4章―② お嬢様と青年、すれ違う
「キミは――」
急に聞こえてきた声の主を見た昭仁氏の目は見開かれている。
その男は社長室の扉付近に立っていた。
「天月昭仁さん、初めまして。
爽やかなスマイルとともに爽やかな挨拶をした男は爽やかにお辞儀をする。
「おおッ、キミが雄大くんか! こちらこそよろしく」
そう言って昭仁氏は綾瀬に近づいて握手を交わす。
ポカンとしている公太達を見てか、綾瀬は「これは失礼しました」と一言告げて、
「僕が千尋さんとお見合いさせていただくことになっている者です」
そんな衝撃的な事実を告げた綾瀬は自分で言ったことに照れているのかはにかみ、白い歯が見えている。しっかりと整えられた髪型、服装、長身で引き締まった身体、そして何よりやや幼さを感じさせるものの、イケメンと誰もが思うであろうその顔立ち。なるほど、昭仁氏が認めるだけのことはある。
「あの、気のせいでなければ面白いとおっしゃりませんでしたか?」
室井が控えめながらもしっかりと相手を見据えながら問い掛けると、綾瀬はええ! と爽やかに頷く。
「気のせいではございません。僕は深く感動しました!」
「感動……ですか……?」
「はい、えーと、そこの……」
「俺ですか? 花巻って言います」
公太の方を見ながらだったので名乗ると嬉しそうに綾瀬は大きく頷く。
「あ、花巻さんですね。そうです。花巻さんの行動に僕は深く感銘を受けました!」
「は、はあ……」
公太は綾瀬の異様な高さのテンションに全くついていけない。
「今の僕達のやろうとしていることって所謂政略結婚って奴だと思うんですよ! それに抗おうとするなんてまるで主人公じゃないですか!」
「それ、自分で言います?」
思わずと言った形で室井が言うと、綾瀬は恥ずかしそうにはにかむ。
「しかし僕は本気ですよ。恥ずかしながら僕は千尋さんの顔、身体、そして聞いた話に過ぎませんが、性格全て好みです。」
本当に恥ずかしいことを爽やかに言う彼はその勢いのまままた公太へと視線を戻す。
「花巻さん、勝負しましょう」
「え、勝負?」
「僕と花巻さん、どちらが千尋さんに相応しいのか。正々堂々一騎打ちで雌雄を決しましょう」
「……」えーと、急展開過ぎて頭が追いついていないが、これは一応チャンスなのか……?
室井と目が合うが、力強く頷かれたことで公太も決意を固める。
「分かりました。チャンスを頂き、感謝致します」
「ちょっと、雄大くん? 勝手なことをやってもらっては困るよ!」
慌てて割って入ってきた昭仁氏。それはそうだろう。自分の思い通りに進みそうになっていたところ、いきなり方向転換させられたのだから。
「昭仁さん、勝手なことを言って申し訳ありません。ただ、僕はそれだけ千尋さんに本気なんです」
「いやそれだから、別に勝負なんてしなくても……」
「僕は今まで何でも簡単に手に入れてきました。でも好きな女性くらい、自分の力で手にしたいじゃないですか」
――え、かっこいい。ちょっと変わり者かもしれないけど、千尋この人と結婚したら幸せなんじゃないか?
