第33話
「背中が痛いと言うから見ただけだぜ。……って、大統領!?!?」
アントワーヌが大股で部屋に入ってくる。その迫力にザックは萎縮することしかできない。
「お父様……」
「テリーナ!こんな得体の知れない男と部屋に入ってはいけないのだ!」
「ギャハハ!たしかに!正面から来なかったもんなァ!ザック!」
「こ、これには訳が……」
「ザックさん、私の背中に傷はあったかしら……?」
テリーナは状況をわかっていないようだ。
「怪我はなかったぜ。たが、あんたイレズミ入れてるんだな。真っ赤な砂時計の形の。意外だね……」
「……は?」
アレストの血の気が引く。アントワーヌは腰を抜かしてその場に尻餅をついた。
「『砂時計』の模様が、背中に!?」
「て、テリーナ!!!!!!なんてことだ!」
「え、なんなんだよ?」
ザックとテリーナがきょとんとして顔を見合せた。
「間違いない。『砂時計』だ。ルイスのときと同じだ……」
アレストもテリーナの背中を確認し、ため息をつく。
「ランプの封印が切れたせいだな……。シャフマ神が復活するための魔力源、といったところか……」
「わ、割れたら……どうなるのだ……?」
アントワーヌの震えた声。アレストが立ち上がる。
「ラビー」
「は〜い!おとぉさぁん!僕だよぉ」
廊下からラビーが出てきた。いつの間に潜んでいたのか。
「『予知』してくれ」
「もう見えてるよ……。『百日』と『洪水』……」
「ありがとう」
(ラビーが見ようとしなくても『見えてる』ってほどの『確実性』か)
ザックは目を泳がせる。ラビーはギャンブル時に相手の次の手をわざと見ることはあるが、自然と未来を見ることはほとんどない。それなのに見えているのだ。
「テリーナサン、あんたは百日……いや、あと八十日で人格を失う。そして、その前にしんだら大陸が大洪水だ」
「……え?」
「あ、アレスト!」
「アントワーヌサン。隠していたってどうしようもないぜ」
「……っ」
それを聞いていたザックは絶句した。自分の父がこんなに真剣な目をしていたことはない。
「どういうことだよ!父さん!」
ザックがアレストに掴みかかる。アレストは小さく息を吸い、ザックに目線を合わせた。
「……」
「な、何かの病気なのか!?薬とかはないのか!?なぁ、父さん!」
「……何故あんたがそんなにムキになるんだ。テリーナサンとは初対面だろう」
「それはそうだが……っ」
まさかさっき一目惚れ?して求婚したとは言えない。
「俺はこの娘を救いたいんだ!何故かは分からないが放っておけない!」
自分でもらしくないとは分かっている。大統領が恐ろしくて一度シャフマに逃げ帰った。さっきまでだって話し合いから逃げようとしていた。なのに、テリーナが人格を失うなんて許せないと思った。
「そうか……。分かったよ。俺だって『砂時計』がまた災害になっては困るからね。アントワーヌサン、俺と俺の子たちはテリーナサンを救う。それでいいね?」
「アレスト……!」
「おっと。その名前はダメだぜ?ふふふ、実の息子も知らない俺の『シャフマ名』だからね」
(アレスト……?どこかで聞いた気がするな。デヴォンが言っていたか?……あ!そうだ!)
ザックがハッと表情を歪める。
「父さん!友達とはぐれたんだ!砂時計?のことも解決しながらそっちもなんとかしてくれ!」
「くくくっ……あんたは欲張りな男だねェ……。全く、誰に似たんだか……ふふふっ」
「で、解決法だが」
アントワーヌの自室。大きなソファに座らせられ、緊張するザック。
「シャフマ神の力を削ぐ。これに尽きるだろう」
「シャフマ神の力を削ぐ……具体的には何をするのだ?」
「そこだよねェ……。ロヴェールサンなら何か知っているかもしれないが」
「ツザール村か。遠いのだ……」
「あぁ。最短ルートでもここからシャフマの端までは1ヶ月かかる。電話がいいだろう」
アントワーヌの部屋には電話がある。アレストはそれに番号を入力した。
「おおっ!?ロヴェールの電話番号を知っているのか!」
「知らないぜ?シャフマにはそんな便利なものはないさ」
「じゃあどこにかけているのだ!」
アレストは上機嫌だ。スピーカー・オン。受話器の向こうから聞きなれた声が聞こえた。
『はい、もしもし?こちら酒場……』
「相棒!俺さァ!」
やはりルイスに。作戦会議中に妻に電話をかけるな。
『あぁ、あんたね。一体ストワードから何回かけてくるのよ。アントワーヌも困るわよ。電気代?とかかかるんでしょう』
「いいんだぜ!そんなことは。ふふふっ」
幸せそうに笑う。
『良くないわよ。で、何の用?くだらないことだったら切るわよ。忙しいのよ』
「それはすまない。だがまぁ……くだらなくはないぜ。頼みがあるんだ。ロヴェールサンに連絡を取ってくれ。悪いが、話を聞きたい」
『ロヴェール?今いるわよ。代わる?』
「え!?いるのか!?ギャハハ!なんてミラクルだよ!」
アレストがゲラゲラ笑う。
『ちょっ……うるさっ!はいはい、こちらロヴェール。なにこれ、声聞こえてんの?』
「聞こえているぜ。ロヴェールサン。単刀直入に聞く。シャフマ神を無力化する方法を知っているか?」
向こうでロヴェールが息を呑む音が聞こえた。暫し沈黙。
『……。……そっか、やっぱり』
『……はぁ……。一つだけ、あるよ』
「何だ?何でもいいぜ。俺の息子がやる」
『…………シャフマ神を、人間にするんだ』
神を人間に。ロヴェールはそう言った。
アレストは動揺一つせず続けて聞く。
「人間にするにはどうすればいい?」
『この大陸の東の果て……『人魚の楽園』に行って』
『千年以上前に使われていた『薬』を手に入れるんだ』
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