3章―③ 青年、気まずい思いをする

 おかしい。千尋の社会復帰の為に職場見学をしていたというのに、何故か銀行強盗と遭遇してしまった。


 正直どうにかしたいところであるが、相手は3人いる上に凶器のナイフをそれぞれが所持している。拳銃などを隠し持っていれば、それこそ歯が立たない。ここは大人しく哀れな人質として時間が過ぎるのを待つしかないだろう。


 意外にも(失礼か?)このフクロウ銀行には大量のお金があるのか少し手間取っている。

 公太はチラリと同じ人質ゾーンに配置された哀れな客を見てみる。

 高齢者夫婦は顔を青くしながらも長年のパートナーを守ろうとお互いの手を取り合っている。

 お餅のような赤ん坊を連れた若いお母さんも怯えを隠せてはいないものの、赤ん坊が不安にならないように何か話し掛けている。赤ん坊は生まれつき肝が据わっているのか、先程の強盗集団の怒鳴り声に泣き出すこともなく、キョトンとした愛らしい表情を浮かべている。

 そして室井は、強盗に遭遇した瞬間は焦りを見せたものの、今はいつものポーカーフェイス。恐らく公太と同じ様に時間の経過に身を任せることにしたのだろう。


 「……」

 そして問題の千尋。足を引っ張るとすれば公太かこのお嬢様である。この状況においては赤ん坊の方が頼りになるくらいである。

 だが、千尋は珍しく神妙な表情。あまり公太が見ていたからか、千尋はその視線に気が付き、目がバッチリと合う。

 ――おい、どうした? トイレでも行きたいのか?

 アイコンタクトなのをいいことに、デリカシーの欠片もない質問を投げ掛ける公太に千尋は首を横に振る。公太はアイコンタクトが通じたことに密かな感動を覚えた。


 千尋は公太にそっと顔を寄せて、ヒソっと

 「ねえ、あの人達ずっとあの格好してきたのかな?」

 「は?」

 何故そんなことが気になるのか。公太のそんな胸中を察したのか千尋は自分の質問の意図を述べる。


 「だって見てみてよ。さっきの馬鹿――いや、舌を切ったあの人はサングラスにマスクだからまだしも私達を見張っているあの人はピエロの覆面、そしてボスみたいなあの人はプロレスラーが付けるようなマスクだよ? あんなのが街中歩いていたら怪しくない?」

 強盗達を侮辱するような発言がチラホラ出ているが、幸いにも千尋の声は強盗達には聞こえていないようだ。

 「そんなのここに入る前に着けたに決まってんだろ。あんな如何にも強盗しますって格好俺なら恥ずかしくてできないね。決行に移す前に警察呼ばれちゃうぜ?」

 つい先日おにぎりの化け物として間違われ警察に連行された男の発言には実感がこもっている。


 「でもさ、銀行って当然防犯カメラ付いているでしょ。それなのに入り口近くでマスク着けてたら意味なくない?」


 「うッ!」千尋の鋭い指摘に公太は思わず言葉を詰まらせる。「 ……そうだよな。せっかくあのダサい格好をしてまで素顔を隠しているのにそんなリスクは犯さないか……。ってことはつまり、奴らは自分達の拠点からあの恥ずかしい格好をしていたのか?」


 「おい、全部聞こえてんだよ! それと色々考察するのを止めろ! なんか恥ずかしいだろうが! 黙ってそこに座ってろ! ほら早く!」

 「あ、すんません」

 途中から興奮のあまり声が大きくなっていたようだ。公太は先生に怒られた出来の悪い生徒の様に頭を掻いて、ペコリと頭を下げる。


 「おい、怒られたじゃんか」

 公太は隣の千尋をジトっと見る。

 「いや、今のは公太の声が大きかったからでしょ」

 「お2人とも、落ち着いてください。色々とツッコミたい点があることは重々分かりますが、拳銃等を所持しているとなると流石にマズくなります」

 「すいません……」「はーい」室井に窘められて、緊張感の欠片もない2人は大人しくする体制に入った。


 室井の言うことは尤もだ。強盗達を刺激しないようにするのが最も優先しなければならないことだ。新倉や部長達には悪いが、少し耐えてもらおう。


 後で警察から色々と事情を聞かれることだろうから、せめて犯人達の特徴を正確に記憶するべく公太は彼らを観察することにする。

 しかし、残念ながら千尋とも話したように彼らは全身真っ黒の服で身を包んでいるし、サングラスやマスク、被り物で頭を覆い隠しているのでイマイチファッションセンスに欠けることぐらいしか掴めそうにない。


