第19話 呪い

…俺に近付く者は不幸になる…


…俺が何かをしている訳ではない…


…むしろ関わらないように努めている…


…一人で孤独に堪えながら…


…始まりは幼馴染みの女の子が、その顔に消えない傷を負ったから…


…わざとじゃなかった…


…何となしに振った手が当たってしまっただけ…


…重傷だった…


…血もたくさん出て…


…助からないんじゃないかと思った…


…幸い一命は取り留めたけど…


…あれから…


…俺は誰かと関わる事を嫌うようになった…


…また…傷付けてしまうかも知れないから…


…もっとちゃんと思い出そうとすれば、その一件 以前にも何かしらの兆候があったかも…


…だけどあの一件 以来…明確に…


…俺の身の回りでは不幸な出来事が増えていった…


…草木が枯れた…


…井戸水が枯れた…


…身近な誰かが病に倒れた…


…そして…


…そのまま帰らぬ人となった…


…俺だって信じたくなかったさ…


…それが俺のせいだなんて…


…だけど…


…大人達が言うんだ…


…それは俺がやった事だと…


…俺が生きているだけで誰かが不幸になるのだと…


…だから俺に死ねと言った…


…だから俺も死のうと思った…


…生きているだけで誰かが不幸になるのなら…


…それを咎められ続ける一生なら…


…これで終わりにした方が良いと…


…けど…


…【上】の者達の中には、こんな俺を【戦力】だと判断する者もいた…


…居場所が出来たのかもしれない…


…最初はそう感じて嬉しくなった…


…初めて誰かの役に立てるのかもしれない…


…そう思うと、俺の心は救われるようだった…


…それなのに…





「…う~ん…

…やっぱりおかしいなぁ~…。

…桃ちゃんから【気】を感じられん…。」


桃太郎

「全くって事はないだろ!?

【気】は身体を動かすための原動力でもあるんだから!

