第55話 不安

「ただいま」

「おかえり」

母の声がリビングから聞こえてくる。俺はローファーを脱ぎ捨ててリビングに入り、流れるようにソファーに項垂れる。

「なに? 学校で何かあった?」

心地よい包丁の音の奥から、母の声が聞こえてくる。

「別に」

その声に、俺は適当な返事をしてソファーから起き上がった。

「着替えてきま~す」

ここにいては母に質問攻めされると踏んだ俺は、明るくそう言ってリビングを後にした。

 ――なんで俺、栞のことになると、あんな必死になんだろ……

純粋な疑問が、心の奥から湧き上がってきた。

「やっぱ俺……」

ボタンを外す手を止めて、想いを言葉にしようとした時、ピタリと口が動きを止めた。

「ないない。きっと――」

そう言ってみたものの、その先の言葉はどこを探して見ても見つからなかった。

「まぁ、気にしない気にしない」

断固として、これを好意だと、俺の"初恋"だと認めたくない、己の反発心が、今でも俺の想いを徹底的に拒んでくる。

「てか、祐希に確認しないとな」

と思って祐希に直接聞きに行くことを考えたが、奴との関係悪化は面倒だと思ったため、その心配の少ない雄哉に電話を掛けた。

『もしもし?』

「もしもし、雄哉? いま大丈夫?」

『陽太か。ど、どうした、急に?』

声だけで雄哉の動揺がひしひしと伝わってくる。ほんと、純粋な奴だ。この反応だと、罰ゲームの流出元は雄哉で間違いないだろう。

「お前さ、祐希に罰ゲームのこと話したろ?」

回りくどい駆け引きは面倒だし、性に合わないと思った俺は、ド直球に雄哉に真相を聞いた。

『は? 何のことか、さっぱり……』

機械的な起伏のない声。あまりに分かり易過ぎて、もう笑けてくる。

「隠しても無駄。雄哉、嘘つくの下手過ぎ」

『すまん。祐希ちゃんがあまりにも怖かったから……』

電話越しでもわかる雄哉の怯え具合。俺の前では出さない、祐希のウラの姿というのは、きっと存在するんだろう。

「まぁ、責めるつもりはない。俺が上手く栞との関係は続けとくから、ネタばらしは頼んだ」

『ほんと、すまん。でも、そこは任せとけ!』

「おう、じゃあそれだけ」

『おう。また学校でな』

「はいは~い」

終わりはいつも通りの軽いノリで電話を切った。

「ネタばらしは盛大に……」

面白半分の罰ゲームで始めたことが、随分大事おおごとになってしまっている気がする。もし栞がドッキリ? だってことを知ったら、どんな顔をするだろう。どんな気持ちになるだろう。考えると、頭の中が悪い想像でいっぱいになる。

「でも大丈夫だよな……。一回は祐希に言われてるわけだし。インパクトはそんなにない、はず……」

根拠のない謎の自信で、不安な心を落ち着かせて俺は自室を出た。

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