 「お、終わりました……」

 公太が早くも諦めかけていると新倉はお金を引き出す作業を終えてカウンターまで戻ってきた。

 子分はお札でパンパンに膨らんだ鞄を引ったくると、ボスと共に中身の確認作業へと移る。

 やがて中身の確認を終えると人質である公太達を見張っている中ボスに近づき、終わった旨を報告。するとボスが改めて誇示するようにナイフを取り出し、その刃先を公太達に向ける。

 「いいか。お前らも下手に騒ぐなよ」

 ギラついた目つきで一人ひとりを威嚇する。だが、その目がある一点で止まる。その一点とは、千尋である。

 直感的に嫌な予感がした。そして、そういう予感というものは得てしてよく当たるものである。


 「まさかコイツら……」

 ボスが顎に手をかざして呟きを漏らす。

 「何です? まさか、ご当地アイドルとか?」

 子分が期待を弾ませた声をあげる。しかし、公太の方を見ると、

 「いや、ないか……。この顔じゃな……」

 「…………」

 公太からすれば何だかとても失礼なことを言われたような気がしてならない。

 ボスは確信に満ちた声を出す。

 「いや、下手したらご当地アイドルなんかより当たりかもしれないぜ?」

 ボスは自身のスマホを2人の子分に見せつける。すると子分が不思議そうに首を傾げる。


 「ん? これはInstagram? あれ、ボスこんなアプリやる奴の神経がしれないとか前から言ってませんでしたっけ。しかもタイムライン女優やグラビアアイドルとかばかりじゃないすか」


 「話の腰を折るな! これはあくまで世相を知るための手段に過ぎない! それにこれを見ろ、コレを!」

 むっつりな本性を探り当てられたボスは羞恥によって肩を震わせる。

 「……なるほど、天月の関係者ってことか」

 中ボスのその声を聞いた途端、公太は自身の嫌な予感が当たってしまったことを確信した。

 「は? 天月? なんですかそれは?」

 「お前はもうちょっと勉強しておけよ」

 ボスは首を傾げる子分の不勉強を窘めながらも説明を続ける。

 「いいか、これはあるカフェのアカウントだ。これを見てみろ」

 「あれ、そこの小娘じゃないですか。それにあの美女も……」

 誰が小娘だいッという千尋の声は無視されて、強盗同士の会話は続く。

 「その通りだ。このカフェは販促活動にこの2人を使ったんだろうな。おまけに天月コーポレーションの名前も使っている。天月コーポレーションといえば、世界的な企業だし、この2人のルックスを生かせば宣伝効果としては高いと見込んだんだろう。今時人気なユーチューバーが紹介したお店は売り上げが伸びるらしいしな」

 「なるほど……。それにしても詳しいっすね。もしかしてユーチューバーもチャンネル登録している感じですか?」

 「今そんなことはどうでもいいッ」ピシャリと言い放つボス。


 「つまり、俺が言いたいのはこの目の前にいる女2人は天月コーポレーションの関係者であることだ。ここから先は言わなくても分かるよな……?」

 ボスのその台詞を聞いた公太は背筋がぞっとする。最悪のケースに陥りそうだ。

 「ん……? つまりどういうことです?」

 またまた首を傾げる子分にボスは一昔前のギャグマンガみたいにズッコケる。中ボスがため息をつきながら代わりに答える。

 「つまりだ。あの女2人を人質としてさらっちまえば、追加で身代金も請求できるってことだ」

 「あー、なーるほど!」

 中ボスの説明を聞いた子分はようやく理解したのか、ポンと手を打つ。そして、言うや否や早速2人に手を出そうとする。

 「ま、待て!」

 その声の主である公太に向けて視線が集まる。ボスがうっとうしそうに口を開く。

 「ん? 何だお前は」

 「俺も天月の関係者だ! この2人の代わりに俺をさらっても同じことじゃないのか?」

 立ち上がり、声を張り上げた公太に傍らにいる2人は心配そうな視線を向ける。

 「公太……」「花巻君……」

 人によっては反感を覚えるかもしれないが男の役割の1つに女性には優しくするというものがあると公太は考えている。公太は両親から「女の子には優しくしなさい」と教わり、その教えを守った結果、女の子を傷付けることはなくとも傷付けられまくる男が完成した。


 それに自分なら隙を見て、逃げ出すことだってできるかもしれないのだ。そういうことならば自分以上の適任はいないとも言える。

 堂々と立ち塞がる公太を値踏みするような視線を向ける強盗達。そして、

 「この貧乏くさそうな奴が天月の関係者……?」

 「品性の欠片もない顔してるぜ」

 「どうせコイツの妄想だろ、可哀そうにスーツまで着ちゃって……」

 自身を大企業の一員だと思い込んでいる異常者だという烙印を押された公太は千尋達を守るという本来の目的も忘れて屈辱と怒りに身を震わせて地団駄を踏む。

 「妄想じゃないやいッ! 俺は天月コーポレーションの社員なんだよおッ!……ぐすん」

 最後の方は涙声だった。図太く逞しいところもあるが、案外豆腐メンタルなのである。

 「ま、まあその何だ俺達も言い過ぎたよ」

 「悪かったな。兄ちゃん。よく見ると良いガタイしてんじゃねーか」

 「そのスーツも案外キマッてるよ」

 涙の訴えに流石に良心が痛んだのか強盗達も素直に謝罪。何ならハンカチも差し出してくれた。公太はその好意に甘えてチーンと鼻をかむ。ハンカチを差し出してくれた中ボスは一瞬嫌な顔をした後「ああ、それいらねーから。やるよ」と鼻水まみれのハンカチを手放した。