オイラがこうして生きている以上は【気】が発生しているはずだろ?」


桜は桃太郎を強くするために、旅の合間に修行をつけていた。


それは桃太郎のおばあさんからの指示でもある。


郷では学べぬ事を学び、外の世界でしか経験できない事を経験して、いつか一回り大きな存在になってほしいと…


もしもこのまま郷に帰れなかったとしても、そうなって欲しいと願う祖母からの想いだった。


…しかし…


今さら桃太郎の【気】を探る事を試みた桜は、通常では信じられない事実を知る事となる…。


「…桃ちゃんの言っている事は正しいんじゃけど…。

こうして面と向かっていても何も伝わって来んのよぉ…。

生まれたばかりの赤ん坊でも、もっと【気】を放っているもんなのに…。」


生命体なら誰でも…


自然の世界に存在している鉱物でさえ…


何かしらの【気】を帯びるものなのに…


桃太郎からは全く【気】を感じない…


それは…


桃太郎には、今後 強くなる可能性が皆無である事と…


…下手をすると…


生命の維持さえ難しい事を意味していた…。


桃太郎

「…そんな…

…じゃあ…オイラは…」


…突然 閉ざされた桃太郎の将来性…


…いつ活動を停止してしまうかも分からない肉体…


それは桜にとっても、桃太郎にとっても…


考えも及ばない衝撃の事実であった…


…信じたくない…


…それでも目の前にある事実…


…それは、桃太郎を路頭に迷わせるには十分な出来事だった…


…しかし…


直後に夜叉丸が投げ掛けた言葉が、絶望しかけた桃太郎を僅かに勇気づけた…。


夜叉丸

「…もしも【それ】も【呪い】だとしたら?」


…自分にも呪いが掛けられている…


…つい最近知った事だ…


…今まではそれを変えられない事だと思っていた…


…そう言われ続けてきたから…


…しかし、桃太郎のおばあさんから「それは【呪い】だ」と言われた事で、夜叉丸の考え方は変わった…


…変えられる生き方なのかも知れないと…


夜叉丸

「考えてみればおかしな話だ。


生き続けるために必要な要素は【栄養素】と【呼吸】と【気】だ。


そのどれかが欠けても生命は維持できない。


呼吸が出来ない者は窒息に苦しみ、栄養が不十分な者は痩せこける…。


【気】を失った生物を見た事はないが、恐らくは無気力となり、生きようとする意思を感じられなくなるはず。


それでも【気】が感じ取れない桃太郎は生きているし、【気】が欠落しているような症状さえ見て取れない。


ならもしかしたら、【それ】は【気】を内に留め続けて、成長にさえ回せないようにするための【呪い】かも?」


夜叉丸の推理に驚きを隠せない桃太郎達。


今まで考えた事もなかった…。


桃太郎が成長出来ない理由が【呪い】のせいかも知れないだなどと…。


考えもしない事に気付けるはずもない。


故に郷の誰もが気付けなかった…。


【気】や【術】に長けた桃太郎のおばあさんでさえ…。


夜叉丸がそのような考えに及んだのは、自身も【周りを不幸にする呪い】が掛けられているから…。


今の夜叉丸には普通では有り得ない事にさえ、何かしらの理由があると考えられるようになっていたのだ。


桃太郎

「凄い!!!

凄すぎるよ夜叉丸!!!」


「私でも気付かんかった!!!

それは本当に驚きだわ!!!」


小太郎

「っつー事は!?

夜叉丸にかけられた呪いを解く手段を探しながら桃太郎の呪いも解く手段を一緒に探せるって事か!?

これで旅の目的が完全に一致したな!!!」


舞い上がる桃太郎達。


その大袈裟とも受け取れる反応を見て、呪いの可能性を発言した夜叉丸の方が狼狽えていた。


夜叉丸

「ま、待て待て!

その可能性があるってだけだから、俺にだってどうなるかは分からないのに…

と言うかお前ら、一度も考えた事なかったのかよ!?」


桃太郎

「考える訳がないじゃん!!

オイラはただ自分に才能が無いんだとばかり考えていたし!!」


「私も桃ちゃんの出来の悪さは知っていたけど、才能が無いだけだと思い込んどったわぁ!」


小太郎

「まぁ才能も無いんだろうけど、これが呪いのせいなら、呪いが解ければ少しくらいなら成長できるかもな!

少しくらいなら!」


桃太郎

「…ねぇ…。

…才能無いって言い過ぎじゃない?」


意外な賑わいを見せた桃太郎達。


そんな彼らの元気な姿を見て、今日も何も起こらなかった事に一安心する夜叉丸。


…これからも、こんな毎日が送れたなら…


そんな事を考えていた夜叉丸の耳に、桃太郎が口にした一言が深く突き刺さった…。


桃太郎

「でもさ!

これが呪いなら、誰が何の目的で呪いを掛けたのかな?」


…誰が何の目的で…


…誰もが考えていなかった事…


…だが、考えてみれば簡単な疑問…


…【呪い】は勝手に発生しない…


…【誰か】が【誰か】を呪うから【呪い】…


…【これ】は…


誰かが意図して起こしている出来事…


そう考えたら…


それまでただ解けば良いと思っていた呪いが、夜叉丸の中でそれだけで済む問題ではなくなっていった…。


小太郎

「ばーか! 図に乗るな!

お前なんかを何かの計画で利用するヤツなんかいるものか!」


「ちょっとだけ桃ちゃんが鋭いと思ったけど、思い過ごしだったわぁ。

ちょっと自惚れ過ぎ?」


桃太郎

「だ! だって知りたいじゃんか!

