203x年x月 戦国時代へGO!



「と言うわけで神宮さん、戦国時代に行きませんか?」

「え? どういうわけ?」


 突然、何の前触れも説明も無く、どういうわけかも分からず、俺は「戦国時代に行きませんか?」と誘われてしまった。


 誘った少女は萌黄の和装が良く似合う茶屋の娘で、胸には「奈々」と書いたネームプレートを付けている。 

 艶々の黒髪で人形のように揃った前髪、生真面目そうな切れ長の整った猫目に小振りの薄い唇は何処から見ても純和風の美少女だ。

 そんな奈々ちゃんに、うるうる上目遣いでヘンテコなお願い事をされて俺は狼狽えていた。


 

 





 


 ここは「集まれ戦国野郎!」という、ふざけた店名の茶室だ。


 手水鉢や鹿威しが配された和風内装の店内。

 竹で編まれた低い垣根で仕切られた小間。

 真っ赤な野点傘の下に置かれた豪奢な緋毛氈の掛かった縁台。

 そこに何組かの男女が座り楽し気に語らっていた。


 茶室と銘打っているこの店、一般的にキャバクラと呼称される業態の、接待を伴う飲食業だ。

 大好きな歴史について心ゆくまで蘊蓄うんちくを語りたいオタク共が集い、若くて可愛い奥女中スタッフと語り合えることがセールスポイントになっている。

 コアな歴史マニアからライトなミーハー歴史ファンまで歴史野郎共のための憩いの茶室というコンセプトで、超ニッチな営業スタイルを極々小規模に展開中だった。


 ちなみに奥女中スタッフってのは将軍様店長に仕えている従業員で、俺の目の前にいる奈々ちゃんもその一人だ。

 奈々ちゃんの衣装はどう見ても茶屋で働く町娘風だから、史実の奥女中とは似ても似つかない。

 店のロールプレイ設定は時代考証などが割とアバウトで、コレでいいのかと思わなくはないけど、一番重要な「カワイイ」を優先させているのだろう。


 歴史ファンのトークは多岐にわたる。

 特定の武将の能力評価談義や血統、姻戚関係、官位、所有する刀や甲冑、前立てのデザイン、他の武将や公家との外交関係、領国の経済政策、あの合戦での戦略戦術、もしあの戦でこうだったら等々テーマは尽きない。


 そんな歴史蘊蓄に一家言持つ面倒くさいマニアな客が、どんなにマイナーなテーマで話題を振っても、可愛い奥女中スタッフが話題をキッチリ拾って盛り上げてくれるから、オタク共の誰もが時間を忘れて超早口で口端に泡を溜めながらペラペラと語り続けるのだ。


 ちなみに俺、神宮信長はいい歳をした中年ながら、この店の裏方で働くバイトスタッフだ。

 完全に名前負けしている自覚はあるから、そこはスルーでお願いしたい。


 今の世の中、どこの会社も基本は外国資本で外国人経営の割合が多く、バイトを虫けらのように扱う酷い経営者たちばかり。

 社会に出てからどこの勤務先でも、一度として人間の尊厳に配慮した扱いを受けたことはなかった。

 この店は職を転々として三箇月ほど前に何とか見つけた仕事先だったが、普通に扱ってもらえるだけでも今までの勤務先に比べれば天国のような待遇だ。

 日本人の多くがパートかアルバイトのような時給仕事でどうにか食い繋ぐ世の中では、仕事があるだけマシな部類だろう。


 両親は既に亡く、兄弟も親戚も親しい友人もおらず、もちろんこのままだと結婚の可能性なんて皆無。

 こんな俺みたいなヤツは今の日本じゃ多数派を占めている。 

 生活はギリギリだがカネの掛かる趣味もなく、異世界で無双する主人公のweb小説を愛好し、数年に一度発売される織田信長を題材にした有名な歴史シミュレーションゲームを買うのが数少ない贅沢という、現代日本では一般的な庶民だ。

 





 この店は接待を伴う飲食業にも拘らず、とにかくルールが厳しい。


 奥女中スタッフへの下剋上マウント行為は即時に鎖国出禁されるし、奥女中スタッフへのセクシャルな話題も即時に鎖国出禁されるし、奥女中スタッフへの些細なハラスメントも即時に鎖国出禁されるし、奥女中スタッフに横柄な態度を取ると鎖国出禁されるし、奥女中スタッフを店外へ誘っても鎖国出禁されるし、奥女中スタッフに嫌われても鎖国出禁されるし、とにかく鎖国出禁されまくる。


