第5章『誘拐事件』
第22話
〜ストワード地区 とあるスラム街 路地裏の研究室〜
「まだ、まだだ......」
異形の怪物が試験管を握って歩き回っている。
「『砂時計』には魂が宿り、人格が形成されることは......分かったが......」
砂の体、緑の瞳。
「私が私のままに宿るには、どうしたら、良いのか......?」
「捕らえました!ザッカリーです!!」
怪物がニヤリと笑う。
「随分早いですね。抵抗はされなかったのですか?」
「こちらの作戦は完璧でしたから。アレストとやらも甘いですな」
「よくやりました」
「所長、デヴォンの方も捕らえましたよ」
「......目的はそっちですよ。生きていますよね?」
〜地下牢〜
「げほっ!!?い、痛ぇ......」
後ろ手に縛られたザックの目の前で檻の鍵が閉められる。腕からも足からも血が出ていて酷く痛む。
「なんだ、この檻は!俺しかいないのか?デヴォン!リュウガサン!ヴァレリア!ラビー!ゾナリス!いたら返事をしてくれよ!」
真っ暗で何も見えない。耳を澄ますが、自分の息づかいしか聞こえなかった。
「酷い怪我で声が出ないわけではないよな?」
ゾナリスと合流し、指名手配の件を話した。しばらく歩いて次の街に着きそうだとリュウガと話していたとき、突然ゾナリスが倒れたのだ。
(リュウガサンはノマサンが倒れていたときと同じ状態だと言っていた)
ゾナリスが苦しそうに「に、逃げて......」と言った瞬間、大きな怪物の足音がして
(そこからの記憶がない。ゾナリスはどうなったんだ?)
先程目を覚ましたら、檻の中だったというわけだ。
(アントワーヌ大統領が犯罪者の俺を追ってこんなことをしたのか?それにしても強引というか、話す態度ではないように思えるが)
今、自分を一番恨んでいるのは家を焼かれたアントワーヌだろう。しかし、ゾナリスは話をしてくれと申し入れたと言っていた。
「はぁ......一人で考えても分からないぜ......。こんなときにデヴォンがいれば......」
「お、お兄ちゃん......?」
隣の檻からか細い声が聞こえた。ラビーの声だ。
「ラビー!あんた、無事だったのか。良かったぜ......」
「無事じゃあないよぉ......顔を殴られたんだよぉ......腫れて痛いよぉ......お兄ちゃん......」
「う......やっぱり治療のできるデヴォンがいないと俺たちはダメだね......」
「簡単な白魔法なら使えるじゃん!痛みを取るやつ!早くしてよぉ!」
「あんた、元気じゃないか。まぁ待っていろ。それくらいならばすぐに」
ザックが白魔法の呪文を唱える。
「わぁ!治ったぁ!ありがとう!お兄ちゃん大好き!」
「ラビー、俺も手足を怪我しているんだ。白魔法を使ってくれ」
「えぇ〜......」
「何で渋るんだよ。治してやっただろう」
ラビーが白魔法の呪文を唱える。完全には治らなかったが、いくらか楽になった。
「ふぅ......ありがとう。なぁ、そっちにデヴォンたちはいるか?」
「ううん。僕だけだよぉ」
「そうか。一人一人檻の中に入れられているのかもな」
どうするかねェ......。ザックがため息をつく。
「と、いうか。狙われたのって俺だよな?犯罪者だし......」
他の仲間が狙われるわけがない。ザックはそう思っていた。
〜外〜
「はぁっ......はあっ......」
汗が全身を湿らせる。ヴァレリアはそれを拭う余裕もなく、木の影で息を潜めていた。
(ザックとラビー、デヴォンが誰かに連れ去られた......)
3人は抵抗する間もなく怪物の攻撃で倒れてしまった。
「ねぇ、オジサン......大丈夫?」
ゾナリスを引き摺って木の影まで移動したが、ゾナリスも苦しそうに呻くばかりだ。意識が朦朧としているのが見て分かる。
(師匠が怪物と戦ってるけど、もう魔力が持たないよね......)
ヴァレリアは意を決して弓を怪物の方に向ける。
「眉間に一発!ウチの弓は百発百中!」
グサッ!直撃。見事な腕だ。ヴァレリアの口元が緩む。しかし、怪物は少し驚いただけで刺さった矢を折ってしまった。
「え......」
標的をヴァレリアに移す。餌の状態のゾナリスの匂いにも気づいたようだ。
「バレリア!何をしておる!逃げるんじゃ!!!」
怪物がまた現れた。三体、四体......。ストワードの森の中で、混戦になるとは。
「ゾナリスとやらを運んで街まで走るんじゃ!早く!!!」
「で、でも」
「早く行け!!アホウが!!!」
「でも、これ、多分......」
―ウチのせいだし......!
ヴァレリアの声は、怪物の雄叫びに掻き消された。
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