第9話 この世界について

 翌朝、オレはナオミの部屋で目が覚めた。


 おっと。


 オレもナオミも同じベッドで裸で寝ている。


 ナオミを起こさないよう、そっとベッドから抜け出して、パンツを穿こうとしたら、背後からナオミの元気な声がした。


「おはよう! よく眠れた?」


「お、おう」


「それにしても意外だったな」


と言って、ナオミは笑った。


「何が?」


とオレが言葉少なに答えると、ナオミは面白がるように、


「ふふ。リン、初めてだったんでしょ?」


と直球で訊いてきた。


「何が?」


「何すっとぼけてるの? 童貞だったんじゃないの、てことよ」


「えっ?」


 オレはドギマギして言葉が出なかった。


「なんか、すごく緊張してたでしょ」


 しまった、わかったか。


 ナオミはオレに向かって、


「変にカッコつけなくていいからね」


と言い、さらに、


「それに私、嬉しいの」


と付け加えた。


 オレはまた、


「何が?」


と言うしかない。


「リンの初めてのひとになれたということがよ」


 このセリフ、とても同年代の女の子のものとは思えない。


「う、うん」


 同年代だと女の子の方が大人なのかなぁ? すっかり子ども扱いじゃん、オレ。


 オレたちはそうやって喋りながら下着を身につけ、服を着た。


 ナオミはキャミソールとショートパンツ姿になると、


「朝ご飯作ってくる」


と、階下に降りていった。


 オレは考え込んだ。


 どうもこの世界は、オレの元いた世界の中世ヨーロッパそのままというわけでもないらしい……。


 じゃあ、ここは違う星? 違う宇宙? 異次元?  


 考えれば考えるほど新たな疑問が次々と浮かんでくる。


 半年この世界にいるナオミが、「前世をはっきり覚えている人と初めて出会った!」と言ったのだ。


 ということは、この世界の人間がすべて前世を覚えているわけではない……むしろ少数派なのだろうか?


 ナオミはこの世界に上手に適応しているように見えるけど……本心はどうなんだろう?


 あれこれ考えた挙げ句、オレの口から、


「一度、詳しく聞いてみないといけないな……」


という言葉が無意識的に出たその時、ドアが開いて、


「はい、お待ち~」


と、ナオミがドアを脚で蹴とばしてから鍋を持って入ってきた。器用に鍋の蓋の上にリゾット皿二枚、さらにその上にスプーン二本を載せている。


「ごめんね~、こんなのしかなくって。昨日、店で出した料理の残り物を入れた雑炊なんだけどね~」


「それよりナオミ、ちょっと……いや、たくさん、教えて欲しいことがあるんだ」


「なあに?」


「この世界のことだよ。なんか、思っていた世界とは違う点もいろいろあるようだし……」


「えへ、ま~、そうだよねぇ。わかるわ……」


 この時はナオミはオレの方を見ず、ぼそっと独り言をつぶやくように言った。


「さあ、早く食べようよ。めちゃうよ」


 ナオミに促されて、オレたちは雑炊を分け合って食べ始めた。


 食べながら、ナオミのわかる範囲でこの世界の「情報」を教えてもらう──。


 まず、この世界の概要だ。


 この町はシルトクレーテと呼ばれている。どこにでもあるような田舎町だという。


 次に、この町が属している国、「神聖帝国」というオレに言わせれば時代錯誤的な国のことである。


 とにかくこれが複雑だった。何百にも分裂した公領、侯領、伯領などと呼ばれる大貴族の領地、教会領、皇帝直属の帝国自由都市、その他小貴族の領地はそれぞれ半ば独立した「国」を作ってはいるが、これら小さな「国」が集まって一つの「帝国」を形成しているらしい。ちなみに「帝国」の皇帝は、代替わりの度に有力諸侯の中から選挙で選ばれるとか。


 なんだ、これって、高校の世界史の授業で習った「神聖ローマ帝国」みたいなものじゃん、やばっ。


 ただ、オレの元いた世界と大きく違うのは、この世界の男女比がおおよそ一:四ということだ。


 特に近年、うち続く戦争に加えて、男だけが感染するという謎の疫病が大流行したせいで、男性人口が各世代にわたって激減している。


 それって……ハーレム目指せるじゃん!


「まぁた、スケベなこと、考えてるでしょ?」


 ナオミはテレパシーでも使えるのかっ?


「えっ、えっ?」


 オレはドギマギした。


「ハーレム作れるぞ、とか」


「えっ、あっ」


 図星だったので、オレは返答に窮した。


「当たってたでしょ。まあ、男の考えることなんか、だいたいみんな同じだもんね。リンはまあ、剣術強いからこの世界でもそこそこモテそうだけど、『最初のひと』は私なんだからねっ!」


 なんだか……昨晩会ったばかりの女の子にずいぶんれられた……かな? いやいや、これは例の吊り橋効果だって。


 この時のナオミの話で「なるほど」と思ったのは、この世界の人々の行動パターンだ。


 ナオミがこの世界の人間の気性の特徴として強調したことは、「沸点の低さ」である。要するに「キレやすい」のだ。


 昨晩の酒場の客たちの様子を見ていても、すぐわかる。 


 人々は自分の感情に正直というか、我慢をしない。普段から皆が瞬間湯沸かし器状態だ。ほんの些細なことが大騒動になる。「店に買いたい品物が揃っていない」とか「他人の敷地内で立小便をした」という程度のことが原因で、街中で集団乱闘になって死者が出たりする。


 そして逆に、名誉(とこの世界の人々が考えるもの)がやたらと重い。だから人は名誉を保つために(ナオミに言わせれば)「しょ~もないこと」で簡単に死ぬし、人を殺す。


 常に恥を恐れ、誇り高く死のうと考えるのは、貴族も平民も聖職者も女も、とにかくみんな同じだそうだ。


 「むやみに人を殺してはいけません」とか、「トラブったら裁判しなさい。暴力でカタをつけてはいけません」とか「命あっての物種ものだね」という思想は、この世界には無いらしいのだ。


 そして、この世界の人々が重視するのは「衡平こうへい」、要するに「釣り合い」である。従って、一度対人トラブルが発生すると、「釣り合いがとれた」と双方が納得するまで報復合戦が続くことになる。


 人一人の命の値段がオレたちの元いた世界とは全然違う。言うなれば命の大安売りだ。しかもそのことを誰も問題視していないような世界だそうだ。


 大天使の言ったとおりだ。


 ホントに自力救済の世界なんだなぁ……。


 食べ終わった食器の片付けのためにまた階下へ降りていったナオミが部屋へ戻ってくると、


「マスターがねっ、話があるって」


と、オレに言った。


「何だろう?」


「決まってるじゃない、仕事の依頼よ」


  ◇   ◇   ◇


 第九話まで読んでいただきありがとうございました。


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