 とても接待を伴う飲食業とは思えないストイックさが客に求められるから、ホントにマニアックな歴史トークだけを望むか、それともカワイイ奥女中スタッフとの会話時間を純粋に楽しむ人が対象で、しかも金払いとマナーの良い人しかリピーターになれないらしい。

 もちろん客は常に少ない。

 この店の将軍様店長は商売で儲ける気があるのだろうか疑うほどだ。







 そんな拘りの強過ぎる将軍様店長が自社でゲームを開発したらしい。

 へぇ~、将軍様店長の姿は一度も見掛けたことはないけど、ゲーム制作会社も持っているのか。


 渾身の力作は『戦国時代を忠実に再現した超リアルな仮想現実世界で、戦国武将に生まれ変わったオレの無双伝説が今始まる!』という名称の仮想現実完全体感型ゲームマシンだそうだ。


 ゲームのタイトルが長過ぎて、よくあるラノベみたいになっている。

 ゲームはほぼ完成していて、最終テストプレイを兼ねて複数プレイヤーによる店舗対抗戦を開催するらしい。

 こんなニッチな営業スタイルなのに、店舗対抗戦が可能な支店が存在したことが驚きだ。

 しかも全然儲かってるように見えないのに多店舗展開してんの?

 将軍様店長は大丈夫なのだろうか。


 各店舗からのテストプレイヤーは奥女中スタッフが自分の客の中から推薦することになっているそうだ。

 そしてこの店舗対抗戦が奥女中スタッフ同士の代理戦争のように盛り上がってしまったらしく、奈々ちゃんにとっても「負けられない戦い」に引き込まれてしまったようで……





 そんな事情があって、厨房の中で休憩中の俺は奈々ちゃんから可愛い上目使いで頼み込まれていたってわけだ。


「と言うわけで神宮さん、戦国時代に行きませんか?」

「でも俺、バイトだよ? 客じゃないよ?」

「大丈夫ですよ。さ、五百円ください」


 そう言って奈々ちゃんはウーロン茶の入ったグラスを俺に差し出した。

 それ、今さっき休憩に入った俺が自分用に注いだウーロン茶だよね?


 カランと氷の涼し気な音を鳴らした水滴だらけのグラスを受け取り、なぜか五百円払うことになった俺。

 めでたく彼女のお客様に認定されたようだ。

 俺にとっては見たこともない最先端技術の面白そうなゲームがワンコインで体験できるならラッキーかな。





 次の定休日。

 情報漏洩防止のために絶対秘密厳守を約束させられて、呼び出された場所は茶店が入っている古いビルの、普段は誰も寄り付かない三階の一室だった。

 空き部屋だったはずの室内には、日焼けサロンや酸素カプセルのようなスッポリ中に入って寝転べるタイプの、フルフラットでスリムなマシンが一台設置されていた。


 この場所には定休日にも拘らず、いつもの茶屋娘の衣装の奈々ちゃんと俺の二人しかいない。

 他のプレイヤーは別の場所なのか?


「神宮さん、今日は来てくださってありがとうございます」

「こっちこそ。新しいゲームができると思って俺も楽しみにしてたよ」

「そのゲームなのですが……」


 奈々ちゃんが少し言い淀んで、一瞬だけ表情が少し寂しそうに見えた気がした。

 と思ったら、いつも通りの飛び切りの笑顔だった。

 気のせいだったのかな。


「ゲームの勝利条件は『日本の自主自立』です」


 ……ん?


「戦国時代が舞台の歴史シミュレーションゲームだよね? なら普通は勝利条件って他の大名に合戦で勝つとか天下統一するとか征夷大将軍になるとかじゃないの?」

「天下統一が必要ならそれを目指すも良しです。日本が永劫に独立自尊を保てる国家を樹立してください。自由度は相当高いですよ」

「何だか難しそうだな。合戦じゃなくて内政や政治や外交がメインのゲームってこと?」

「いえ、あらゆる方面で満遍なく自由に活動していただけますし、どんな手段を用いても構いませんが、日本が後世ずっと何者にも侵略されない国創りを目指していただきます」

「じゃあ織田信長や豊臣秀吉みたいにならないよう、徳川家康みたいに代々子孫のことも考えた立ち回りが必要ってことかな?」

「……まあ、そこはお任せします」


 奈々ちゃんはいつも通りの笑顔のはずなのに、やっぱり心なしか笑顔が寂しそうに見える。 

 少しの沈黙の後、何かの決意を感じさせる奈々ちゃんの言葉が続いた。


「そこはお任せするのですが、日本人が自立発展し、誇りを持ち、永劫の安寧を享受できる国の礎を創ってください。必ずですよ? この勝利条件『日本の自主自立』を心に留め置いてくださいね?」