「しかし、キミのお父さんに何て言えば……」
「僕の方から言っておきますよ。いつも素直に従っているんだから、たまには僕の言うこと聞いてもらいますよ。それじゃあ花巻君、勝負の日程が決まり次第連絡するよ。だから電話番号かLINEを教えて」
「お、おう……」
最近お金持ちの知り合いが増えている様な気がする。
「じゃあ、連絡するから」
綾瀬はそう言うと昭仁氏に深く頭を下げると、室井、そして千尋にも同じようにし、最後に公太にもう一度軽く手を挙げた。向こうからしたら公太は恋敵なのに律義な男である。
台風のような男だったが結果的には助けられた。昭仁氏は頭痛がするかのようにこめかみを抑えている。
「……とりあえず、追って連絡を入れる。今は出ていきなさい」
*
社長室から出て、室井の運転する車に乗り込んでも3人は無言だった。10分ほど経ってからその沈黙を破ったのは千尋だった。
「公太、何であんなこと言ったの……?」
「なんでって……」
ここでの模範解答は「千尋と結婚したいから」だろう。しかし、残念ながら公太はそうでない。自分の意思を無理やり抑え込んでいる千尋を見かねてこんな行動に出たのだ。
しかし、そんなことを言って恩を着せるのも気が引けるし、かといって結婚したいという嘘八百をぶつけるわけにもいかない。どう回答すべきか迷っているとそのまま千尋が話し続ける。
「どうせ、私のためにでしょ?」
「……そ、そんなことないぜ……?」
――俺の馬鹿! ウソが下手かよ!
「え、それじゃあ、私と結婚したいの?」
「どうなんですか、花巻君?」
千尋の問い掛けに室井も乗っかってくる。圧がすごい。せめて運転している間は前を向いてほしい。
公太が答えられずにいると千尋はふっとため息をつく。
「確かに前まではお父さんの思い通りに動くことが嫌だった。だけど、あんな目に遭って気が変わったの。そのタイミングであの話が舞い込んできた。幸い、相手のあの、何だっけ……名前忘れちゃったけど、良い人そうだし」
「良い人だと思うならせめて名前くらい覚えといてあげろよ……」
公太のツッコミを無視して千尋は話し続ける。
「これでお父さんの気持ちをラクにしてあげることもできるし、私達の身の安全も保障されるし悪いことないじゃない」
そう言った千尋は一瞬辛そうな顔をしたが、割り切ったような表情。
「案外、あの……あ、思い出した。……綾小路さんも良い人そうだから私本気で好きになるかもしれないし」
「……」
とりあえず名前を間違えている時点で本気で好きになることはなさそうである。
それはさておき。公太の中で1つ確信しているのは、千尋が本心を語っているわけでないこと。だが、公太からすれば千尋の本心がどこに転がっているのか分からないので揺さぶりをかけてみることにした。
とりあえず、この場にいない綾瀬の悪口を言って千尋に迷いを持たせるという初っ端から卑劣な作戦に出ることにした。
「おい千尋、簡単に言うけどな。ああいう一見良い人そうな奴ほど、腹の中じゃ何考えているのか分からんもんだぞ。大体なんだよ、あんだけ見た目良くて、性格も良いとかそんな奴いるわけねえ。きっと相当悪い奴さ。そうに違いない……」
「花巻君、なんかイケメンに恨みでもあるんですか……」
公太の実感のこもった声に室井はドン引き。
「い、いや! 別に!」
公太がイケメンとの競争に敗れ、好きだった清楚な女の子がたった1週間でギャルになったという苦い過去を持っているということとこの意見は全く関係ない。断じて!
しかし、公太が自ら過去の傷を抉るという自爆作戦でも千尋の心には響いた様子もなく、
「性格なんてそれこそ深く触れ合わないと分からないんじゃない? ダメだよ、いもしない人の悪口言っちゃ。綾小路さんに悪いよ」
結婚相手候補の名前を正しく認識していない奴に言われたくない。
「着いたね、室井。今日は玄関まで送らなくていいよ」
いつの間にか千尋が暮らすバカでかい屋敷――天月邸に到着していたようだ。千尋は後部座席の扉を開けるとゆっくりと降りていく。
「あ、でも……」
このままではマズいと思ったのだろう。室井は千尋を引き留めようとするが、千尋は首を横に振りながらそれを固辞する。
「ありがとう。大丈夫。私は大丈夫だから公太も無理しなくていいよ。……じゃあね」
そう言って踵を返し、どんどん小さくなるその背中に公太は無力感に苛まれた。
室井も同様なのだろう。唇を噛みしめ、車を発進させることが出来ずにいる。
「……花巻君、仕事終わった後にお話をしませんか?」
室井は決して打ちひしがれていたわけではないということに公太は気が付いた。
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