第61話 ためらい

「明日は陽太君と勉強会……!」

加藤君と勉強をする。隣に彼がいて、一緒に学習をする。学生の本分を共にこなす。たったそれだけの事。なのに、私の心は今から早鐘を打っていた。明日、加藤君に少しでも教えてあげられるように、数学や化学の勉強を入念に行いながら、明日起こるかもしれない出来事への妄想を膨らませていた。

「栞。ご飯できたわよ」

母の声が扉の向こう側から小さく聞こえてきて、私は「は~い」と小さく伸びをしながら返事をして自室を出た。

「あら、楽しそうね?」

夕飯を食べている時、母が不意に聞いてきた。

「まぁね~」

その問いに、私はまんざらでもない顔をして返事をし、白米を一口ほおばった。

「もしかして、加藤君?」

私の返事に、母は興味津々な眼差しで私を見つめてくる。

「うん! 明日ね、一緒に勉強するの」

自信満々に、自慢げで、はきはき言うと母は反対に落ち着いた声で、

「どこで?」

そう聞いてきた。

「どこって。図書室だけど……」

母の重たい声に釣られて、私もトーンダウンして母の問いに答えると、

「図書室? それじゃあ他の子もいるんじゃない? 加藤君のお友達とか」

「う~ん……。そうなんだけど……」

学校の近くに図書館があるわけでも、落ち着いて勉強できるようなカフェがあるわけでもない。だからしょうがない、そんな風に思っていると、

うちに来たらいいじゃない」

母は思いがけない言葉を口にした。

「えっ……。え? え、えぇ!?」

彼と自室で二人きり――。そんな様子を頭に思い描いただけで、心が爆発しそうだった。

「なに顔赤くしてるの? ヘンなことは許さないからね?」

母は落ち着いた顔で、静かに言ってくる。

「それは分かってるけど。部屋はちょっと……」

後ろめたい気持ちがあるわけじゃない。むしろ、来てほしい。だけど、加藤君が承諾してくれるか。それだけが、私の心にブレーキをかけていた。

「いいじゃない。付き合ってるんでしょ? 部屋で勉強くらい普通じゃない」

母はおかずを口に運びながら平然と語る。

「普通、かな?」

「普通よ、普通。はら、早く誘っちゃいなさい?」

母が急かすように言うので、私はスマホを取り出して彼にメッセージを送った。

「加藤君」

「今、大丈夫?」

私の方から連絡をするときに必ずつけている前置きを送信すると、

『大丈夫だよ?』

『どうしたの?』

いつも通りの軽い返事がすぐに返ってきた。

「あのさ、明日の勉強会なんだけど……」

私は、次の文章を送るのを躊躇っていた。緊張で手が震えて文字も上手く打てず、打ったはいいものの送信するまでに約三分くらいの時間を有してしまった。

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