第32話 ご立腹?
「特典見た?」
「見たよ。すっごく良かったよね」
「だよな。特にさ――」
今日はやけに一日が早く感じて、気づけばもう昼休み。俺達は中庭のベンチで、推しトークに花を咲かせていた。
「今回のMVとか、もう!」
「ほんとに! なんていうか、かっこいいし、かわいいし――」
二人でとにかく盛り上がっていると、
「よ~うた」
聞き覚えのある声が、二人の声の間に割り込んで来た。声のした方を見ると、そこには普通に祐希が立っていた。
「祐希。どうしたの? また勉強か?」
いつものトーンで少しからかうように聞くと、祐希は
「違う」
短く、少し低めのトーンでそう返してきた。今の祐希の眼は、少し殺気だってるというかなんというか……。とにかく、底知れない恐ろしさを感じた。
「じゃあ、なに?」
恐怖心を押し殺して、声を絞り出すように聞くと、
「この子は?」
祐希は持ち前の愛くるしい童顔を緩ませて、そう聞き返してきた。
「あぁ~っと、この子は。久保栞さん」
名前だけを伝える紹介を終えると、栞は
「加藤君、この子は……」
少し怯えたように、耳元でそっと囁くように聞いてくる。
「あ、私、野田祐希。陽太の幼馴染み。久保さんは陽太とどんな関係?」
その声を聞き逃さず、祐希が話の主導権をパッと俺から奪いとる。
「あの……。えっと、その」
虚空に視線を泳がせながら、必死に打開策を考えている栞の表情を見て、僕はきっぱりと
「俺の彼女」
そう言って見せた。すると祐希は一瞬、寂しそうな表情を浮かべて、
「そ、そうなんだ。へぇ~」
動揺したように言葉を詰まらせる。その、切なそうな苦しそうな。それでいて少し怒っているような祐希の表情が、脳裏に焼き付いてくる。そんなこと知らない祐希は、
「じゃあ、よろしくね。久保さん」
そう笑顔で言った。
「は、はい……」
祐希の顔は確かに笑っている。でも、瞳の奥には深い闇というか、大きな影のようなものを感じた。やっぱり、今日の祐希は少しおかしい?
「それじゃあ、私はお邪魔だろうから行くね。バイバ~イ」
そう思っている矢先、祐希はいつもの明るい声でそう言って短い手を振って、俺たちの前から去って行った。さっきのは気のせいだったか?
「ごめんな。あぁゆう奴なんだ」
「大丈夫、だよ」
栞の少し暗い返事が気になって、その原因を訪ねようとしたとき、ちょうど始業五分前のチャイムが鳴ってしまって、結局なにも聞けないまま、俺たちは二人で教室に戻った。
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