第57話
ゲイルさんはアラン君に向けて、そう言った。
アラン君は、うつむき何かを考えているようだ。
少し様子を見る━━。
アラン君が顔を上げ、私に向かって歩いてきた。
「アラン君……」
アラン君は良く見ると唇をかみ締めていた。
私の前に立ち止まると、視線を逸らし、
「情けないよな。優柔不断で言いたい事も言えやしない」
「大丈夫、言っていいよ」
「ありがとう。今から帰るお前に言う言葉じゃないけど、俺はお前に、この世界に残って欲しかった」
「無理なのは分かっている。だけど、今度こそ、きちんと一緒に旅をしたかったんだ」
「お前のサポートがあったから、危険を乗り越えることは出来た。だけど、ずっと寂しかったんだ」
「この景色を……この食べ物を……、旅を通じて得られた全ての感動を、お前と分かち合えたら、どんなに幸せか、そう思いながら旅をしていた」
「前々から、このことを伝えようと、ずっと悩んでいた。でも集合写真の時、話しを聞いて思った」
「この気持はミントにとって、重荷になる。このまま胸にしまっておこうって」
「でも胸の奥のモヤモヤがどうしても消せなくて、数日間ずっと悩んだ。ゲイルさんにも相談した。だが結局、答えを出せないまま今日を迎えてしまった」
「すまない。答えが出ないなら、言わないでおこうと思っていた。だが、ゲイルさんに後押しされて、とにかく伝えたい気持ちだけが、溢れてしまった」
「正直この先は、何を話したらいいのか分からない」
「大丈夫、アラン君の気持ち伝わったよ。伝えてくれて、嬉しいよ」
アラン君は顔を上げ、ニコッと笑うと「そうか。それなら良かった」
「ねぇ」
「どうした?」
私は右手をアラン君に差し出すと
「一緒に来る?」
「え?」
アラン君はキョトンとして、固まっている。
そんなこと思いもしていなかったようだ。
当然か、だって私もアラン君から告白されるまで、気付かなかったんだから。
アラン君の顔が元に戻る。
「答え出た?」
「あぁ……やめておく」
「そう言うと思った」
「自分で言っておきながら、悪い」
「大丈夫だよ」
アラン君は青空を見上げた。
「この世界は広い。きっとまだ、誰も見つけたことのない物が沢山あるはず」
「転移の方法だって一つと限った訳じゃないんだ。だから、見つけてみせるよ。ミントの世界に行く方法」
多分、やろうと思えば転移の指輪も複製できる。
でも、私のサポートは必要なさそうね。
アラン君ならきっと、やり遂げられる。
「うん。そうしたら、遊びに来てね」
アラン君は私の方を力強く見つめると、
「あぁ、絶対」
「世話好きな奴め」
「お前が言うな」
クラークさんと、ゲイルさんの、やり取りが聞こえてくる。
なんだかクスッと笑ってしまった。
「さて、そろそろ行くね」
皆が頷く。
私はズボンのポケットからメモを取り出すと、詠唱を始めた。
指輪が私の魔力に応じてか淡く光出す。
その光は詠唱するたびに強くなり、はっきりと分かる程度になっていった。
意外に長いわね。
皆が複雑の表情を浮かべている。
こんな時に笑顔でいるのは難しいよね。
多分、私も同じ顔をしている。
詠唱が終わり、あとは行き先を言うだけ。
私はメモをズボンのポケットにしまった。
寂しさを押し殺して、大きく深呼吸をすると、両手で大きく手を振る。
皆は涙を浮かべながらも、精一杯の笑顔で、手を振ってくれた。
「それじゃ皆、元気でね」
行き先を言うのを
だけど━━。
「カントリーガーデン」
私がそう言うと、もの凄い速さで移動した時のように、視界がブレ、自分がどうなったかさえ、分からない。
気づいた時には、自分が見ていた景色はなくなっていた。
辺り一面、野生の花が咲き乱れる花畑。
木漏れ日に照らされ、風に揺れて、踊っている。
この花畑があるのは。田舎の庭と呼ばれている大陸、カントリーガーデンだ。
戻ってきてしまったのね。
ふと腕時計を見る。
11時ちょっと前。
考えたら、この世界の時間と、あの世界の時間が合っているとは限らないわね。
空を見上げる。
夢のような一時だったわね。
本当に夢だったのでは? と思うぐらい。
だけど、腕時計も指輪も存在する。
これは現実だ。
突然、左の茂みから、ガサッと草が擦れる音がする。
慌てて目を向けると、そこにはコボルトが歩いていた。
鼻をクンクンと、動かしているいるように見えるが、幸いこちらにはまだ、気付いていない。
でも結構近い。逃げられるか?
襲われた時のことを考えて、リュックを一旦おろし、バックから2本ナイフを取り出す。
その時、背中を軽く押されるぐらいの強い風が吹く。
コボルトは私の匂いを嗅ぎつけたのか、こちらを振り向いた。
やっぱりこうなったか。ここにはアラン君もクラークさんも居ない。
私一人でやるしかないッ!
バックを投げ捨て、2本のナイフのカバーを外し、両手に1本ずつ持つ。
やつは槍を持っている。出来るだけ離れて攻撃したい。
だけど正面からじゃ、きっと避けられる。
この世界では魔法は使えない。
慎重に残りのナイフを使わなきゃ。
コボルトが私の方へ駆け寄ってくる。
出来るだけ広い場所で戦いたい。
私はジリジリと、後退しながら、花畑の中心に誘導した。
さて、これからどうする?
