第14話
転機は突然やってきた。
オヒナの様子がおかしくなったのだ。
毎日熱が出ては引いてを繰り返し、食欲がなくなった。
「疫病の類でしょうか......」
医者も、オヒナ自身も、そうとしか思わなかった。
だが、リュウガには理由が分かっていた。
(オヒナは人間には排出することができない魔力を毎日生み出してしまう体質だったのじゃな......)
それに気づいたのは、リュウガがオヒナがおかしくなってからの彼女のことを本能的に「喰らいたい」と思ったからだった。
魔力が溢れている人間は、魔族にとって魅力的なものでしかない。
だが、彼には愛した人を喰らう行為はできなかった。したくなかったのだ。
人間はそんなことは分かるはずはない。オヒナは新たな疫病を撒き散らすだろうと噂されるようになった。皆、リュウガが来るまでは身近な人を毎日のように病で亡くしていた。怖かったのだ。
そして、リュウガのことも恐れるようになった。
「リュウガがオヒナと暮らしていたからオヒナが疫病になった」
「村の疫病をなくしたのは俺たちを油断させてオヒナを殺そうとしたからだ」
「オヒナを殺した後は私たちを殺しに来るんだ」
村はそんな噂でいっぱいになり、リュウガを殺せば不安の種はなくなるという結論に至った。
ある夜、リュウガが熱が酷いオヒナを看病していると
「オヒナを苦しめるな!」
扉を叩きながらそんなことを言われた。
リュウガは黙って扉の前に行き、ふうっと息を吐く。
「オヒナは今苦しいんじゃ。静かにしてくれ」
「リュウガ、貴様が苦しめているんだろう!疫病をなくした力があるときから変だと思っていたんだ!村から出て行け!」
「......」
リュウガは、オヒナを連れてこの村を出ようと思った。魔力が溢れてしまった人間を治す方法は魔族の誰かが知っているだろうと思ったのだ。
「オヒナ、すまんのう。我に掴まってくれ」
オヒナを抱えて扉を開けると、村人の全員が武器を、石を持ってリュウガを待っていた。
「疫病神だ!!お前が来たからまた疫病が広まるんだ!」
罵声が鳴り止まない。背中に石が当たった。刃物で切りつけて来る者もいた。
リュウガはオヒナを抱え、村人を睨んだ。
「おぬしらが我を疑うのは勝手じゃが、我の婚姻相手を傷つけるのは......」
リュウガが、大きな龍に変化する。
「許さぬぞ」
村人たちは悲鳴を上げて逃げて行った。
リュウガはその姿のまま、空を飛ぶ。真っ黒な夜空だ。
「......夢では、なかったのですね」
「......」
「川に落ちた日、大きな龍の夢を見たとばかり思っておりましたが」
オヒナが微笑む。
「あれは、あなただったのですね...」
村から離れた山道で、リュウガはオヒナを優しく降ろした。
「......はあっ、はあっ」
また村人に攻撃をされたらオヒナが危ない。そう思って随分遠くまで飛んでしまったせいで、魔力が足りなくなっている。
人間の姿に戻って倒れ込む。
(補給しなければ、我も危ない)
しかし、近くには水も食料もない。
絶望的な状況の中で、たったひとつ輝くもの。それがオヒナだった。
(あぁ......あんなに魔力が)
喰らいたい。オヒナが熱を出してからずっと我慢していた欲望。それがいよいよ抑えられない。魔力が足りずにしぬ、そんな状態では本能的に魅力的に思えるのは当然。頭では分かっている。
「旦那様......」
掠れた声で、オヒナが話す。
「旦那様は、人間ではないのですね......。この熱の正体も、分かるのですね......」
リュウガは何も言えない。
「いいのです......。あなたと過ごせて、幸せでしたから。私はもう長く......な、い。旦那様は、生きて欲しい......。ですから、私の体を」
「使ってください......」
そう、言った。
気がした。
本当はどうかなんて分からない。それほどに飢えていたのだ。
リュウガはオヒナに荒々しく口付けた。夫婦になっているというのに、こんなことはしたことがなかった。
気づいていたのかもしれない。どこか冷静な頭でそう思う。こんな『魔族にとって都合の良い体』の人間の女の味を知ってしまったら、骨までしゃぶってしまう気がしていたのかもしれない。
足りない、足りない、足りない。全ての体液を、全ての肉を、全ての『オヒナ』を喰らい尽くすまで、止まることはできない。
彼女の悲鳴も、もう聞こえなかった。
気づけば朝になっていた。晴天の下、リュウガは吼えた。龍とも人間ともつかない声で。
そして、眠るまでしゃぶっていた骨を土に埋めた。
それからだった。彼は自分が魔族だということを隠さなくなったのは。
フートテチからストワードに向かい、魔族の気配も人間の気配もない洞窟で眠るようになった。
龍の姿にはなるべくなりたくなかった。だが、自分が魔族だと主張はしたかったので、尖った耳を出して大きなしっぽも引き摺って歩くことにした。
人間とは違う。自分は愚かで弱い存在ではない。そう主張したくなったのだ。
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