第19話 意識
「久保。席、空いてるよ? 座りな」
唯一空いていた席に久保を促すと、
「私は大丈夫。それより――」
そう言ってゆらゆらとした足取りで、少し前の方で手すりにつかまって立っていたご老人に、
「お席どうぞ」
とやさしく微笑みかけて、空いていた席に誘導した。
――優しっ! てか、可愛いな……
心の中の俺が、声を大にして叫んでいた。
「優しいんだね、久保って」
「そう、かな?」
久保は温かい笑顔を向けて、小さく首を横に傾けた。そのはかなげな表情に、胸がグッと締め付けられた。
小さな段差で揺れる車内。ふんわりと鼻腔をくすぐる、久保の髪から香るシャンプーの柔らかい匂い。不安なのか、つり革を強く握る真っ白な腕。外に流れる景色を見て小さく微笑んでいる優しい目。どれもが愛おしくて守ってあげたくなる、まるで雪うさぎのような久保。
『次は終点、
運転手さんの独特な声が車内に響き、俺は降りる準備をした。
「着いた~」
バスから降りると、久保は小さく伸びをしてかわいらしい声を零した。
「CDは後でもいいとして、久保は何かみたいのある?」
横目でちらりと久保の表情を見ながら訊くと、
「ううん。私もCDショップ行きたかった」
俺に気を遣ってくれているのか、またしても久保は俺に優しい笑顔を向けた。
「そっか。じゃあ、最初に行こうかな」
そう言って、俺たちは近くにあるビルに入った。
「えっと、六階か……」
階数を確認してエレベーターのボタンを押す。扉の上部に表示された数字が少しずつ小さくなっていき、俺たちが居る一回でピタリと数字を止めた。扉が完全に開いたのを確認して久保を先にエレベーターに乗せる。その次に自分が入り、後から入ってくる人のために『開』のボタンを押す。
予想だにしていない数の人がエレベーターに乗り込んできて、隅に追いやられてしまった。
「危なっ!」
背後の人がドンとぶつかってきて、久保を押しつぶしてしまいそうになるのを右手で防ぐ。奇しくも壁ドンのような形になってしまった……。
「ごめん……」
「う、ううん」
久保は毎度の如く、視線を下に逸らして返す。
「お、六階だ」
六階まで来るとさっきまでいた人は半分以上いなくなっていた。
エレベーターから降りて、二人でCDショップに入る。
「じゃあ、俺ちょっと買ってくるから。久保も適当に見ててよ」
デートとして最適な言葉じゃない気がするが、そう言って別行動を提案して歩き出す。すると、後から久保が控えめについてくる。
「久保? 別に、自由行動で良いんだけど……」
振り返って言うと久保は、
「私もこっちが気になってて……」
と小さくそう言って、そのまま俺の後をついてきた。
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