遺書
@tosugawa_chang
遺書
多分、君がこの手紙を読むことはないだろう。
これは遺書であり、懺悔の手紙であり、恋文だ。
まず、君の部屋で勝手に死んだことを謝らせてほしい。
言い訳をさせてもらうと、あんな何もない、殺風景で、この世への未練なんて微塵も感じさせないような自分の部屋で死ぬのは嫌だし、海も山も、そもそも私が自然というものが嫌いなのは知っての通りだし、電車に飛び込んで見ず知らずの人間の舌打ちに包まれて死ぬのも、まあ悪くはないが気分じゃない。
そして何より、自分勝手に死ぬのなら、好きなものに囲まれて死にたいと思うのは当然のことだと思うんだ。死ぬことそれ自体が迷惑なんだから、とことん迷惑かけて死んだって故人には関係ないって、君もいつか言っていた気もするし。
ただ、君の目に映る最後の私が、一番汚い私なのは少し残念だな。
謝るべきことは山ほどあるのだけど、全部書いていたら謝罪だけで紙が埋まってしまいそうだから、スペースが空いたらいっぱい謝るとするよ、ごめんね。
この期に及んで君に知ってほしいことが、実はたくさんあったんだ。
さて、書こうとしていたことは山ほどあるのだけど、いざ筆を執ると何から書いていいのかわからなくなる。
だから生まれたあたりから思い返すように書き起こすことにする。
私は、物心ついたころから、「私はみんなからあまり愛されていないのかもしれない。」というのを漠然と感じていた。両親はすでに出来の良さを発揮していた兄にかかりきりでほとんど構ってくれなかったし、兄は自分の注目を奪いかねない私のことを早々に嫌っていたからね。
それに加えて、私はどうにも出来が悪かった。
立ち上がるのも、言葉を覚えるのも、何かができるようになるまでが兄よりもほかの子よりも飛びぬけて遅かった。両親もさぞ困惑しただろう、「お兄ちゃんはもう出来たのに」と星の数ほど言われたものだ。
いつか、小学生の時だったか、母が私ことで父と喧嘩しているのを見たときに、自分の不出来さを自覚した。
その時聞こえた「あの子はちょっと足りないのよ」という言葉が、いまだに私を逃がしてくれない。
それからは必死に努力をした、兄に並ぶのは無理でも、せめてその少し後ろくらいにはいられるように、両親がこれ以上私に失望しない程度に、足りない子と、おかしい子と、これ以上言われないように。
それでも現実は残酷なもので、不出来な人間はどこまでも出来が悪いのだと気づくことになる。
どうやら私は、人と同じように物事ができるようになるまで、人の3倍努力が必要なようだった。
理解できないかもしれないが、私は子供のころ文章が読めなかった。形として、音として、単語として、文字一つ一つを分解したものしか理解ができなかった。頭の中で繋げるというのが当たり前にできなかった。
それでも、あらゆるパターンの文章を「これはこういうもの」と理解ではなく感覚として頭に叩き込んで、やっと勉強のスタートラインに立てた。そのレベルだった。
他人より頑張って進んでも、ほかの人からすればそこがスタートラインで、少し要領のいい子がいればあっという間に置いて行かれる。それでもやらなければ私はスタートラインに並ぶことすらできないから、頑張るしかない。
小学校中学校と、努力に努力を重ねて人並の成績を収め続けた先で、突然やる気が消えた。
「そこまでして家族に愛されて何になる?」と気が付いたから。
そうして高校に入ってからは、驚くほど順調に成績が落ちていった。
中の上程度だったはずの娘の成績が、盆暗な地方校の下の中まで落ち込んだ時、正直その反応を見るのは楽しみだった。
結果は、まあ無反応だったよ。
その時が来たか、みたいな諦めも、どうして、みたいな失望も、何にもなかった。たった一言「ああ、そっか」が全て。
結局、遥か昔の段階で私のことなど家族の眼中になかったわけだ。
それを実感できて、そこから先はかなり楽になれたからこれはよかった出来事なんだけどね。
成績も落ち切った高校二年生の冬、タバコを覚えた。
理由は、なんとなくかっこよかったから、それだけだ。いつだか話した薄っぺらで長ったるいご高説は忘れてくれ、まあまるで嘘ってわけでもないけれど、本質的にはそれだけの理由だ。
「私は非合法的で退廃的なことを自分からしている」というあまりに無為な自己肯定感と無意味なスリルに私はひどく気分がよくなった。出来の悪い子供が出来の悪い行動をしている、下手に頑張るよりもこうしていたほうがずっと楽だとその時やっと気が付いた。
やっと、身の丈に合った人生になってきた、そう思った。
君はあまり覚えてないかもしれないが、私と君はこの頃に数度会っている。
とはいえ、君は不愛想でやる気のないコンビニ店員で、私は学校とは大きく違う格好をしていたのもあって、なんなら出会っていたことに気が付いていないかもしれないね。
未成年だった私に知ってか知らずかタバコを売ってくれる君は、大変都合がよくて助かったよ。
そこから一年間、教師や世間に見つからないようにこそこそとタバコを吸い、一人で深夜徘徊し、一匹オオカミを気取るように学校でも一人で浮いていた。
漠然と進級し、なんとなくで金を払えば入れるような大学へと進学した。
こんな人間を、行く意味もないようなバカ大学にあげてくれたのは、素直に両親に感謝しよう、彼らにとってはただの情けだったのかもしれないけど。
大学に入って1年、なんとまあ、酷く退屈な生活だった。
根暗で、何を考えているかわからない喫煙女なんてのは、遊び人連中からしてもターゲットにならないらしいし、かといってほかの根暗連中とはまるでそりが合わなかった、いや、私は正直彼らのことは好きでも嫌いでもなかったのだけど、彼らのほうがほとんど一方的に私のことを嫌っていた。
正直、このあたりの記憶はあんまり無い、覚えている意味もないほど雑に生きていた。
大学2年になり、君が入学してきた。
話しかけた理由は、あの時は「同じ学校のよしみ」なんて言ってたけれど、本当は入学早々一人ぼっちの君に、あの頃タバコを見逃してもらったお礼に一緒にいてあげよう、なんて酷い上から目線な理由だった。
折角の機会だから、もう二度と話すことのない君の印象を少し正確に書いておこうか、今後の人生の参考になるようにね。
出会ったばかりの君は、それはまあ酷く陰気で、人を見下し、なれ合いを嫌っていたね。
風邪で本命の大学は受からない、家庭の都合で浪人もできない、そんな理由でバカ大学に入った人間からみたら周りの人間がみんなバカに見えるのも仕方ないけども、それにしても君の態度は露骨だった。人の気持ちは目に出るなんて言うけど、「こいつは俺をバカにしてるな」なんて気持ちは一番わかりやすいんだなって君を見て気づけたよ。
遺書 @tosugawa_chang
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