第56話

 複雑な気持ちを胸に二日過ぎ、夜を迎える。


 私は店の二階で、一人一人に向ける言葉を考えながら、出発の準備をしていた。


「はい、これ」

 

 ナザリーさんが、出来あがった集合写真をくれる。

 私は受け取ると、写真をみた。


「良く撮れてるね」


 ナザリーさんはニコッと笑うと、「そうね」


「ありがとう」

「どう致しまして」


 私はハンドバックのチャックを開けると、写真を中に入れて、また閉じた。


「薬は入れた?」


「うん。あっちで使えるか分からないけど、入れたよ」

「金庫に入っている魔力の結晶は?」


「記念に数個、もらったから大丈夫」

「そう。忘れものはない?」


「うん。無いはず」

 

 ナザリーさんは私に近づき、ソッと抱き寄せると、

「届けられないんだからね。忘れ物しちゃ駄目よ」


 私もギュッと抱きしめた。


「ありがとう、ナザリーさん」


 私の頬に冷たいものを感じる。


 自分のものなのか、それともナザリーさんのものなのか、良く分からなかった。


 いつも明るいナザリーさんのイメージしかないので、何となく見ちゃいけない気がした。


「あなたが築いてきたものは私が守るから、心配しないでね」

「うん。その辺は心配していない」

「そう……」


 ナザリーさんは私から離れると、

「それじゃ、そろそろ寝るね。あなたも早く寝た方がいいわよ」


「うん、そうする」


「お休み」

「お休みなさい」


 私は買っておいた茶色の大きめなリュックサックに、服を入れた。

 これで全部ね。


 さて寝ますか。

 部屋の入口に行って、電気を消す。


 布団に入り、シーンと静まりかえる薄暗い部屋で、天井を見据える。

 月明かりがあるせいか、いつもより明るい気がする。


 ――いや、気のせいか。


 元の世界か……。


 元の世界では、劣等感を抱くことはあっても、優れたものは、何一つ無かった。


 だから人に頼られることもなく、ただ茫然と過ごしていた私。


 そんな無能だった私が、複製能力に目覚めて、お店や冒険のサポートをするなんて、思いもしてなかった。


 元の世界に戻ることで、またそんな私に戻ってしまうんじゃないかと、ちょっぴり怖いけど……。


 きっと大丈夫ね。上手くやれる、そんな気がする。


 結局、誰によって救われ、転移されたのか、その辺は分からなかったけど、とにかく感謝の気持ちしかない。


 変われるキッカケをくれて、ありがとう。私はこの世界に来られて幸せです。


 次の日の朝を迎える。


 剣ホルダーを身につけ、胸当てを身に着ける。


 すべての身支度を終えると、忘れ物がないか、もう一度、確認すると、外に出た。


 皆は私のお願いした通り、店の前に居てくれた。


 皆が私を囲むように集まってくる。


「みんな。まずは来てくれて、ありがとう」


 皆は、にこやかに笑った。


「一人ずつ挨拶していくね。まずはカトレアさん」

 

 カトレアさんに近づき、両手を握る。


「私を助けてくれて、ありがとう。右も左も分からない世界で、心細くなることもなく、過ごせてきたのは、カトレアさんのおかげです」


「それなのに、中途半端に栽培を任せてしまって、ごめんなさい」


「気にすることないわ。本当いうとね。ミントちゃんが来る前は、何もすることなく、一人で過ごしていたから、寂しくてね……いつ死んでもいいわ。なんて思っていたのよ」


「そんな時、ミントちゃんが来てくれたから、楽しくてね。今は畑を手伝いに来てくれる子と会話が出来て、楽しいし、何も心配することないわ。私に生き甲斐をくれて、ありがとう」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ」


「次はアラン君ね」


 私はアラン君に近づき、両手を握った。


「アラン君。帰る方法見つけてくれて、ありがとう。おかげで帰ることができる」


「別にいいよ。ついでといっちゃなんだが、冒険者になるため、旅に出た訳だし」


「それでも、『俺が見つけてきてやるよ。お前が帰れる手段』って言ってくれたの、嬉しかったよ」


 アラン君は照れ臭そうに後ろ髪を触り「よく覚えているな」


「私にとっては良い思い出だもん」

「そうか、それなら良かった」


「次はサイトスさんね」

 

 私はサイトスさんに近づき、両手を握った。


「私は何にもしていませんよ」


「いいえ、してくれました。協力もしてくれたし、私に勇気をくれました。ありがとうございます」


「先日の事ですか?」

「はい」


「そうでしたか、それなら良かったです。でもね、ミントさんに比べれば大したことをしていません」


「あなたのおかげで、薬草を手に入り、薬を広められたのです。ありがとうを言いたいのはこちらの方ですよ」


「ではお互い様ということで。これからも薬のこと、お願いします」


「はい」

 

 サイトスは返事をすると、メガネをクイッとあげた。


「次はナザリーさんね」

 

 私はナザリーさんに近づき、両手を握る。


「最初、拾われた時は、タダ働きをさせられるんじゃないかと、ヒヤヒヤしました」


 ナザリーさんはクスッと笑うと、

「そんな時もあったわね」


「うん。ナザリーさんとの日々が楽しくて、遠い昔のようです……忘れ物がないかって旅立つ前日まで心配してくれて、嬉しかったよ。ありがとう」


「あなたは私にとって、妹みたいな存在、心配するのは同然でしょ? 私も楽しかった……。色々と手伝ってくれて、ありがとうね」


「うん!」


「次はクラークさん」


 私はクラークさんに近づき、両手を握った。


「俺には礼は、いらんぞ」

「言うと思った。だから一言だけ良いですか?」

「あぁ、構わん」


「もうクラークさんに習えないのは、残念だけど、私の世界にも魔物がいます。だから、クラークさんに習った事を大切に、頑張りますね」


「あぁ、無駄にしてくれるなよ」

「はい」


「次はアカネちゃんね」


 私はアカネちゃんに近づき、両手を握った。


「ミントさん……」


 アカネちゃんは今にも泣き出しそうな顔で、そう言った。


「そんな顔しないで。可愛い顔が台無しよ。ごめんね、お店を押しつけるような形になってしまって」


「大丈夫です。ミントさん、魅惑のパン屋の初めての開店の時、公園でメロンパンを買っていった女の子のことを覚えていますか?」


「うーん……ごめん、覚えてない。まさか、あの時の女の子が、アカネちゃん?」


「ふふ、当たりです。私、アルバイトを探していて、元から興味があったんです。だから、ミントさんが気にすることなんて、無いですよ」


「はは、気付かなくて、ごめんね」

「大丈夫ですよ」


「誕生日の時、『私のことを忘れずに、頑張りますから、心配しないでくださいね』って言ってくれて、嬉しかったよ。私もアカネちゃんのこと、忘れないから」


「はい!」

「最後にゲイルさんね」


 私はゲイルさんに近づき、両手を握った。


「素材の件など、大変お世話になりました」


「いいってことよ。ミントちゃんのおかげで、俺たち冒険者も助かってんだから、むしろ感謝しているぐらいだ」


「そう言ってもらえると嬉しいです。これからも宜しくお願いしますね」


「あぁ」


 私は皆が見えるように、中心に立つと、深々と頭を下げた。


「それじゃ、そろそろ行きます!」


「おい、アラン。俺が最後で良いのか?」


 ゲイルさんはアラン君に向けて、そう言った。

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