第7話 乱戦

俺が生きているだけで誰かが不幸になっていく…


これは…俺だけに課せられた【罰】のような物だと思うんだ…


前世で何かしたのかな…?


俺に関わる者は全員 何かしら辛い思いをして離れていくんだ…


最初は仲の良い友人だった…


ちょっとした食い違いと、子供ならではの限度を越えた喧嘩…


俺はそんなつもりはなかったし…


軽く手を振っただけのつもりでいた…


…それなのに…


アイツに大ケガをさせた事を皆から責められた…


当然と言えば当然さ…


加減できなかったのは俺だから…


しかし、俺を責めたヤツらも俺の与り知らない所で不幸な事故に見舞われた…。


何もしていないはずなのに…


【それ】が起こる…


一回や二回の出来事ではない…


それが何回も続くんだ…


そして誰もが理解した…


それは俺がやっている事だと…


俺自身もそう思った…


覚えがなくても、そは俺がやっている事なんだと…


俺は…


ただ居るだけでそれを引き起こすんだ…


俺と関わって、いったい何人の鬼達がその災いを受けてしまった事だろう…?


何人も何人も不幸にして…


何人も何人も傷付けて…


そしていつの頃からか、鬼達は俺の事を【不幸を呼ぶ者】…


【鬼神・夜叉王】と呼ぶようになった…


あいつの右頬に付けた傷を、俺は今でも覚えている…


あの時、この手に残った感触も…


だから俺は一人で生きて一人で死ぬと決めたんだ…


誰の側にも近寄らず…


誰とも言葉を交わさない…


俺は俺の目的のためだけに生きていく…


俺は二度と…


誰にも関わらない…


…そう決めたはずなのに…


…つい声を掛けてしまった…


…あの人間の子供が…


…何故か他人とは思えなくて…


…辛そうにしているあの子供を…


…助けたいと思った…


…誰かを不幸にしか出来ない俺が…


…助けたいと願ったんだ…


…嗚呼…


…それなのに…




走って…走って…


風を追い越す勢いで駆け抜けて…


そうして【そこ】に辿り着いた夜叉丸の目の前には…


全身から血を流し、踞ったまま眠ったように動かない桃太郎の姿があった…


間に合わなかった…


桃太郎の全身には明らかな暴行を受けた跡…


一目で致命傷と判断出来る出血量…


それらは桃太郎が二度と起き上がらない事を見る者に連想させた。


そして動かない桃太郎を囲むようにして立つ数人の鬼達…


夜叉丸は彼らの事を知っていた…


【闥婆王(だつばおう)】…


【迦楼羅王(かるらおう)】…


【竜王(りゅうおう)】…


…そして…


夜叉丸

「【修羅王(しゅらおう)】…

…お前がやったのか…?」


阿修羅

「…何だぁ…?

…探してたヤツの方からお出ましかぁ…?

…今、良いところなんだから邪魔すんなよ…。」


傷付き倒れた桃太郎の前に立つ…


見慣れた傷跡をたずさえた見慣れた女…


阿修羅…


彼女の右頬にクッキリと残る四本の傷跡が夜叉丸に訴えている…


「…これもお前が招いた事だ…」


…と…


そして…


間が良いのか悪いのか…


夜叉丸とほぼ同時にそこに居合わせてしまったおじいさんと金時と若い部下…


坂の上から来た夜叉丸には分からなかったが…


坂の下から来たおじいさん達の目にはハッキリと見えていた…


踞る桃太郎の懐に守られるように隠された…


探していた女の子の姿が…


おじいさん

「…桃…太郎…?」


おじいさんは桃太郎に何の期待もしていなかった…


桃太郎をここに連れてきても何の役にも立たないと思っていた…


だから桃太郎が今どこにいるのかなど、気にもしていなかった…


しかし現実はどうだ…?


期待していなかったはずの実の孫はその命を懸けて要救助者を守り、傷付いて地に伏せている…


その姿を目の当たりにしてしまった衝撃…混乱…


何故ここにいるのか…?


避難していたはずではないのか…?


懐にいるその娘はお前が守ったのか…?