 「……ずびッ。ありがとうございます。それじゃあ、僕に免じて帰ってくれませんか。僕の名刺も差し上げますので」

 公太は貰ったばかりのハンカチを近くのゴミ箱に投げ込み、自分の名刺をボスに渡すと、頭を下げる。

 「ああ、分かったよ。……そうだよな、今時強盗なんて流行んねーよな。このお金も置いていって…………って馬鹿かあッ!」

 一瞬納得しかけたボスだったが、見事なノリツッコミを披露。そして悲しいことに公太の名刺はメンコの様に地面にペシっと叩きつけられた。

 「ちいッ! そう甘くはないか」

 「兄ちゃん、やるじゃねーか。まさかこの俺達をウソ泣きで出し抜こうとするなんてな」

 「ふッ、それほどでもありませんよ……ちなみにウソ泣きではない。マジ泣きだ」

 「……そうか、まあ元気出せ」

 何ともレベルの低いやり取りである。

 「何やってんのこの人達……」という千尋から漏れた呟きには先ほどまでの心配そうな感情は霧散している。

 しかし、ボスをはじめとする強盗達は構わず強キャラムーブを前面に押し出しながら続ける。


 「兄ちゃんが天月の人間であることは信じよう。だが、こんな俺ら的には兄ちゃんみたいな野郎より、そっちの姉ちゃん達の方が都合が良いんだ」

 「それは何でだ?」

 すると強盗達は何を馬鹿なと言わんばかりに肩を竦める。

 「いやだって人質に兄ちゃんみたいな野郎を攫うよりはこの姉ちゃん達みたいなのを攫った方が絵になるし、俺達のテンションも上がる」

 この強盗達は様式美といったものを気にするらしい。千尋や室井をはじめとするロビーにいる人間、カウンター奥にいる行員達は「知らねーよ!」という思いを抱えていたが、公太は一人納得したように頷く。

 「確かにどうせ傍にいるなら、野郎より異性の方がいいってことか。……何で俺の高校時代女子マネージャーいなかったんだろ……」

 今現在のこの状況と全く関係ない過去を憂いている公太に「知らねーよ!」という視線が向けられる。一体この時間は何なのか。何なら通報してもバレないくらいに隙はありそうである。しかし、ボスはようやく分かってもらえたとばかりに少し声の調子をを柔らかくする。


 「そういうわけだ。だからそこの姉ちゃん達に俺達の人質になってもらおう」

 「いや、でも――」

 「ええ、分かりました」

 千尋と室井を守るべく阻止しようとした公太の声を遮ったのは立ち上がった千尋の声。

 「ただし、人質は私1人。私は天月コーポレーションの総帥の1人娘なんだ。私1人でも十分すぎるほどに身代金を請求するのに効果は出ると思わない?」

 にっこりと微笑む千尋。その表情に恐怖の色はうかがえない。


 だが、ボスでも中ボスでもなく子分が渋い表情を浮かべる。

 「しかしなあ……俺的にはこの子よりそっちのスタイルの良い姉ちゃんの方がテンション上がるんだけどなあ」

 そのセクハラ発言を受けて一瞬千尋のこめかみに青筋が浮き上がったが、すぐに表情を取り繕う。

 「人質は多いと大変だと思うけど。それとも私じゃ、ご不満……?」

 そう言う千尋の表情はどこか蠱惑的。上目遣いでその瞳はウルウルと揺れている。自分を魅力的に見せるのが相変わらず上手い。

 案の定、子分はごくりと喉を鳴らすと「い、いや確かにそうだな……」とある意味では男らしい掌返し。


 だが、公太としては彼女を危険な目に遭わせるわけにはいかない。何とか呼び止めようとするが、それより前に公太以上に千尋を心配する室井が「千尋様!」と呼び掛ける。

 千尋はその呼び掛けに応じて振り返り、心配しないでと笑いかける。

 「人質ってことは殺される心配はないし、少しの間離れ離れになるだけだよ。私が行かないと他の誰かが行かなきゃいけなくなる。この銀行の人や他の人に危険な目に遭わせたくない」

