第32話

「……っ!?」

ザックが目を見開いて口を手で覆う。

「い、いや、今のは……」

ザックが後ずさる。

「挨拶かしら?」

金髪の少女はクスクス笑った。

「え?」

「本気になんてしないのだわ。だってあなたとは初対面なのだわ」

「……あぁそうだったね…………」

「うふふふっ、面白い人なのだわ。でも、誰かしら?」

完全に主導権を握られたザックは後ずさるばかり。

「俺はザックだ」

「ザック?あら、どこかで聞いたことあるのだわ」

少女が首を傾げる。

「……お父様が話していた気がするのだけれど。後でお父様に聞こうっと。私はフェリシア。よろしく、未来の旦那様候補さん」

「旦那様候補?」

「私と結婚がしたい、そう言う人はたくさんいるのだわ……。だから、候補なのだわ」

(ライバルか……負けられないな……)

(いや何を考えている!俺!! 俺は一人の女と結婚するだなんて窮屈なことは嫌だぜ!)

(さっきのは混乱して言っただけだ!そうだよな?)

「うふふふっ、でも柵の上から飛んでくるだなんて、なんだか面白いのだわ」

「……」

少女がはしゃいでザックの手を掴む。

「あなたのこと、もっと教えて欲しいのだわ!私の部屋に案内するのだわ!」

「え、俺は用があって……」

目の前の少女には聞こえない。フェリシアは楽しそうに走るばかりだ。

フェリシアの部屋に入らされる。強引だ。

(フェリシアはこの大統領の家に住んでいるのか?だとしたら、まさか……娘……?)

「なぁ、あんたの父さんって……」

ザックが言いかける。しかし、最後までは聞けなかった。フェリシアが前のめりに倒れたのだ。

「っ……ま、またなのだわ……苦しい……のだわ……」

床で丸くなって苦しんでいる。ザックが駆け寄って顔を覗き込む。

「大丈夫か!?急にどうしたんだ!」

「最近、体がおかしいのだわ……。背中が、痛いのだわ……燃えるように……熱い……っ」

「背中を怪我したのか?」

ザックがフェリシアの背中を見る。傷があって膿んでいるのかもしれない。虫に刺されて毒が入ったのかもしれない。

「何もしていないのだわ……でも、背中……だから……何が起きているのか……自分では見れないのだわ……」

「っ……!」

ザックは反射的にフェリシアの服に手をかけていた。

「……すまない。見ていいか」

「っ……!」

フェリシアの肩が跳ねる。恐ろしいのだ。


「アントワーヌサン、意を決して見ないとだ」

「わ、分かっているのだ!だが、だが……」

「娘がかわいいのは分かるが、人格がなくなってからでは遅い」

「……うう…………」

ザックとフェリシアがいる部屋の扉の前で、アレストとアントワーヌが小声で話していた。二人には聞こえない。

「……わ、分かったのだ!行くのだ!」

アントワーヌが頷く。アレストが背中を押した。物理的に。

「て、テリーナ!父なのだ!入るのだ!」


―ガチャッ……


アントワーヌの目に飛び込んで来たのは、娘の服を脱がせている黒髪の男の後ろ姿。


「っ……!!!?!?」


「あ、ザックじゃないか」


「え。父さん?」


「ぼぼぼぼぼ僕の娘に何をしているのだー!!!!!!!!!!」

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