郷の誰よりも弱い…お前が…?


予想出来なかった意外過ぎる出来事に、一瞬の動揺を見せてしまったおじいさん。


若い部下も…


どうせ寺子屋にいるはずと高を括って確認を怠った…


自分がしてしまったその怠慢に気付いて、自分を責める…。


強い自責の念が、目の前の出来事に対応しようとする意思の邪魔をしていた…。


おじいさんも、若い部下も…


目の前の状況を直ぐに飲み込む事が出来なくて瞬間的な判断と行動に出遅れた…。


しかし金時だけは…


目の前で何が起きているのかを瞬時に理解して、まるで放たれた矢のように走り出していた…。


腰に帯びた真剣を、居合い抜きの要領で抜刀する金時。


目にも止まらぬ早さで、その凶刃が鬼の一人に目掛けて襲い掛かる。


金時

『お前達が桃太郎をやったのかッ!!!』


言葉に直したい事は他にもあった。


だが、その全てを言葉にする時間は無い。


たった一言でも喋っている時間があるのなら、今すぐにでも目の前の敵を斬り捨てたかった。


しかし…


見事なまでに その太刀筋に反応した鬼の一人…


【竜王】…


彼の武器もまた剣…


見るからに鋭いその剣に向けて打ち込まれた金時の剣は、音も立てずに竜王の剣を通過した…。


何の手応えも無く…


まるで風でも斬ったかのような手応えの無さ…


異変に気付いたのは、何も無かったかのように自分を見下ろす竜王に剣を構え直した時だった…


自分が持つ剣に、先程までの重みを感じない…。


その異変に気付いた金時は、自分が握る剣の刀身に目を向けた…。


すると…


そこにあったはずの切っ先が…無い…。


一般的な刀の長さだったはずなのに…


今は脇差し程度の長さになっている…。


そしていつの間にか地面に落ちていた、そこにあったはずの切っ先…。


金時は早く桃太郎の敵を討ちたいと願う激情の中で、それでも目の前で起こっている事象を冷静に理解していた…


地面に落ちた剣の切っ先の…


その断面…


それは鋭い包丁で切り落とされた野菜の断面を連想させた…


金時はこの時 気付いていたのだ…


自分が振るった剣の刀身が【斬り落とされた】事に…


金時

「だから何だッ!!!」


竜王は剣を動かしていない。


押しも引きもしなければ、力強く受け止めている様子もない。


ただ、彼の握る剣の刃に触れた自分の剣が、一度振る毎に紙切れ同然に斬り落とされていく。


…このままでは…負ける…


その全てを理解していても、それでも金時は攻撃の手を止めなかった…。


桃太郎を傷付けられた事に怒った金時には、相手とどれ程の実力的差があったとしても関係がなかったからだ…。


ただ気が済むまで敵を斬りたい。


そんな想い一つで振り続けられた金時の剣…。


そしてとうとう刀身が姿を見せなくなった頃に…


竜王はその剣を初めて構えた…。


竜王

「…さらばだ…人の子よ…。」


確かに、金時の耳にハッキリと届いた竜王の別れの言葉…


竜王の攻撃が我が身を襲おうとしている…


まともに受ければ死は免れない…


それが分かっていても…


それでも…


金時の選択は【攻撃するのみ】だった…。


その手に握られた【刀だった物】を逆手に持ち変え、短剣で刺すように襲い掛かる金時…


…刺し違えてでも…


そう願う金時の意思を、見る者達全員が感じ取っていた…


しかし、それさえも読んでいた竜王は、金時の最後の攻撃を躱し様、自らの剣を振るった…。


金時の胴体を下から斜めに振り上げる事で斬り捨てようとする竜王。


…しかし…


竜王の剣が、今正に金時に触れようとしていた その時…


金時の身体は力強く後方へと引っ張られた…。


その尋常成らざる力のお陰で、斬り捨てられる事を免れた金時の身体。


…そして…


後方へと投げ飛ばされた金時の身体の陰から姿を現したおじいさん…。


おじいさんの視線が竜王の視線と交差した時…


おじいさんの剣が竜王に向かって放たれた。


竜王

『…ほう…。』


異常とも受け取れるおじいさんの剣撃。


狂気とも受け取れる殺意ある剣。


その余りの危険性を感じ取り、焦った竜王は急遽太刀筋を変え、おじいさんの剣を弾き飛ばした。


今度は金時の時とは違う…


おじいさんの剣は斬り落とされる事なく【弾かれた】のだ…。


そのたった一度のやり取りで、おじいさんの実力をある程度感じ取った竜王。


続くおじいさんの攻撃も、竜王は体制を崩しながらも見事に捌いて見せた。


竜王の力を持ってしても、おじいさんは一筋縄には行かない。


それだけの相手と判断するや否や…


一気におじいさんへと襲い掛かる乾闥婆と迦楼羅王。


突然の三対一に金時と部下は思った…


金時・部下

『加勢しなくては!』


しかし、郷長の肩書きは伊達ではない。


三人の鬼の攻撃でも捌ききるおじいさんの技。


いいや、捌くだけではない。


いつの間にかおじいさんが攻勢に出ている。


鬼達はいつの間にか防御に専念し、それでも徐々に圧倒されていた。


乾闥婆

『…コイツはッ!!』


おじいさんと鬼達のやり取りを見て、流石の金時も思った…。


…自分の出る幕ではないと…。


若い部下も同様に、自分が加勢する事が逆におじいさんの足を引っ張る事を自覚して身を引いた。


今 何をすべきかが分からなくなってしまった金時と部下。


しかし…


おじいさんはこれ程に激しい戦闘の中でさえ、二人の思考が急停止してしまった事を瞬間的に感じ取り、その思考を再び働かせるための一喝を放った。


おじいさん

「早くせんかッ!!!」


一瞬…


何を言われたのか…


その理由や本意が分からなかった金時と部下。


しかし、続くおじいさんの言葉が二人の止まっていた思考を再び動かした。


おじいさん

「我々に課せられた任務を忘れるな!!

