献している。
「全然人いてへんくないですか」
イナリは訝しそうに言う。
真面目な態度を装ってはいるが、尻尾をブンブンと振り回し、人が少ないことなんかどうでもいいようにさっさと寿司に駆け寄る。
「寿司言うてんのに、いなりないやん!」
呆れたように声を荒げるイナリだが、それでもやっぱり尻尾の回転は止まらない。
「やっぱり、イナリはいなり好きなのか」
「ウチがウチのこと好きなんは当たり前やろ。ん?……ああ、好きやよ。一番は粉もんやけど。縁日の箸巻きが最高なんや」
イナリはサムズアップして謎のキメ顔をする。
「そう」
イナリはジュルジュルと音を立てながら、その血走った目を寿司へと向ける。
「プロトさんも良いっすよ」
「あ、じゃあいただきます」
スイレンに催促されてプロトはゆっくりとプラスチックの容器に入った一人前の出前寿司が置かれている席へ腰掛けた。歩みがゆっくりなのには依然、口の中に魔力増強剤の臭いが残っているからで、正直今は食べ物よりも何か飲み物が欲しかった。
これ、持ち帰ったら駄目だろうか。
透明なプラスチックの蓋から見えるのはギラギラと艶めく魚の切り身。一目見ただけで良いやつだと分かる。
「ん?なんや、苦手なやつでもあったん?ウチが食べたろか?」
隣ではイナリが醤油も付けずにバクバクと次から次に口へ寿司を詰め込んでいる。
「食い意地はるな。あーでも、ウニは食べて」
プロトは手で払うようにしてイナリを制して、用意されていたペットボトルの緑茶を一飲みする。
ほろ苦い緑茶の味が、不味い口の中に沁み渡る。
……なるほど。
魔力増強剤の臭みを取るには苦い物が良いんだな、とプロトはもう一口お茶を口に含んで口内に行き渡らせるようにして丁寧に味わった。
それから、
「これ、何の集まりですか?」
と訊いた。
大きな会議室に集まったのは四人だけ。デビューのお祝いというにはあまりに小じんまりした席である。
事務所兼寮のこの建物にはもっと人間がいるはずだが、その中で態々四人を集めた祝いの席。金銭的な事情なのかも知れない。
ただ、プロトが気になったのは後一つ用意された寿司だった。この場には四人居て、寿司は五つある。とすれば、もう一人、参加する人間がいる。
そう、プロトは推理してみる。
そうなればこれは四期生のデビュー祝いではない。四期生はプロトとイナリの二人だけなのだから。
「おお、流石はプロトくんだね。察しが良い。イナリさんが何と言ったかは知らないけれど、実は四期生としてデビューするもう一人が決まってね」
――学生?ということは僕と同じ人間なのか?
とプロトは思案する。
カモはスイレンを見て小さな声で「じゃあ、お願いします」と言うと、無言のままでスイレンは立ち上がり部屋を退出する。
「決まってね、というか少し前に決まっていたんだけど、彼女学生さんだったから。ちょっと都合が付かなくてね。今日はそのお祝い兼顔合わせなんだよ」
カモがそう言っていると、会議室のドアがコンコンとノックされる。
「ああ、来たね」とカモは立ち上がり、会議室のドアノブを持ってこう続けた。
「『黒須』――ああ、いや。失敬。
そうしてドアノブを捻って戸を開くと、そこには制服姿の少女が立っていた。
「はい、拍手ー!」
カモの大きな拍手が会議室に響き渡る。その場にいる、他の全員を置き去りにして――。
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