お母さんになった大泥棒 4/5


「王妃様に失礼の無いようにね、サーラ。」


「はーい! お母さん!」


 ――オレたちは、王宮へと招かれた。


 王妃の似顔絵を描いて欲しい……それが、サーラへの依頼だった。


(ほー、ほっほ、ほっほ! 

 直接、王に会うとはいきませんでしたが、サーラの描いた肖像画が認められれば、玉座を盗むチャンスが広がりますねえ!)


 最近は、どうやら心の声にも女のそれが混ざるようになってきた。


 早くサーラに玉座を盗ませ、魔女の薬の効果を発揮させないと、どうなるかわからない。


(オレ、戻れなくなるかも?)


「お母さん、バラが綺麗だね!」


「ほー、ほっほ、ほっほ! 王宮のバラ園は世界一って言われていますからねぇ。この国の宝が一つ、ぜひいつか盗んでみたいものです。」


「ほ~、ほっほ、ほっほ。

 お母さん、盗みはダメー!」


 最近サーラは、オレの笑い方をまねる。


 玉座に立って、そんな風に笑ってくれれば、まさに大泥棒の姿だろう。


「ねえ、お母さん。王妃様って綺麗かなあ?」


「さあ? 見たことはありませんが、美人だとは聞いていますよ。」


「お母さんより?」


「あなた、私の顔を美人だと思っていますの?」


 ――鏡を見たときが一番、オレは自分が男であったことを思い出す。


 オレは魔女の薬で体は女になったのだが、顔はたいして変わっていない。


(どうせ変身させるなら、もうちょっとどうにかして欲しかったですねえ……)


「お母さんは美人だよ。私より目は小さいし、鼻や口は大きいし、アゴだってしっかりしてるし!」


「サーラ。友達にそれを言うのは、絶対にやめなさい。」


 そんな会話をしながら、王宮へと入る。


 オレたちは、王妃の元へと案内された。



 王妃の顔がどんな顔なのか、オレもちょっと興味があった。


(美人らしいが、うちのサーラより美人かねえ?)


 オレはサーラと手を繋ぎ、王妃が来るのを待っていた。――王妃が現れた瞬間、オレはサーラの手を強く握って、そして叫ぶ!


「王妃様、あなたは……!」


 そんなオレの無礼を、王妃は咎めない。


 王妃もまた驚いて、開いた口を手で隠し、こちらを見ては――王妃はサーラを見て驚いていた。



 王妃は確かに美人だった……サーラに負けず劣らず、サーラを大人にしたような美人の顔だ。


(したようなってより、こりゃあ似すぎだ!)


 サーラと王妃、二人のその顔はあまりにそっくりで、オレは驚く。


 オレも確信していたし、王妃もまたそうだったのだろう……会ってすぐにサーラをメイドに預けて、彼女と二人きりで話をすることになる。


 王妃は、サーラを大人にしたような顔と声で話をし出した。


「あの子は、サーラですね。

 昔、私が産んだ、私の子供です。」


 ――王妃の告白。


 オレは、自分がサーラの母親などと名乗る気は無い。


 大泥棒ドロンボーであることは隠したが、その他の事情を王妃に話した。


「そうですか……

 サーラは一人になったのですね。ふむ……」


 王妃はしばらく考えて、それから言った。


「サーラを私が王宮に引き取りましょう。

 ――王宮で、生活させましょう。」


(王宮で……、サーラは姫様かよ!)


 本当の母親が見つかって、姫様としてサーラは暮らす……王妃の提案にオレは喜ぶ。


(最高じゃねえか! これで一生安泰だ! それに、玉座も近づく! 良いことばかりだ!)