お前達は【何をしに】ここまで来たのだッ!!!」


そうだ…


おじいさんも…部下も…金時も…


要救助者を連れ戻すためにここへ来た…。


要救助者は桃太郎が守った女の子…。


今すべきは女の子を郷へと連れ戻す事…。


桃太郎の敵を討つ事ではない…。


納得は出来ない…


しかし、このまま鬼達に一矢報いる事も出来ないのも癪に障る。


そう思いながらも…


金時の足は、今度は桃太郎の元へと走り出していた。


阿修羅

「…何をそっちだけで盛り上がってんだぁッ!!? オラァッ!!!」


夜叉丸に気を取られていて、他の鬼達の騒ぎに今更 気付いた阿修羅…。


阿修羅の足元に倒れる桃太郎を目指す金時に、彼女の雄叫びが襲い掛かった。


…しかし…


阿修羅には他所に気を向けている暇も余裕も無かった…。


阿修羅が金時に気を取られた瞬間…


阿修羅へと殴り掛かる夜叉丸。


焦って夜叉丸の攻撃を防御したが、その余りの拳圧に阿修羅は体制を崩してしまった…。


その隙が見逃されるはずもなく…


夜叉丸は自分の攻撃を受けた阿修羅の身体を掴むと、巴投げの要領で、彼女を遥か後方へと投げ飛ばした。


しかし、その程度の投げ技では大した意味を成さない。


阿修羅は直ぐに空中で体制を立て直す。


彼女なら絶対にそれが出来る。


その事を夜叉丸は知っていた。


投げた阿修羅の身体が空中に在る内に走り出した夜叉丸。


同時に夜叉丸は金時の目を見た。


言葉による意思の疎通があった訳ではない。


しかし金時と夜叉丸の目が合った時、金時は夜叉丸が何を伝えたかったのかを瞬間的に理解した。


「桃太郎を救え」


そう言われたような確信がある…。


金時に相手の心を読む特殊な術が使える訳ではない。


しかしその確信を得た時、金時は立ち止まりかけていた足で再び地面を蹴った。


金時

『仲間ではないのか!?』


鬼を鬼が襲うと言った見慣れない構図に一瞬 戸惑う金時。


しかし…


一瞬が命取りである実戦のやり取りの最中では、どんなに短い一瞬の逡巡であったとしても命取りの隙となる事を、彼はまだ知らなかった…。


迦楼羅王

「させんッ!!」


自ら作ってしまった一瞬の隙。


それを見せた金時に襲い掛かる迦楼羅王の攻撃。


一振りした彼の袖の中から飛び出した【何か】…


それが矢だったと理解出来たのは…


若い部下がその身を盾にして、迦楼羅王の攻撃から金時を守った時だった。


若い部下の身体の複数箇所に刺さった短い矢。


致命傷になるような箇所には刺さっていないようだが、彼が金時と共に桃太郎の元へ駆け寄るのは、もう不可能だった。


若い部下

「金時君!! 早く行ってッ!!」


迦楼羅王

「…ちッ!!」


迦楼羅王に向けて剣を構える若い部下。


向かい合っているだけで体力を奪われるような威圧感を受けながら、それでも彼は辛い表情さて見せずに剣を構えて耐えていた。