もしも【これ】が呪いなら、何で自分が呪われているのか、その理由をさ!!」


周りの皆はまだ気付いていないようだ…。


だが夜叉丸にだけは…


桃太郎の言葉が、とても意味のある言葉に思えていた…。


【理由】と【目的】…


それが分からなくては、この呪いを解いても根本的な解決にならない…


桃太郎の言っている事は、そう言う事なのではないかと…。





…今日も夜が更けていく…


静かに寝息をたてる桃太郎達。


彼らは今日も野宿だった。


人目を避けた森の中で寝るのにはなかなか慣れなかった桃太郎も、最近では眠気の方が勝るのか、割りと早目に寝てしまう。


桜も簡単そうに眠ってしまった…。


夜こそ彼の時間と思われる小太郎も、無理して日中に起きているせいか、今は桃太郎の懐で眠っていた…。


だが…


夜叉丸だけは、寝るに寝れなかった…。


夜叉丸

『…これは…

…誰かが目的を持って掛けた呪い…

…これは…

…誰かの【計画】なのか…?』


桃太郎が寝る前に残した言葉が、夜叉丸の脳裏で騒いでいた…。


…「考えなくては」…と…


…「気付かなくては一方的に攻撃されるだけだ」と…


そんな不安が彼の瞼を開き続けていた…。


そして…


自身に掛けられた呪いが、自分でも気付けない内に桃太郎達を傷付けないか…


そんな恐怖もまた、夜叉丸に眠る事を忘れさせていた…。


横目に確認できる桃太郎達の寝顔。


…幸せそうで…


…楽しそうで…


…呑気な寝顔…


…だけど…悪くない…


夜叉丸は今まで多くの同胞達から忌み嫌われ、遠ざけられながら生きてきた。


それなのに、同胞でさえない桃太郎達が自分を受け入れてくれている。


…やっと出会えた存在…


そんな存在を尊く感じ始めていた夜叉丸には…


同時に…


桃太郎達が自分のせいで傷付く事が、日毎に怖くなっていたのだ…。


…今日も眠れない…


横になって目を閉じても、小さな物音一つで目が覚める。


桃太郎達に何かあったのではないかと…


ケガはしていないかと…


黒い感情が、夜叉丸の胸の奥に広がり続けている…。


意味もなく、理由もなく、何となく身体を起こして桃太郎の様子を確認する夜叉丸。


少し頭を冷やして気持ちを落ち着かせよう…


そう感じた夜叉丸は、気の赴くままに立ち上がって歩き出した。


散歩してる内に、眺めの良い場所にでも出るだろう…。


そんな感覚で歩いていると…


夜叉丸の目の前に現れた大きな川…。


その川幅は十丈以上はあるだろうか?


静かで…優しい流れ…。


そのせせらぎを聞いているだけで心が休まる…


そう感じた夜叉丸は、自然とその川へと引き寄せられて行った…。


川の水から感じ取れる良質な気…


川辺の砂利から立ち上る気…


周辺の草木から放たれる気…


それらが夜叉丸を優しく包んだ…。


夜叉丸の不安を塗りつぶしていくような安心感…。


深呼吸すると、それは更に夜叉丸の胸の奥深くへと入り込んで行くようだった。


…今なら眠れる…


桃太郎達から離れた場所で寝たりしたら、朝起きた時 驚かれるだろう…


突然姿を消した事をどう思われるだろうか…?


そうは思っていたが…


夜叉丸の睡眠不足は既に限界に達していた…。


夜叉丸

『瞼が勝手に降りてくる…


深い眠りに誘われていくのが分かる…


…抵抗できない…』


夜叉丸の意識が飛びかけ、その肉体は地面へと倒れ込もうとしていた…


…その時…


夜叉丸の耳に響いてきた声…


「…夜叉丸…」


優しく…


この世のものとは思えない程に美しい声…


その声が自分を呼ぶ…


夜叉丸は瞬時に警戒心を取り戻し、その声が聞こえた方に視線を送った。


…すると…


…そこに居たのは、衣でその顔の大部分を覆い隠した【誰か】…


川の対岸に立ち尽くすその者は、女性物の着物を着ている事から、おそらく女性。


彼女は無用心にもたった一人でそこに立ち、夜叉丸の方を見詰めていた。


夜叉丸

『…こんな時間に、女がたった一人で何をしているんだ…?

…あの距離から俺の名を呼んだのか?

…だが叫び声などでは決してなかった…。

…何かの術か?

