第39話 私達の完全勝利だ。

「起きたか、シズク」



 不意に、マサキの声が聞こえる。

 驚いて体を跳ね起こすと同時に、今まで自分が眠っていたことに気づく。



「……マサキも乗り越えたんだね、過去を。

 扉を開けることができたの?」


「まあな。

 ……ってことは、やっぱりシズクも過去の夢を見せられていたのか。そっちも”扉を開ける”のがキーになっていたんだな。

 いや、内容を聞く気はないよ。多分、メディナも同じように夢を見せられてるんだろう」


 マサキの視線を追う。

 床に寝そべったメディナが苦しそうな表情で眠っている。

 彼女の体には黒い霧がまとっている。


 慌てて駆け寄り、霧を払おうとするが無駄だった。

 全く手応えがない。霧に触れた自分にも、とくに影響はなかったが。



 彼女がどういう状態なのかはだいたい分かる。

 自分が今経験したばかりだから。

 おそらくは、自分で乗り越えるしかないのだろう。



「……スフィンクスは?」


「あそこで俺達を見てるよ。

 寝込みを襲うでもなく、ただ突っ立ってな。

 何を考えてやがるんだか……」



 気付けば部屋は暗くなっていた。

【昼のリドル】のときにはあれほど眩しかった疑似太陽も沈み、互いの顔もやっと見えるかどうかという暗さだ。


 ペッ。

 口の中の砂を吐く。

 こんな砂地で眠らされていたんだ。


 服も、顔も、髪も、口の中さえも。

 こびりついた砂でドロドロだ。

 老人の姿のスフィンクスがただ立ち尽くして襲ってくる気配がないことを確かめて、私は持参した水筒に口をつけ、ガラガラとうがいをする。


「……どれだけの間眠っていたの?」


「さあな。体感では10分かそこらだと思うけど。

 俺が起きてから1分もしない内にシズクも起きてきたよ」


 パンパンと自分の服についた砂を払う様子を見るに、たしかにマサキも今さっき起きたばかりなのだろう。

 状況の把握に戸惑っている内に私が起きてきたというところだろうか。



「さて、どうするかな。

 さっさとスフィンクスに回答してしまうか。その場合は戦闘が発生するのか。

 それともメディナが起きるのを待つか。どれだけ待てば起きてくるのかわからないけど……」



 マサキの言葉の途中で、ヒュウと室内に風が吹く。

 骨まで染み入るような冷たい風に、ブルルと体が震える。

 ……砂漠は昼と夜とで寒暖差が激しいと聞く。

 昼は身を焦がすほどの灼熱の日差しが降り注ぐが、夜は凍てつくほどの寒さになるという。



 ウッウッウァァッ!

 眠ったままのメディナが、体を震わせながら悲鳴を上げる。

 悪夢にうなされているのか、それともこの寒さがこたえているのか。



「……スフィンクスを倒してしまおう。

 こんなところにメディナを寝かせておくワケにはいかない。

 ……奴を倒せばメディナが起きるかもしれない。倒しても過去を乗り越えるまでは起きないのかもわからないけど」


「そうだな。

 もし起きなくても、背負ってウチまで連れて帰ろう。

 同じ寝るにしても、家のベッドの上の方がよほど夢見もマシだろうさ」



 私は弓を、カズマは刀を構える。



「答えは出たかね、凡俗の旅人共よ」



 杖を掲げて、老人姿のスフィンクスが歩み寄ってくる。

 どちらにせよ選択の余地はなかったようだ。



 ……さっき、メディナの覚醒を待たずにスフィンクスに挑むかどうかをマサキと相談する際、

 それは当然、「メディナを欠いた今の状態でスフィンクスの最終形態と戦って、はたして勝てるのか?」という問題だ。


 だがそれは、

 なぜなら。



「スゥーー……。フゥーー…」



 深く、長い呼吸。

 マサキが、入ってる。

 オーガを倒した時の……かはわからないが。


 表情は、少しあの時と違う。

 目覚めた時から感じていた。



 



「我は問う。

 己の姿を知り、変化を重ねた末の晩年、人の身をもっとも重くするものは何か」



 謎掛けリドルと共に、スフィンクスが襲いかかる。


 凄まじい速さ。

 そして攻撃の重量感。

 何より、卓越した打撃の技術。


 並の冒険者なら、いやさっきまでの私達ならばこのスフィンクスの純粋な戦闘力が驚異となっていただろう。

 為す術もなく、力づくで蹂躙される光景が目に浮かぶようだ。



 



「答えは、”過去”だ」



 音もなく。

 マサキの姿が消えた。



 いや、消えたのではない。むしろ動きがゆっくりと見えたくらいだ。


 、と。

 滑らかすぎるほどの洗練された最小動作でスフィンクスの一撃を躱すや否や、すれ違いざまに刀を振り抜く。

 力感も、重量感もなく素通りした刃には血の一滴もついていない。


 何事もなかったかのようにスフィンクスの傍を通り過ぎたマサキが2歩、3歩と歩く。



「過去の重さが今の自分を縛り付ける、か。

 フン。大きなお世話だぜ。

 見たくもねえ過去モンを見せやがって」



 マサキの納刀と同時に。



 バシャアッ!!

 吹き出る鮮血とともに、スフィンクスの上半身が下半身からズリ落ちた。


 

 あのスフィンクスを、一撃で真っ二つにしたのだ。マサキの刃が。



「見事なり、勇気ある旅人よ」



 やがてスフィンクスが、その身を最初の四足獣のものに変化させる。



「その旅路に、風と大地の祝福のあらんことを」


「大きなお世話だっつってんだろ獣野郎。

 用が済んだんならさっさと死ね」



 吐き捨てるように言うマサキ。

 彼がこれほど起こっているのは初めて見る。

 ……【夜のリドル】で何を見せられたのか、これでは聞くわけにもいかなさそうだ。


 そんな言葉を、どこか微笑んでいるようにも見える表情で聞くスフィンクス。

 いや、こいつの表情などわかったものではないが。


 やがて、その姿が消失する。

 同時に、いくつかのモノ――――おそらくは拾得物ドロップアイテムが床に散乱する。



 あれは、スフィンクスの髭が……おお、2つもドロップしている。

 そして、奴の額に埋め込まれていた宝石がそのまま落ちている。

 これは、”砂漠のルビー”だ!レアドロップと名高い!


 ドロップしてくれたのか!

 これは大きい!”幸運”スキルを上げておいた甲斐があった!


 あと一つ、何か布のようなものが落ちているが……。



「メディナ!目を覚ましたのか!」


「……マサキ先輩?あれ?ここは?」



 マサキの声に振り返ると、メディナが目を醒ましていた。

 よかった。スフィンクスを倒せば【夜のリドル】は解除されるのか。



 ……少々、心にしこりが残るけど。

 どうあれ無事、隠しボスのスフィンクスを倒すことができた。


 これで、来週にもC級昇格試験を受けることになるだろう。



 私達の完全勝利だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る