お母さんになった大泥棒 5/5


 持ち主のいなくなった屋敷に、オレは戻る。


 戻った頃には夜になっていたが、ベッドで休む気など全く無い。


 サーラのいないこの屋敷から、オレもまた出ていくことに決めていたのだ。


 ささっと準備をしてこのまま消えようと思ったが、一つ気になることがある……


 もちろんサーラのことも気になるし、男の体を諦めた後悔もある。


 だがそれよりも、あの王妃の、その目が妙に気に掛かり、オレはまだ迷っていた。


(あれは、悪党の目だった……)


 王族なんてのは悪党じゃねえと務まらねえ……とは思っている。


 ――王妃は間違いなくサーラの母親だ。


 悪党でも、自分の子供は大切にしてくれるだろう……本当のお母さんなのだから。


 そう思った時、空耳が聞こえた。


 この屋敷で毎日のように聞いた、サーラがオレを呼ぶ声だ。


「お母さん! お母さん! お母さん!」


 オレはその声に、心の中で言い返す。


(オレは、おまえのお母さんじゃねえよ!

 お母さんなんて人間はこの世にいねえんだ!)


 そう心で言い返して、つい笑いが出てしまった。


「ほー、ほっほ、ほっほ!

 そうです。お母さんなんて人間、この世にいたりしませんよ! ――私はいったい、何を勘違いしていたのでしょうねぇ。」


 自分の勘違いに気づいたオレは、意気揚々と決意をする。


「ほー、ほっほ、ほっほ! 久しぶりの大仕事、大泥棒をやってやろうじゃありませんか!」


 ――オレはこの国で一番の大泥棒。


 どんなお宝も盗んじまう、大悪党だ。


 オレは何より素晴らしいお宝を、盗み出そうと決めたのだった……




 ――その夜、オレは王宮へと忍び込んだ。


 王宮はこの国一の、厳重な警備……


(そんなもん、俺にとっちゃ安いもんよ。)


 目指すのは、王冠? 玉座?


(そんな、安っぽいもんじゃねえ。)


 オレはあの王妃の部屋の、その近くにある古ぼけた部屋へと忍び込む。


 中には簡易な牢屋と、王妃の姿があった。


 ――牢の中で、娘が叫んでいる。


「王妃様! どうしてこんなことをするの!」


「それはね、あなたが私の本当の子供だからよ。

 王以外に、私に子供がいるなんて、知られたら困るのよ!

 ふふふっ……。明日には処分してあげるわ!」


(そういうことかい……あんたが絵に描いた様な悪党でなによりだよ、王妃様。)


 ――オレは心の中で喜んでいた。


(ほー、ほっほ、ほっほ!

 だってそうでしょう! やっぱりサーラには、この私しかいないのですからねぇ!)


 オレは何食わぬ顔で、王妃の横を通り過ぎる。


「お母さん! 来てくれたんだね!

 助けに来てくれたんだね、お母さん!」


 喜ぶサーラと、驚いて固まっている王妃。


 オレはちょちょいと牢の鍵を外し、サーラに付いた鎖も外す。


「あなたはサーラの母親!?

 どうして!? 二度とは会わないって!?」


 叫ぶ王妃に、オレは答える。


「ほー、ほっほ、ほっほ! 私は大泥棒ドロンボー。泥棒は嘘をつくものですよ。」


「ドロンボー! あ、あの大泥棒ドロンボー!

 へ……、変装していたのね!」


(変装っていうか、変身だけどな。)


「かっこいい! かっこいい、お母さん!」


 騒ぎを聞きつけ兵士どもが駆けつけてくる、その足音がする。――王妃はオレに言った。


「この王宮のたくさんの兵士から、この国一番厳しい警備から、逃げ出せると思っているの!?」


「ほー、ほっほ、ほっほ! 私は大泥棒ドロンボーですよ。不可能なんてありません。」


 そう言い返し、サーラを抱えて部屋を抜ける。


 兵士どもに追われながら、大きな窓際まで逃げ出した。


 ――そこでオレは振り返る。


 いつものキメ台詞を言うためだ。


「ほー、ほっほ、ほっほ!