「それはサーラにとって、とても喜ばしいことです。サーラはまだ子供……とても一人では生きられません。ぜひ、よろしくお願いします。」


 だからそう言って、オレは頭を下げる。


 そんなオレに、王妃はある条件を告げた。


「一つお願いがあります。もう、サーラには会わないでいただきたいのです。

 もちろんサーラは王宮の中……一般市民とは違う世界。どうか、よろしくお願いします。」


「ええ、そうですよね……」


 その条件にオレはとっさに、歯切れの悪い答えを返す。


 内容に納得はしていたが、オレは戸惑っていたのだ。


 サーラに二度と会えない……それは、サーラに玉座を盗ませる機会を失うといこと。


 すなわち、オレが元の男の姿に戻る機会を失うということだ。


 それはサーラのことを考えれば、呑むべき条件だと思った……王族としての一生安泰な暮らしが、サーラを待っている。


 俺の体、サーラの幸せ……


 戸惑い、迷い、オレは言った。


「す、少しだけ、サーラと二人で話しをしてもよろしいでしょうか?」


「もちろんですよ。せっかくです。王宮のバラ園でも周ってみなさい。」


 ――王妃は考える時間をくれたらしい。


 サーラを連れて世界一と言われるバラの庭園を、散歩することになった。





「――お母さん、やっぱりバラ、綺麗だね。」


 そう言ってくるサーラの手を強く握って、オレは真実を告げる。


「サーラ、あなたの本当のお母さんは、王妃様だったのよ。」


「サーラのお母さんはお母さんだよ、王妃様じゃないよ。」


「王妃様の顔を見たでしょう……あなたにそっくり。王妃様こそが、あなたと血の繋がった、本当のお母さんよ。」


 オレはしゃがみ、サーラと目線を合わせる。


 そして、その肩を持って告げた。


「サーラはこの王宮で、王妃様……本当のお母さんと暮らすのよ。」


「お母さんは? お母さんもここで暮らすの?」


「私はここにはいられない。サーラ、私はあなたのお母さんじゃない。ここでお別れよ、サーラ。」


 そう告げると、サーラの顔がみるみる真っ赤になった。――サーラは初めて駄々をこねた。


「いやだ、いやだ、いやだ!

 サーラのお母さんはお母さんなの!」


 サーラの剣幕に押されて、つい大声を出す。


「私は、あなたのお母さんじゃありません!

 お母さんなんて、人間はいませんよ!」


「お母さんはお母さんなの!

 お母さんと一緒に暮らすの!」


 涙と鼻水を垂らし、叫ぶサーラ……オレは声を和らげて、なだめるように言い聞かせる。


「サーラ、王宮で暮らせば楽しいことがいっぱいあるわ。好きな絵も沢山書けるし、美味しいものも沢山食べられる。

 きっと私のことも忘れて、幸せになれる。」


「いやだ、いやだ、いやだ! どうして、どうしてサーラとお別れするの?

 サーラと一緒だと、サーラのお母さんだと、元の姿に戻れないから?」


 ――そう言われて、オレは気付く。


 オレは決して、元の姿に戻ることを諦めたわけじゃあなかった。


 だが今は、頭がいっぱいだった。


 サーラを説得することに……


 サーラに目の前にある幸せを掴ませることに、頭の中の全てが持っていかれていた。


 サーラは、泣きながら叫ぶ。


「お母さんが元の姿に戻りたいのなら、サーラは大泥棒だってやるよ!――だから、だから一緒にいて!

 男の人の姿に戻ってもいいから、お母さんはお母さんでいて!」


 サーラの必死な訴え……それを聞いてオレは立ち上がる。――これがチャンスだと思った。


 オレはサーラを見下ろし、笑った。


「ほー、ほっほ、ほっほ!

 言いましたねサーラ、大泥棒をするとっ!」


 サーラは、その大きな瞳でオレを見る。


 オレはそんなサーラに、騙るのだ!


「あなたは王宮で暮らし、大泥棒をするのです。

 隣の国で、お嫁さんになってその国を盗むのもいいでしょう! この国の女王になってもいいでしょう!

 ――国を盗む大泥棒、やってみなさい!」


「お母さん、そうしたら、そうしたらサーラとまたいてくれるの? サーラが王宮で頑張って、サーラが国を盗んだら、またサーラはお母さん、してくれる?」


「ええ! 約束しましょう、サーラ! あなたが国を盗んだら、あなたに会いに来ましょう!

 大泥棒ドロンボーの娘だと、あなたを認めてあげましょう!」


 オレの言葉に、サーラは目を閉じる。


 まぶたに押し出された涙が、サーラの頬を伝った……


 サーラは、まだ潤んでいる瞳でオレを見た。


 ――そして、強く叫んだのだ。


「サーラ、お母さんのために頑張る!」


 サーラは、王宮に住むことを決意した。


 オレとサーラのお別れが決まったのだった……




 サーラを王宮に預け、オレは一人で街を歩く。


(これでサーラは本当の母親と、幸せに暮らしていける……これで良かったじゃねえか。)


 もうオレは、男の姿に戻ることは無い。


(だが、これでかまわねえ。)


 オレはいつのまにか、愛してしまっていた。


 サーラを愛してしまっていた。


(大泥棒が不甲斐ない。心を盗まれちまった。

 受け入れよう……あの子のためなら、受け入れよう。どんな運命も、受け入れよう。)



 ――こうしてオレは、女になった。


 大泥棒ドロンボーは母親の心を持つ、女になってしまったのだ。


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