「お、お、おう。わかったよ」


 奈々ちゃんからの壮行の言葉はやけに圧が強くて、俺は若干気押され気味になった。

 普段の彼女はひょうひょうと明るい感じだから、こんな深刻な様子は珍しい。

 奥女中スタッフ同士の代理戦争がよっぽど「負けられない戦い」なのだろう。

 俺自身は気軽に初見のゲームを楽しむ気でいたけど、出来るだけ奈々ちゃんの期待には応えたいと思う。


「さあ、他の参加者は既に揃っているようですから、神宮さんもこちらへどうぞ」


 カプセルのドアが開いてマシンの中のシートに着くと、自動で上部ドアが閉まってカプセル内部は密室となった。









 マシンが密室になった直後に、一瞬だけ眠ったような意識の途切れがあった。

 それも一瞬のことで、今は意識がハッキリとしている。


 視界は真っ暗で何も見えない。

 それに俺の手足が動かない。

 今、俺が立っているのか横になっているのかも感覚がない。


 ……いや、身体が動かせないんじゃなくて、身体自体が存在しないような、意識だけがここに在るような変な感覚だ。


 どうなってんだ?

 これが最新技術なのか?


 

 その時、俺の視界に知らない女性の姿が映った。

 ふわふわした雰囲気の、俺には一生縁が無さそうな圧倒的美女だ。

 彼女は気が抜けたような能天気で美しい声で話し始めた。


「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいま~す……と言うのは半分だけ冗談で~す」


 半分だけ冗談?

 残り半分は本気かよ?


「実は~、今から約五百年前の戦国時代に行って~、好きな戦国武将になってもらいま~す。戦国の覇者を目指して~、頑張りましょ~。えいえいお~!」

 

 話の内容があまりに唐突過ぎてついていけない俺を放置して、気の抜けた軽快な語りは続いていた。


 皆さんと言うからには、見えない場所で俺以外にも同じ状況のプレイヤーがいるのだろう。


「その通りです」

「うおっ!!」


 俺は思わず叫んでしまった。

 視界には見えていないところから、声だけ聞こえた奈々ちゃんに驚いたからだ。


「他店の奥女中スタッフ推薦者プレイヤーを立てていますので」


 何故か心を読まれた上に、身動きもできなければ視線を動かすこともできず、俺の意識は軽い語り口の女性を捉えたままだ。


 奈々ちゃんからの声掛けで驚いたのも束の間、俺は冷静になると今置かれている状況を不審に思った。


「なぁ、奈々ちゃん……これ、ゲームなんだよな?」 

「はい。人生は全てゲームみたいなものですから」

「いや、そんな哲学的な話じゃなくてさ……」


 俺だって子供のころから戦国歴史シミュレーションゲームを楽しみながら「もし自分が戦国武将なら」と妄想したことは何度となくある。

 どんな技術で今の状況を作ったのか知らないが、戦国武将になれると聞いて子供の時以来のワクワクを感じたのも事実だ。

 親しい者もおらず、ただ生きるためにバイトするだけの無味乾燥な毎日に訪れた変化。

 俺の感情はこの異常事態を寧ろ好ましく捉えていた。


  





「次に武将選択画面に切り替わりますよ~。自分が生まれ変わりたい武将を選択したら直ぐにゲームがスタートしま~す。それでは皆さん、張り切ってどうぞ~!」


 視界の向こう側に見えていた女性がこちらに「いってらっしゃ~い」と両手を振って、いよいよゲーム開始かと思った時に、女性は大袈裟な仕草で手のひらを口に当てて、ハッと思い出したような表情を見せた。


「あっ、そうそう。皆さんが~、今月にお店へ落としてくれたお賽銭売上が多い人ランキング一位から順に武将選択権がありま~す。た~くさんお賽銭売上を頑張った人は高ランクの武将が選べちゃうぞ~。それでは今度こそ本当に~、あでゅ~」 


「え? ちょっと厳島さん? 何その条件? 聞いてないよ? 神宮さんごめんなさい! どうか御武運を! 必ずや『勝利条件』を……」


 奈々ちゃんが本気で焦っていた様子だけど、予定外のトラブルでも起きた感じだろうか。

 彼女が何かを言い掛けている途中で音が遮断されてしまった。


 

 

 視界が暗くなった一瞬の後、俺の目には武将選択画面が映っていた。


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『戦国時代を忠実に再現した超リアルな仮想現実世界で、戦国武将に生まれ変わったオレの無双伝説が今始まる!』という名のゲームをプレイした話 大肝 @daikimo

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