第15話

〜アントワーヌ大統領自宅落雷事件から2週間後〜


〜シャフマ地区 とある酒場〜


「アレスト、電話よ」

ルイスが受話器を渡す。アレストはそれを受け取り

「あぁ、こちらは酒場……」

「たたたたたたた大変なのだ!アレスト!」

どうやら電話の相手はアントワーヌらしい。

「どうしたんだ、アントワーヌサン。宴会の受付か?」

「ちっがーうのだ!」

「ふふふ、じゃあなんだよ?」

前に顔を合わせたのは先月だったか。アレストはそんなことを思って穏やかに笑う。しかし、アントワーヌの声は低かった。

「アレスト、単刀直入に言う。ストワード地区に来てくれ」

来てくれ、彼はたしかにそう言った。驚いて無言になる。

「君の力が必要なのだ。僕の娘、テリーナがおかしい気がするのだ。診て欲しいのだ」

「おかしい気って。突然大食いになったとかか?」

「いや、根拠はないが。どこか変なのだ。僕の思い違いだったらそれで良いのだ」

アレストが顎に手を当てて黙る。アントワーヌは何かあってから大声で騒ぎ出すタイプの男だ。かつて一緒に戦ったメルヴィルや、皿を片付けている妻ルイスのように「嫌な予感がする」と行動するタイプではない。

(そのアントワーヌサンが、何かおかしいと思っている、か)

アレストは口角を上げて

「分かったよ。旅費は出してくれるんだろうね?」

と、言った。


「じゃあ、行ってくる」

電話を受けた翌日の朝、玄関でそう言うと、ルイスが仏頂面をしてため息をついた。

「わざわざ行くの?まともな説明も受けていないんでしょう」

「そうだが……。アントワーヌサンにはいくつも借りがあるからねェ。無下にするわけにはいかないのさ」

アントワーヌには借りがある、あの戦争のときからいくつも。

「そうだ、ゾナリスに俺の行き先をザックに伝えるように言っておいたよ。まぁ、それを知ってどうということはないだろうがね、アイツは」

ルイスが頷いた。

「でも、アレスト。早めに帰ってきなさいよ。今、この店には私とスーザしかいないんだから。ザックも遊びに行っているし、カルロもずっとストワードで仕事、他の2人だってフートテチにいるんだかシャフマにいるんだか分からないじゃない」

「ふふふっ、どうもレアンドロの血筋の人間はじっとしていられないものらしい」

「残される身にもなりなさいよ」

「それはすまないね。お姫様」

アレストがルイスの赤い瞳に顔を近づけ、反射で閉じた瞼にキスをする。

「続きは帰ったらするさ」

「はぁ……。はいはい、楽しみにしておくわね」

「それでこそ相棒だ」



〜同じ頃、ストワード地区 西の街〜


『シャフマ』はストワード語で『砂漠』を意味する。すなわち、乾いた土地だ。雪が多いストワード地区でもシャフマにほど近い西の方では空気が乾いている。

「そろそろシャフマに着くのう」

デヴォンが街で買ってきたホットドッグを食べるのはリュウガだ。

「ねー、ウチはクレープ食べたいんだけど?」

それを見ながら甘味を欲しがるヴァレリア。

「無駄遣いはできない。僕の育ての親が置いて行ったお金は多くはないんだ。必要最低限のものしか買えないよ」

デヴォンがメガネをかけ直して言う。

「この旅ももう少しで終わるね」

ここまで順調に来れた。自分が崖の下に落ちたときはどうなることかと思ったが、リュウガとヴァレリアのおかげで家に帰れそうだ。

(さて、問題は……)

指名手配の件と、損害賠償の件だ。

(家に金なんてないが……父さんと母さんに本当のことを話せばなんとかしてもらえたりするかも……?しれないよなぁ)

最悪、大陸から逃げればいい。そんな最低なことを思うザック。

「さて、そろそろ焚き火の準備をするか。……ん?」

火をつけて焚き火にする用に街の付近で拾い集めた新聞紙の中に、2週間前の記事を見つけた。

(大統領自宅全焼の事件、死者0名!?)

その横には、大陸大統領のアントワーヌのイラストが。

(嘘だろう!?あんなに派手に焼いちまったやに!?……ってことは、俺は死刑にならない、のか?)

殺人でなければ死刑にならない気がしてきた。ザックは長いため息をつく。安堵。

(なんだよ……2週間逃げ回らなくても良かったかも、だ)

「ザック、どうしたの?焚き火できたけど」

デヴォンの声に慌てて振り向く。新聞紙を破って火の中に放り込み、無理やり笑顔を作った。

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