動きは比べ物にならないぐらいに速い。
コボルトが、胸を目掛けて槍で突いてくる。
ヤバいッ
私は後ろに避けたが、思いのほか槍が長く、胸当てに当たる。
一旦、後ろに飛んだ。
胸当てが無ければ危なかった……。
リーチのことを考えると、やっぱり離れて攻撃したい。
複製が使えれば……。
コボルトの腕が動くのを察知し、私は槍を左にかわす。
ん? 待てよ。腕時計は動いていた。
またコボルトが槍で攻撃してくる。
私は後ろに飛んで、かわした。
転移の指輪を持っていた男だって、指輪を使えた? ことを考えれば……。
あれこれ考えていても、仕方がない。
試してやる!
右手に握っていたナイフをコボルトに投げつけた後、ナイフを右手に欲しいと思ってみる。
キュイン──ポンッ!
ナイフはコボルトに避けられるものの、また新しいナイフが右手に出来上がった。
出来た! さぁ、反撃開始よッ
テンションが上がり、集中力が増す。
大きい武器は、それだけ隙も大きいとクラークさんが言っていた。
確かにコボルトが攻撃した後、戻すのに時間が掛っている。
そこを狙うッ
動きは人間と違い単調、コボルトがまた同じように槍で突きさそうとしてくる。
私は右足に力を入れ、左後ろ斜めに飛び、避ける。
すかさず右手のナイフをコボルトに投げつけた。
ナイフはコボルトに向かって飛び、右肩に刺さった。
一瞬、コボルトの動きが硬直する。
私は右手にナイフを複製しながら、一気にコボルトの背中に回り込んだ。
左足でグッと踏ん張り、右足を軸に左手のナイフを背中に向かって投げつける。
今度は左足を軸に、右手のナイフを背中に向かって投げつけた。
二本のナイフがコボルトの背中に突き刺さる。
「キャインッ」
コボルトが犬のような悲鳴を上げる。
転移の指輪も使った。もう複製はやめておいた方が良さそうね。
私が剣を抜くと、コボルトはこちらを向いた。
牙を剥き出しにし、「グルルルル」
と、
あの牙にやられたら、一溜まりもないわね。
手に汗が滲んでくる。
ここからが本番ね。
コボルトが、なぎ払い攻撃をしてくる。
私は何とか後ろに避けた。
攻撃パターンが増えて厄介になったわね。
怪我をして動きが少し鈍くなったとはいえ、動きはまだ速い。
攻撃をかわしながら、様子をうかがう。
攻撃できそうな時は、積極的に斬りつけた。
さすがに疲れてくる。
だけど、敵も出血からか、動きが鈍くなってきた。
これならいけるそう思った瞬間、しまった!
避ける時の踏み込みが甘くなり、コボルトの突き攻撃が左腕に突き刺さってしまった。
痛いッ……。
ヤバい、引き寄せられる
私はそう思うと、木で出来た槍の柄を剣で切断した。
突き刺さった部分から、血が流れ、柄を伝って流れ落ちる。
早く終わらせて、薬を飲まなければ私の方が死ぬ。
でも焦りは禁物! こんなところで、死んでたまるかッ
コボルトは、壊れた柄を投げ捨てると、物凄い勢いで、突進してきた。
ギリギリで……避ける!
右に避けた私は、すかさずコボルトを斬り、蹴飛ばした。
コボルトが態勢を崩し、膝をつく。
これが最後のチャンス!
私は痛みを堪えて両手で剣を握ると、全身全霊の力を込めて、背中に突き刺した。
剣がコボルトの背中に深く突き刺さる。
ビクッと体が動いたと思うと、その場に倒れこんだ。
私は念のため後ろに下がり、様子を見た。
起きないでよ……剣は刺さったままなんだから。
ピクリとも動く気配がない。
どうやら死んだようだ。
「ふー……」
私は警戒しながら、バックの方へと向かった。
バックを手に取ると、回復薬とハンカチを取り出す。
腕に刺さった槍を引き抜くと、血が噴き出した。
「きゃあ」
慌てて回復薬の蓋を開け、飲み干す。
回復薬が傷口を埋めるまで、ハンカチで抑えた。
みるみる血に染まっていく……。
大丈夫だよね?
しばらくして痛みが引いてくる。
恐る恐るハンカチを退かすと、傷は塞がっていた。
貧血もない。大丈夫そうだ。
改めて回復薬の凄さを知る。
今まであげる側だったからねぇー。
私はコボルトの死体の方へ戻ると、剣とナイフを回収した。
血に濡れた剣を見つめ、ふと思う。
考えたら、クラークさんと出会っていなければ、私はまた死んでいたわね……。
うぅん、クラークさんだけじゃない。
皆と出会わなければ、私はここで死んでいた。
そう思うと、すべての繋がりに、意味のないものなんて無いのだと思う。
空を見上げると、少し眩しいくらいの木漏れ日が差してきた。
「ありがとう。皆のおかげで私、逞しく過ごせそうです」
突然、強風が吹き、背中を押されたかと思うと、色様々な花びらが舞い上がって行く。
「綺麗……」
その風景は、まるで新たな門出を祝うかのようだった。
大きく背伸びをすると、髪を耳にかける。
「さて、帰りましょ」
無能だった私が、複製能力に目覚めて、お店や冒険のサポートしちゃうぞ! 若葉結実(わかば ゆいみ) @nizyuuzinkaku
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