4章―③ お嬢様と青年、すれ違う
公太は室井と共に定時ダッシュを華麗にキメるとCafe Off Sideへ。
店内は夕方でも変わらずそこそこの賑わいを見せている。
案内役となった立花は室井と2人で来たのを見て何を勘違いしたのか知らないが、「修羅場には気をつけろよ」と余計すぎる一言。おまけに他人の目が入らないようにするためか奥の席へと案内された。向こうが思うようなやましいことは何もないが、これから話すであろうことを踏まえるとありがたい気遣いかもしれない。
席に着き、注文を済ませると室井は公太に向かって深く頭を下げた。
「花巻君、まず先に謝っておきます。このようなことに巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
「いやいや、こればかりはしょうがないでしょう」
公太は慌てて両手を顔の前で振る。いつもワガママ放題な千尋であれば文句の一つも冗談で言っただろうが、黙々と真面目に仕事をこなしている室井を責める気にはなれない。
「大体俺も職がなくて困ってた中であんな良い社宅に住めてるし、これくらいへっちゃらです」
公太がやや大袈裟に力こぶを作る仕草を見せると室井は安心した様に微笑む。
「そうですか……ありがとうございます」
そして、すぐにいつものクールな表情へと戻る。
「今日は突然お誘いしましたが、千尋様の件で相談があります」
やはりそうか、といよいよ本題に入ることから公太も自然と前のめりになる。
「はい、俺も室井さんに色々と聞きたいことがありますね」
「そうでしょうね。それでしたら、先に大前提となることを聞きたいのですが、花巻君は千尋様と本当に結婚したいと思ってますか?」
「え、いや、全然」
公太はパスを受ける前のサッカー選手の様に首を左右に振る。
「は?」
――し、しまった! 思わず素の反応しちまった!
室井の怜悧な眼差しからハイライトが消えたことから命の危機を察した公太はすぐに言い直す。
「いや、アレですよ! 俺如きが千尋の相手ってのはおこがましいでしょ! そんなこと千尋も望まないはずです。そんな結婚を千尋にもさせたくないって意味です」
「ああ、なるほど。確かに仰る通りです」
室井は納得したように大きく頷く。だがそうもあっさりと納得されると若干悲しくなる公太。
「それでは花巻君は何でさっきあんな風に啖呵切ったのですか?」
千尋との結婚に前向きでない公太があんな風に啖呵を切るのは客観的に見れば矛盾した行動だと言える。だが、その答えは既に室井も知っているはずだ。つまり今からすることはただの答え合わせである。
「アレが千尋の本心だと思わなかったからです」
待ち望んでいた回答だったようで室井は頷く。
「私も同感です。私の知っている千尋様は急にあんなことを言われたらその場で暴れ出して、昭仁様、綾瀬様、そして花巻君を病院送りくらいにはしているでしょう」
「な、なるほど……」
何故自分までぶっ飛ばされなければならないのかと思わないでもないが、それだけ見境なく暴れるということか。付き合いの長い室井が言っているだけあって、妙な説得力がある。実際、家出を繰り返したり、無断で大学を辞めたりしているくらいだ。それくらいやっても不思議でない。公太は短い千尋との付き合いからそのように結論付けた。
そこまで聞いて公太は自分の知りたいことを聞いてみることにした。
「つまり、室井さんから見てもあの千尋の態度は腑に落ちないって感じですか?」
「ええ、ハッキリ申し上げますと花巻君が言っているように千尋様は本心で語っていないのではないかと思います。ええ、本心じゃありませんとも。だって、私のこと信用できないって…………グスン」
「ああ! 泣かないで! そうですよ! 千尋が室井さんを信用しないはずが無いじゃないですか!」
年上に泣かれるとどうも居心地が悪い。公太が特に根拠のない慰めを口にすると室井はパァッと表情を明るくする。
「そうですよね!」
室井沙耶香は優秀であるが、案外単純でもあるらしい。とりあえず泣き止んでくれたので公太は胸を撫で下ろす。
「やっぱり考えられることとしては千尋は強盗に遭ったことで責任を感じているってことですかね?」
「ええ、私もそう思います」
室井の言葉に公太は頭をガシガシと掻く。
「やっぱりそうですか。しかし、困りましたね。千尋には気にするなって何回も言いましたが、これだと……」