余りの格の違いに、恐怖すら通り越して自らの死を覚悟してしまう。


確実に起こるであろう【それ】を肌で感じ取り、若い部下は苦笑いを浮かべながら微かに後悔をしていた。


若い部下

「…何で出て来ちゃったかな…俺は…!」


当然 迦楼羅王もおじいさんから気を反らす余裕など無かった。


それでも金時の邪魔をしようとした。


自分達がやろうとしている事を邪魔する人間に対しての、彼なりの自尊心かそうさせたのであろう。


しかし…


今度はその一瞬の出来事が仇となり、迦楼羅王の身に襲い掛かった。


迦楼羅王か見せてしまった僅かな隙…


一瞬の雑念…


おじいさんがそれを見逃すはずもなく…


迦楼羅王が「しまった」と感じる事も出来ない僅かな間に…


彼の鳩尾へと、おじいさんの掌低が

滑り込んだ。


身体の中心が破裂したのではないかと思える程の痛みと衝撃に見舞われる迦楼羅王。


それは、攻撃される事を予想もしていなかった迦楼羅王にとっては致命的な一撃。


迦楼羅王の身体はその痛みに耐えるために歯を食い縛り、それでもどうにもならない激痛に悶絶していた。


彼の身体は後方へと弾け飛ぶような事はなかったが…


おじいさんの掌底の衝撃をまともに受けて立っている事は不可能。


膝から崩れ落ちる迦楼羅王…


彼は地面に踞って、苦しそうに嘔吐を繰り返していた。


乾闥婆

「迦楼羅王ッ!!」


竜王

「…おのれ人間めッ!」


おじいさん

「…余計な事を考えている暇など、貴様らに有るのか?」


尚も続くおじいさんと鬼達の攻防。


その隙に桃太郎の元へと辿り着いていた金時は、桃太郎の様子をジッと見たまま動かなかった…。


そこに迦楼羅王との対峙から解放された若い部下が、遅れてヨロヨロと駆け付ける。


金時が何もしない事を不思議に思った彼の瞳に映り込んだものは…


傷跡一つ無く生還した要救助者の女の子と…


眠ったように意識を失った、桃太郎の姿だった…。


余程 怖かったのか…


今もまだ涙を流し、弱々しい嗚咽を繰り返す女の子…。


金時の瞳を覗き込むと、彼女は言った…


女の子

「…このお兄ちゃんが…守ってくれた…」


こんな事…


出来るはずがないと思っていた…


圧倒的な強さを誇る鬼に立ち向かう勇気も…


鬼数名から誰かの命を救い出す事も…


桃太郎には無理だと…


そう思っていた…


桃太郎のその弱さが…


金時をいつも苛立たせていた…


…そのはずだったのに…


桃太郎は金時にも真似出来ない快挙を成し遂げてしまった…


桃太郎のその変化に…


金時の心の中には、何とも言えない複雑な感情が溢れ出して来て…


その瞳から…


一筋の涙を流していた…


今も激しい戦闘が繰り返される中で…


金時の雄叫びが、辺りに空しく木霊していた…

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