第53話 仲直り

「ねぇ栞。なんでそんなに元気ないの?」

心配して訊くが、栞は何も言わないで苦しそうな、辛そうな、寂しそうな、そんな目をして自分の手元を見つめる。その表情が、更に俺の胸を締め付ける。

「祐希と何かあった?」

祐希の名前を出した途端、栞の身体がビクッと震えて、瞳がぐらりと揺らいだ。

「やっぱりか」

視線を外して呟く。そんな俺を見て、栞は慌てたように

「別に何もないよ? ただ楽しくおしゃべりしてただけで、特に何も」

早口で言葉を紡ぐ。推しの話をしてる時よりも早く動く栞の口は、今の発言が全て噓であることを裏付けている。

「栞。そんなに慌ててるってことは、何かあったってことだよね?」

栞の言葉を遮って、俺は出来るだけ優しく問いかける。栞の口は、また閉ざされてしまった。

「ねぇ栞? 俺はさ栞と祐希がどんな話をしてたかは分からない。けど、祐希に何か言われたなら、気にしないでほしい……。俺は、栞のこと大好きだから」

俺のさっき立てた仮説が正しければ、最後の言葉は一切、栞の胸には届いていない。それでも、だからこそ。今度はもっと力を、心を込めて

「俺は、栞のことが大好き」

しっかり栞の瞳を見据えて伝えた。その時、栞の目がキラリと光った。

「だから、栞のそんな悲しそうな顔を見たくない。無理して笑ってほしくない。強がったり、無理したりしてる声も聞きたくない。栞が笑いたいときに笑って、泣きたいときには泣いて、話したいときに楽しく話してほしい。喋りたくなかったら、喋れるようになるまで話さなくたっていい」

俺は栞の震える手を握りながら、一言一言をはっきりと伝える。

「だから、無理して笑顔を繕わないで? 平気なフリなんかしないでよ」

絞り出すように声を出すと、栞の頬に一粒の雫が流れた。

「栞?」

「……ごめんね、加藤君。私、加藤君がそんなこと言ってくれるなんて、思ってもなくて……」

そう言って涙を流す栞を見て、近くに居た女子小学生たちが

『あ~泣かした』

『女の子を泣かせちゃダメなんだよ?』

純粋ゆえの痛烈な言葉が飛ばされる。そんな周りの声なんか一切気にせず、俺は力強く栞の手を包み込んで

「ごめん。心配かけて」

謝罪の気持ちを、純粋な言葉にした。途端、罪悪感が俺のこころを蝕んでいく。けど、栞が感じた悲愴感に比べれば、この罪悪感なんて微々たるもの。俺は声を明るくして、柔らかい笑顔を浮かべて

「約束しよう。お互い、無理に笑ったり平気なフリしたりしない。いい?」

栞に優しくそう聞いた。

「うん」

小さく震えた栞の声が俺の耳に届く。そして栞は、俺の胸の中で静かに溜めていた涙を流した。


 少しして栞が落ち着いてから、俺たちは立ち上がって栞の家まで、いつもよりゆっくりなペースで歩いた。

「それじゃあ、また明日ね?」

「うん、また明日」

少し腫れた目じりが、優しく垂れ下がった。栞の愛おしい笑顔が、確かに俺に向けられていた。そのことが、なによりも嬉しくて、心地よく胸が締め付けられた。

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