第4話
いま。
鋼の前に、二冊のエロ本がある。
鋼はそれをあぐらをかいた膝前に置いて、いったいどちらで腹を切ろうかと考えているように真剣な表情で微動だにしない。
問題の二冊のうち、一冊は鋼が前から所有していたものだ。
表紙は麦藁帽子にワンピースを着た、雨のように長い黒髪を散らした女の子が前かがみにこちらを見下ろしているもの。
一見するとエロ本に見えないが、そういう趣旨を持って作成されていて、中を開くとまず机に座って窓の向こうを見つめる制服姿の女の子の白黒写真と、短い小説が載っている。
シチュエーションの内容は、友達のいないクラスメイトの女の子に冴えない男子が声をかけてみようと思い立つ、というもので、順繰りにめくっていくとピンナップと共に小説のストーリーが続いていくという、よくもこれを五〇〇円で売る気になったなと言いたくなるほど凝った作りになっている。
確かに最終的にはアダルトな展開になってしまうのだが、付属の小説の出来がまた悔しいほどによく、これはもうほとんど青少年が初めて女の子と付き合っていく際の指南書と言っても言いすぎではない。鋼はもうそれを長い間、ベルトを獲る前からお気に入りの一冊として引っ越す時も捨てずに持ち越したほどの気に入りようだった。版元に在庫が残っていれば保存用と布教用にも買っていたところだ。
もう一冊を鋼は手に取ってみる。
こちらはさっき買ってきたばかりの新品で、この蒸し暑い部屋の中で鋼がひとり頭を悩ます羽目になった元凶である。
表紙はショートカットで童顔気味の女の子が片目を瞑って人差し指を唇の前に立てているもの。店頭で見かけた時に思わずまじまじと覗き込んでしまったほど、鋼はその子に一発で魂を抜かれた。中身はさして珍しくもないコスプレもので、メイド服やチャイナ服をその子が着回していくだけのものだし、中にはその子じゃない女の子がコスプレしているピンナップもあった。完成度で言えば黒髪ロングのワンピ少女に軍配が上がる。
なにせ向こうは一度も王座を明け渡したことのない、いわば鋼のエロ本の中の女王である。
冷静に考えれば、ワンピ少女だ。
だが、それでも鋼はショートカットを捨て切れなかった。
両方取っておけばいい、という意見はきっと誰もが言うだろう。
あるいはどうしても三〇冊に収めたいのなら、なにも頂上決戦などせずに、どの道いずれ引退を迫られる三流雑誌のどれかを捨てて、ショートカットの子をナンバーワンでもツーでも末永くワンピ少女と共に君臨させてやればいいだけのこと。
何をわざわざ誰に強いられたわけでもない二者択一に拘るのか――
確かにそうだ、間違ってはいない。
それでも、鋼は思うのだ。
頂点というものは、ひとつだから「いい」のだと。
ここで欲に負けて、二冊両方どちらが上でも下でもない、どっちもよくてどっちも抜ける、そんな風にこの土壇場を誤魔化したら絶対に自分は後悔する。
確信がある。
この二冊の内、どちらかが生涯最高のエロ本になるという確信が。
だからこそ、どちらかを捨てねばならない。理由などない。
最高は一つでいい。
鋼は迷った。
それでもやっぱり、鋼はワンピ少女とさよならすることに決めた。
決着は愛着でついた。
蒐集家になる前からの付き合いの彼女には、今の自分など、とても見るに堪えないだろうと思ったから。
決めたからにはすぐに動いてしまわなければならない。
鋼は部屋の隅に重なっていた四流の上にワンピ少女を乗せて、そのまなざしに最後のお別れを済ませてから、左手と両足を使って本を縛った。片腕で雑誌を縛るのにはコツがいる。鋼は今でも慣れない。
やっとのことで本を縛って、アパートの下まで持っていった。
電信柱の影の中にそれを置き去りにする時に身を裂かれるような思いがした。
手を伸ばしさえすれば。
手を伸ばしさえすれば、何もかも元通りになるのに。
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