公太が弱った様子を見せると室井はいえ、とあくまで強気な姿勢を崩さない。
「多分ですが、千尋様を心変わりさせるのであれば花巻君がキーマンになると思います」
「俺がですか?」
公太は戸惑いがちに自らを指差す。室井は首肯。
「今の千尋様は、自分の行動に責任を感じて自らの殻に閉じこもって結論を下しております。そこを変えることが出来るのは花巻君だけだと思います」
「それだったら室井さんも――」
「いえ、私でも全く効果がないわけでもないですが、花巻君の方が効果的です。理由は2つ。1つ目はあの場で1番危険な目に遭ったのが花巻君だということ。そして2つ目は多分、千尋様は花巻君がフクロウ銀行に未練があると思っているからです」
1つ目の理由は納得できなくもないが、2つ目の理由は公太にとっては青天の霹靂である。
「は? 俺がフクロウ銀行に? ないですよ、全く全然皆無です!」
公太を担当した面接官が聞いていたら激怒しそうなことを公太がアッサリ言うと、
「というより、新倉様に……と言い換えた方がいいかもしれません」
「え、新倉さんに……?」
「はい。ここからは完全に私の推測なので、さっきまで話そうか迷っていましたが、千尋様の将来がかかっている以上は出し惜しみしてもしょうがないので話します。――まず、千尋様には恋愛経験が周りの同年代に比べて少ないです」
「……いきなり何の話ですか?」 女子の恋愛話を聞いてロクなことはないと公太の中のアラートが鳴り響く。
「というより、自由に恋愛させて貰えませんでした。学校に異性の友人くらいはいましたが、皆天月の名を畏れていたのか一定の距離を保っていました」
「あー、高嶺の花みたいな感じですか?」
「そうですね。千尋様は可憐で美しくて、キュートでプリティーですので私と同様に千尋様をいやらしい目で見ている者は何人かおりましたが、そこから一歩踏み出してこようとする人はいませんでした。そこは間違いありません、私は全て見ていたので」
恐ろしい事実と本音があちこちに散見されるが、公太は敢えてのスルー。世の中には触れない方が良いこともあるのだ。
「それが今回の話とどう繋がるのですか?」
「つまり、千尋様は恋愛の機微に疎いんです。だから何かと早とちりしがちだと思います」
「まさかそれが俺が新倉さんのことを好きだと思ったってことですか?」
「ええ、その通りです。……で?」
「え」
何この圧力。“で?”とか高校一年の頃、先輩の前で一発ギャグをやった時のことを思い出すからやめて欲しい。
「花巻君は新倉さんのことどう思っているのですか?」
「どうって……」
そう言われると困る。非常に困る。新倉は公太の色眼鏡抜きでも可愛いと言われる顔立ちだろう。公太的には好きか嫌いかで言われたら間違いなく好きである。寧ろ女性は基本的に好きである。
「そこは千尋様こそが1番だと即答して貰いたいのですが……」
思い悩む公太を目にして、室井の目が若干細くなる。正直なもので申し訳ないと公太は頭を掻いて誤魔化す。
「まあ、花巻君のスケベはこの際目を瞑るとします。千尋様は自分が関わることで花巻君の幸せを遠ざけるのではないかと考えたんじゃないかと思います」
「ホントですか、アイツそんなこと考えてたんですか」
公太の目から見た千尋は破天荒で、夢見がちな19歳の少女。まさか、そんな千尋がそんな他人を慮るような思考回路を持ち合わせていたとは……!
かなり失礼な思考をする公太。室井も「千尋様はただのワガママではありませんよ」と些か敬意を感じられない発言。
「千尋様だって最初は昭仁様のご意向通りに生きていこうと頑張ってました。本来とても思いやりのあるお人なんです」
「……そうなんですね」
千尋の意外に繊細な部分は今明らかになった。そして、確かに乱暴なやり方であるものの思いやりのある人となりもよく分かった。
だが、千尋は大きなミスを犯したことは間違いない。
それは独りで問題を解決しようとしていることだ。それに、公太がそれを望んでいるのかを確認を取っていないことだ。そもそも根幹にある問題も結局は同じことが原因なのではないか。
「室井さん」
公太の中で自分がどのような行動を取るのか、考えはまとまった。
「何でしょうか?」
「今からもう一回千尋と話したいです。天月邸に一緒に行きましょう」
「よろしくお願いします」
室井は安心したように軽く微笑む。
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