3章―④ 青年、気まずい思いをする
通報を聞きつけた警察官達は中の様子を確認すると訝し気にしていたものの、すぐに突入。恐らく一戦交えるつもりだったところ、既に事が済んでいたことに違和感があったのだろう。
そんな中で公太にとって見知った顔がいた。向こうも気が付いたようだ。
寺田龍彦と森川莉菜の2人の刑事だ。2人はこちらに気が付くと、迷わずにつかつかと歩み寄り、手を差し伸べてきた。
どうやら銀行強盗撃退に大きく貢献した公太を労ってくれているようだ。初めて会った時は逮捕されそうになったりといざこざはあったが、昨日の敵は今日の友。公太はそれに応じて手を差し伸べる。
――がちゃり。
ん、がちゃり? 公太が疑問に思って見てみるとなんと公太の手首にしっかりと手錠が嵌められていたのだ。
「え、ちょっと!?」
「花巻公太、銀行強盗の容疑で逮捕する。署まで来てもらおうか」
「いや、俺やってませんって!」
まるで数日前のデジャブ。またも誤認逮捕されそうになっている。
「さっき入った通報では『男が数人入ってきて暴れている』とのことですが」
慌てふためく公太を見据えながら森川が怜悧な声で告げる。
どうやら数人という頭数に公太も含まれているようだ。通報したのは部長だった。公太はその姿を見つけて睨み付けると何をどう勘違いしたのか、彼はサムズアップ。
彼には自分につけられた手錠が見えていないのだろうか? あの親指を逆方向に曲げてやりたい。
その様子を見て慌てて駆け付けてきたのは新倉。
「あのすみません! その人は私達を助けてくれました!」
新倉は怖気つきながらも公太を庇う発言。だが、従来の疑り深さかただ単純に公太が気に入らないだけか、寺田は「え、本当に? この男に脅されているとかでなく?」と何度も確認している。
当然であるが、新倉はありのままの出来事を話してくれたことで寺田は舌打ちをしながらも手錠を外してくれた。
「ちぃッ、紛らわしいんだよ! このダボが」
自分達が早とちりして間違えたくせに何たる言い草。本当に警察官なのかと疑いたくなる発言だが、公太は解放感からか「いやー、すいませんね」とへらへらした態度。そのまま新倉に改めてお礼を伝えて、千尋と室井の元に戻る。
「おい」
その公太の背中に再度寺田から声を掛けられる。
「ん? 何ですか? ああ、大丈夫。寺田さん達が誤認逮捕しかけたことについてはSNS等で広めたりはしないのでご安心を」
「そうじゃない!」
「え、じゃあ広めちゃってもいいんですか?」
「……いや、それは止めてくれ」
「?」一体何のことかと言葉を待つ公太に寺田は適切な言葉を探そうと視線を宙に彷徨わせる。
「俺が言いたいのは別のことだ。そのなんだ、」
そこまで言うと寺田は表情を引き締める。森川も同様の表情をしている。
「今回強盗達を撃退したことについては感謝している。だが、無茶だけはするなよ。今回は運が良かったということが大きい」
寺田がそう言うと公太の傍らで聞いていた千尋がぴくりと反応した。公太はその様子に違和感を覚えた。公太が誤認逮捕されかけたことなんかは指を指して爆笑していそうなものだが。
「今回は結果的に行員と客を含めて被害はない。ロビー内が荒れただけだ。だが、一歩間違えればキミ達の誰かが命を落としていた可能性だって高かった。被害があってからでは遅いんだ。それだけは肝に銘じてくれ」
「……はい」
その真剣な様子から2人の刑事は本当に身を案じてくれていたことが分かる。
確かに今回は結果的に運が良かっただけだ。もしあのまま千尋が連れ去られても、危害を加えられなかった可能性だってある。千尋の行動、そしてそれに乗っかった公太は無茶をしたと糾弾されても無理はない。自分の行動の浅慮さを恥じる気持ち、そして寺田の温かい言葉に思わず胸が熱くなる。
「お前には生きてもらっていないと逮捕できないしな」
「……俺とりあえずまだ犯罪はしてないのですが」
まったく台無しである。だが、警察官として身を案じてくれたのはウソではないだろう。公太は簡単にだが頭を下げる。そして2人の刑事は公太達に背を向けて歩き出す。
「ふう、終わったなあ」
公太が肩を撫でおろす。そしてさっきからある違和感に触れてみることにした。
「おい千尋、どうしたんだ?」
そうさっきから千尋が大人しいのだ。いつも一番騒がしい人物が静かだと何とも調子が狂う。
「千尋様?」
室井も心配そうに声を掛ける。そして、ようやく気が付いたのかハッとした様子。
「……ん? どうした?」
「いや、何か元気なくね? もしかして寺田さんが言ってたこと気にしてんのか?」
すると千尋がビクリとする。
「……えと……そのごめんなさい……」
顔を俯かせてか細い消え入りそうな声でただそう告げる。
「まあ、俺達の行動は確かに全面的には褒められたことじゃないだろうが、お陰でこの銀行も、そしてロビーにいたお客さんも無事だったんだろ。反省すべきところはして、できたところを見ようぜ」
おお、我ながら良い言葉だと公太は悦に入る。それを聞いてか千尋は弱々しいものの笑みを浮かべる。
「……ありがとう。まさか公太に慰められるなんてね。室井もごめんね、私のために」
「そうだ! 室井さん、大丈夫ですか!? 足とか挫いてないですか? 肩貸しましょうか? それともおんぶ?」
「ご心配頂きありがとうございます。私も特に怪我はありません。……それと花巻君、その心配してくださる気持ちは嬉しいのですが、下心が見えて結構気持ち悪いです」
「うん……公太結構きもいよ」
2人の美女から蔑まれてしまった公太がしょげていると、
「花巻君」
声を掛けられる。その声の主は新倉だ。
「おお、新倉さん。改めてありがとうね。強盗からも警察からも助けられたよ」
「ううん、こっちが助けられたよ。お陰で怪我人も出なかったし、すぐに営業は再開できそうだよ」
そう言う新倉は優しく笑って、公太達を見る。
「その花巻君、無理だけはしないでね。前もそうやって私を助けてクビに……」
「や、それは気にしないでよ。警察からも結構怒られたし、気を付けるさ」
「ホントにだよ?」と公太に念を押すと、新倉は千尋と室井にも同じようにお礼を伝える。
室井は「いえ、こちらこそ」と言いながらも年齢が近い同性ということもあってか優しく微笑みかけている。しかし、千尋の表情はどこか強張ったままだ。まだ、さっきのことを気にしているのかもしれない。
一通り話し終えると、新倉は再度公太の方へと向く。そしてモジモジと恥ずかしそうに下を向いてから意を決して顔を上げる。その顔はほんのりと赤い。
「花巻君、本当にありがとうね。今回のことも含めて、お礼……させてね?」
「………………」
「花巻君?」心配そうに公太の顔を覗き込む新倉。い、いかん! 一瞬意識が飛んでたぜ!
「お、おうともよ!」
公太は動揺を誤魔化すようにドンと自身の胸を叩いてみせた。公太の動揺など知る由もなく新倉は「絶対だよ」と笑い掛ける。全く笑顔とは厄介である。その人の魅力を何倍にも引き上げるのだから。
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