 世界一のこの宝物、大泥棒ドロンボー様がいただいていきますわよ! ほー、ほっほ、ほっほ!」


 サーラも喜んで、オレを真似る。


「いただいていきますわよ! ほー、ほっほ、ほっほ!」


 二人の笑い声が、王宮に響き渡る。

 

 オレはサーラを抱え、夜の闇に紛れていった。





 サーラを王宮から連れ出したオレは、船に乗って海を渡った。――隣の国まで逃げたのだ。


 今は小さな街に住んで、そこに落ち着いている。



 その街で、オレはまっとうな仕事に就いた。


 サーラが泥棒はダメだと、うるさいからだ。


「お母さん、先に寝るね、おやすみなさい。」


「おやすみ、サーラ。」


 夜……テーブルの横の椅子に腰かけ、くつろぐオレに、サーラはおやすみをする。


 オレはおやすみを返したが、サーラは不安げにオレを見つめてくる。


「ほー、ほっほ、ほっほ。どうしました、サーラ? そんな不安そうな顔をして。」


「ねえ、お母さん。お母さんはいつまで、サーラのお母さんをやってくれるの?」


「そうですねえ。あなたが大人になるまで、それまでは、お母さんでいましょうかねぇ。」


「サーラが大人になって、お母さんをやめたら、お母さんはどうするの?」


「そうですねえ。また泥棒でもやりましょうかね。

 何しろ私は大泥棒ドロンボーですからねえ!」


「泥棒はダメー!

 お母さんが泥棒なんてしなくてもいいように、大人になったらサーラ頑張る! 頑張って働いて、今度はサーラがお母さんの面倒を見るの!」


「ほー、ほっほ、ほっほ。

 じゃあ、お勉強もお手伝いも、頑張らないといけませんねえ。明日も頑張らないといけないでしょう。早くおやすみなさい、サーラ。」


「おやすみなさい、お母さん。」


 そんな会話をしてから、サーラは自分のベットに向かっていった。



 オレは透明な液体の入った瓶を取り出し、テーブルに置く。


 魔女が、元に戻る薬だと渡してきた薬だ。


 その瓶を眺めながら、オレは考える。


(あの時、あの薬を飲んだから、オレはお母さんになったのだろうか? いや、違うなぁ……

 サーラだ。あの子がオレを変えてしまいやがった。オレはサーラのために男であることも、泥棒であることも捨ててしまった。)


 そう思い、オレはつい笑ってしまう。


「ほー、ほっほ、ほっほ!

 誰だって、自分の命、自分の人生が一番の宝物です。なのに、サーラって子は……いいえ、子供っていうのは、そんな宝物を簡単に盗んでしまう。

 とんでもない、大泥棒じゃありませんか!」


 そんなことに気づいて、オレは笑ったのだ。



 ――その時だった!


 魔女の薬が光って、水の色が黄色に変わる!


 オレはその瓶を手に取る……そして、立ち上がった。


「お母さん、どうしたの?」


 流し台で瓶を洗うオレに、起き出してきたサーラが不安げな顔で聞いてきた。


 オレは答える。


「ほー、ほっほ、ほっほ。

 明日はピクルスでも作ろうかと思いましてねぇ。

朝は野菜を買うのに市場に行きますが、サーラは何が食べたいですか?」


「うんとね! ポタージュと目玉焼き! それと、白いパン!」


「卵と白いパンは贅沢です! でも聞いたのだから、目玉焼きくらいはつくってあげましょう。」


「ありがとう、お母さん!」

 

「ほー、ほっほ、ほっほ!

 明日の朝食のメニューも決まりましたし、もう私も寝ましょうかねぇ。」


「じゃあ一緒に寝よう、お母さん!」


 オレは娘と、そんな会話をする。


 こうしてオレは明日の朝、ピクルスと目玉焼きを作ることに決めたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫と月とサイコロ 賽子ちい華 @Chiika_S

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