第8話 必然的に
ナオミに促され、オレたちは手をつないで店の狭くて薄暗い階段を上った。
二階には小部屋がいくつか並んでいる。ナオミをはじめ、ここで働いている女の子たちの部屋らしい。
「ここが私の部屋」
と、ナオミは部屋に先に入ってランプを点けると、オレを招き入れた。
薄暗い四畳半くらいの狭い部屋に小さなベッドと机と椅子。机の上には手作りらしい猫のぬいぐるみが一つだけ載っていた。
窓から月明かりが差している。
ナオミと手をつないだまま、一緒にベッドに腰かける。
「実はね、店に来てからのあなたの様子を見てピンと来たんだけど……」
と、ナオミはここで少し言葉を区切って言った。
「もしかして、前世の記憶ある?」
オレは驚いた。もしかしてこの子もオレと同じ境遇なのか?
「ああ」
「ホント! 私もあるのよ!」
ナオミは大声を上げた。
「じゃあ、じゃあ、もしかして、この世界に転生してきた時のこと、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ」
とオレは言ってから、
「大天使とか名乗る、ビジネスマン風の男と話をしてから、気がついたらここに……」
と続けた。
「嫌だぁ! まるっきり同じよっ!」
オレはここでナオミの事情を聞いた。
アメリカのとある地方都市の大学生だったナオミはある晩、自宅近くの公園をジョギングしていたところを待ち伏せしていた暴漢魔に襲われてレイプされかけた。その時に激しく抵抗したため、その男によってその場で射殺されてしまったのだという。
ああ、そうか。「ナオミ」といっても元の世界では日本人じゃなかったんだ。名前の由来は「直美」でも「奈緒美」でもなく、ヘブライ語聖書からだったんだな。
それはさておき──。
「そしてね、その大天使って名乗る人が、『この世界に生まれ変わっている私を襲った暴漢魔を殺せば、お前は元の世界に戻れる』って言ったのよ。信じられる?」
「オレも全く同じことを言われたよ!」
オレはナオミに、駅前でいきなり通り魔に刺殺されたこと、そして大天使から「同じ世界に生まれ変わった加害者を殺すことができたら、元の世界に戻れる」と聞いたことを話した。
「ホントだ。同じだよ~」
ナオミは男にそう言われた直後、ふと気がつくと、この町のはずれの橋のたもとに一人で
この世界でも、人は生きていかねばならない。
ナオミは前世で自分を殺した男を捜すため、住み込みでこの冒険者ギルド直営の居酒屋に雇ってもらうことにしたのだ。
それもただの店員ではない。
この世界の居酒屋はややもすると
「でも、ここに来てからもう半年になるけど、手がかりは全然無いわ~」
と、ナオミは言った。
「でも、これでこの話の真実性は増したわね。大天使から話を聞いたのが、自分だけじゃないってわかったんだから」
「そうだね」
と、オレが言うと、ナオミはいきなりオレの首に両手を回して抱きついてきた。
「嬉しい!……私、今までこの世界でこんな境遇の人間、自分一人だけかもって思ってたのよ。あなたもそうなんだ。この世界へ来て、前世をはっきり記憶している人と初めて会ったよ。私たち、一緒だよね!」
ナオミは「一緒だよね!」というところにものすごく力を込めて言った。
そしていったん身体を離すと、
「ここを撃たれたのよ」
と言って左耳の上の毛をかき上げ、円い小さな
「ほらっ、ここ……これは
オレは言葉を失った。
ナオミは悲しい過去を持っている。
いや、この世界の誰もが……?
「ねえ、リン」
と、ナオミはオレに向かって語りかけた。
「私、三ヶ月ほど前、ある占い師のお客さんに言われたことがあるの」
「へえ、どんなこと?」
「必然性よ」
「ひつぜんせい?」
とオウム返しのオレ。
「そう、必然性について。この世界に偶然はない。すべては必然なんだって。人との出会いも前世、現世、来世の自分の運命も……リン、今、あなたに出会えたというのは私の必然なのよ。ねえ、リン、この世界をこれから一緒に協力して生きていかない? そして、協力してお互いの加害者を捜そうよ……もう一人は嫌、一人は嫌なのよっ!」
ナオミは喋りながらだんだん早口になり、しまいには涙声になった。
なるほど、ナオミの言うことにも一理ある。一人で捜すよりも二人で協力して捜す方が効率的だとは思う。
しかし、ナオミはオレのことを白馬に乗った王子様か何かと勘違いしていないか?
これではまるで「吊り橋効果」だ。「吊り橋効果」とは、心理学の実験で吊り橋の上のような不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対し、恋愛感情を抱きやすくなる現象のことだ。
それだけこの世界はナオミにとって、不安や恐怖を強く感じる世界ということだろう。
でも、それはオレも同じだ。
必然的に──オレとナオミはいつしか唇を重ねていた。
◇ ◇ ◇
第八話まで読んでいただきありがとうございました。
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