…そもそも何故 俺の名前を知っている?』


顔を隠す衣の隙間から見え隠れする女性の顔…


僅かに覗く瞳…


微かにつり上がった口元…


ハッキリとは分からないが、おそらくは端正な顔立ちである事が伺える。


夜叉丸はその僅かに確認できる顔立ちに覚えがなかった…。


夜叉丸

「…誰だ…!?」


警戒心を増していく夜叉丸。


無理矢理立ち上がった夜叉丸は斜に構え、いつ攻撃されても良いように、眠り掛けた意識を呼び戻した。


女性は丸腰だが、自分の名を知るその女性を自分は知らず、自分の目の前に現れた目的も分からないのは脅威だ。


情報量ですでに自分は負けている…


その事実は、夜叉丸に半ば強制的に戦闘態勢を取らせた。


夜叉丸

「答えろ! お前は誰だ!?」


夜叉丸の問い掛けにも、ただ笑っているだけの女性…。


彼女が怪しい動きを見せたら迷わず攻撃を仕掛けよう…


そう考えていた夜叉丸だったが…


女性が取った行動は意外なものだった…。


夜叉丸

「…なに…?」


夜叉丸に背を向け、立ち去ろうとする女性…。


その足取りに焦りは感じられず、その気配からは悪意さえ感じ取れない…


…何がしたかったのか…


彼女は何故 夜叉丸の名前を知っていたのか…


わざわざ現れて、夜叉丸の名前だけを呼んで去る…


その行動の意味も分からない…。


不可解すぎる女性の行動…


「理解できない」と言うその不安が、夜叉丸に次の行動を判断させた。


…このまま逃がすのは何かが不味い気がする…


そう感じた夜叉丸は、気が咎めたが女性の背後から一っ飛びに襲い掛かった。


夜叉丸

「待てッ!!!」


広い川幅を飛び越えて、対岸にいる女性へと手を伸ばす夜叉丸。


その手は女性の肩へと触れ、彼女をそっと振り向かせた…


夜叉丸

『…何だ…?

おかしい…

俺は今、力一杯この女の肩を引いたはず…。

なのに何だ…?

何故、そんなに静かにこちらへと振り向くんだ…?』


女性の顔は、やはり衣で隠されていて良く見えない…


優しく微笑むその口元だけが、夜叉丸の視界に確認できていた。


女性

『…夜叉丸…』


夜叉丸の手に触れた女性の肩は柔らかく…


とても暖かで…


女性

『…聞いて…夜叉丸…』


…その手触りにはどこか懐かしさを感じ…


…何故か夜叉丸の心を安心させた…


女性

『…危険が迫っている…』


気が付けば…


夜叉丸と女性の周りを包む優しい光…


その光は次第に、女性の姿が見えなくなる程に輝きを増して…


夜叉丸

「まッ…待てッ!!!」


夜叉丸の声さえ、既に彼女の耳には届いていなかった…


…だが…


夜叉丸の手には、まだ彼女の感触が残っている…


『…夜叉丸…夜叉丸…』


柔らかく…暖かく…どこか懐かしいそれを放すまいと、握り締める手のひらに力を込める夜叉丸…


『…夜叉丸…』


まだ…


何処かから夜叉丸の名を呼ぶ声がする…


あまりの光に目が眩んでいて、なかなか前が見えないが、確かに…


ハッキリと…


『…夜叉丸…』


見失うものか…


見失ってはいけないんだ…


何故かそう感じた夜叉丸は、激しい光に逆らって、無理矢理その瞳を抉じ開けた…


…すると…


桃太郎

「…【それ】はオイラの【チ○コ】だ夜叉丸ーーーーーッ!!!!!!!!!」


…いつの間にか…


桃太郎達と共に眠っていた夜叉丸…


その顔に差し込む朝日の木漏れ日…


そして…


その手に握られた桃太郎の【チ○コ】…


夜叉丸は瞬時に気付いた…


…ああ…


自分は夢を見ていたのだと…


…いったいいつから夢を見ていたのか…?


それは考えても分からなかった…


…だが…


…いつからが現実なのかは分かる…


予想外のモノを触ってしまった精神的衝撃は夜叉丸の気分を激しく害し、咄嗟に木陰で嘔吐させていた。


…そして…


夜叉丸の強い握力で股間を握り締められた桃太郎は、その場で踞っていた。


全身を痙攣させる程の痛みに耐える桃太郎。


そんな桃太郎を案じて、桜と小太郎は桃太郎の背中を擦っていた。


夜叉丸

「ふぅ…。

朝からツイてないぜ…。」


桃太郎

「こっちのセリフだわッ!!!」


あれは果たしてただの夢だったのか…?


それにしては現実味が在りすぎた…。


夜叉丸の耳に残る あの声…


ハッキリと確認した、あの口元…


今も手に残る、あの感触…


その感触を思い出した時、桃太郎の股間の感触もまた同時に、夜叉丸の脳裏に強烈に甦った…。


夜叉丸

『夢だッ!!!

アレはやっぱりただの夢だッ!!!』


自分にそう言い聞かせる夜叉丸。


彼は激しい不快感に耐えながら、今日も旅の支度をするのだった…。





『…気付いて…夜叉丸…


…全てが…


…手遅れになる前に…』

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