 「それなら私が……――」

 「いや、室井は残って。室井が残った方が色々スムーズにいくし、この銀行の人達のケアも上手くできるでしょ」

 千尋はにっこりと笑ってみせる。元々家に縛られたくなくて幼い頃から大暴れしてきたにしても逞しいその姿勢に公太は言葉を挟むことが出来ない。

 すると千尋は公太に顔を向けるとそっと公太に顔を寄せる。改めて見ると大変可愛らしい容姿をしている。そしてそのまま公太の顔に迫ってくると香水なのか、甘い香りが公太の鼻孔をくすぐり、そのままその桜色の唇は公太の耳元で言葉をささやいた。


 「――――――」

 「えッ」

 耳に入ってきた言葉に思わず声を上げると、千尋はウインクをする。


 「お別れは済んだか」

 冷静さを取り戻したボスがそう言うと千尋は頷いて返す。その返答に満足がいったのかボスはロビーとカウンター奥全体を見回しながら声をあげる。

 「いいな、くれぐれも警察に通報などするなよ。通報などしたらこの娘の命はない」

 ボスがそう言うと中ボスと子分も力を誇示するかのようにナイフの刃を見せつける。


 そして、千尋を子分に、現金の入ったカバンを中ボスに任せて、ボスは悠然と引き上げていく。肩に手を回されている千尋は危機に瀕しているのにも関わらず、その表情に色はない。

 そして、出口となる自動扉に差し掛かり、建物内の空気が弛緩しかけたその瞬間、


 「あふんッ!」

 とやや気持ち悪い男の声。


 その声の主は他でもない子分。子分は自分の股間を抑えてうずくまる。その理由は明らかだ。千尋が公太に宣言した通り強烈な金的を食らわせたのだろう。


 それを確認した時にはもう公太は駆け出していた。前を歩いていたボスと中ボスが振り返った時にはもう遅い。うずくまった子分の頬に掌底を叩きつける。子分は今度は「ぐえッ」と蛙のような声をあげると倒れてそのまま動かなくなる。そして千尋はそのまま解放され、ロビー内へと戻る。


 「室井さん!」

 公太は大声で室井に呼び掛けると彼女はすぐに察知し、ロビーに「通報を!」と呼び掛ける。ここまでの流れは千尋に耳打ちされた通りの内容だった。そう言われるや否や部長がすぐに110番通報をする。

 「畜生、ずらかるぞ!」


 それを見たボスは子分引きずりながら、撤退を決意するが、

 「あれれ~? いいのかな~?」

 そう強盗達より邪悪な笑みを浮かべた千尋が口出しをする。

 「これなーんだ?」

 そう言った彼女が右手に握っているのはスマートフォン。それを見た瞬間、比較的冷静であった中ボスが明らかに狼狽して、気を失っている子分の方へ目をやりながら、

 「あ、あれはコイツの! ――っ!?」

 足を止めた強盗を確認するより前に迫り来ていた公太に気が付いた時にはもう懐まで入り込んでいた。

 「こ、この!」

 ナイフを振るったものの、闇雲に振ったそれを公太はひらりとかわし、その勢いのまま回し蹴り。中ボスはそれをまともに喰らい、壁に身体を叩きつけられ、そのまま気を失う。

 そう、千尋は連れ去られる際に躊躇なく股間に蹴りを入れ、子分のポケットからスマホをくすねていたのだ。――千尋、恐ろしい子! 公太は思わず白目になりかけたが、まだことは片付いていない。ボスの方へと鋭く視線を向ける。


 「さて、どうします? このスマホがある以上はアンタらのことはいずれ丸裸になるだろう。それにそこでのびている2人をアンタ1人で抱えて逃げるのも難しい」

 素直に投降することを勧めた公太の言葉にボスは苛立たし気に息を吐く。そしてもう抵抗は無意味と悟ったのか、ナイフを床に放り投げる。


 「わかった。もうここまでされては俺達に打てる手はねえ」

 そう言ってボスは両手を挙げた降参のポーズ。

 それなら警察が来るまでの間に全員から武器を取り上げて、ひとまとめにして誰かが見ておいた方がいいだろうと判断し、ロビーへと誘導。


 そして公太は、中ボスが持っていて公太に相対すべく放り投げられた現金が大量に入ったカバンを拾いに行った時、パァンという轟音が鳴り響いた。

 そして悲鳴が鳴り響いた。

 「騒ぐんじゃねえ!」

 ボスはその右手に拳銃を握っていた。その銃口は天井に向けられている。ロビーの様子から見ると今の音は天井に向けられた威嚇発砲のもののようだ。


 公太は思わず歯噛みする。こういった状況下で最も恐れていた武器であるが、いつまでもそれを出さないから所持していないという判断をしたうえで千尋の策に乗っかったが、隠し持っていたとは。千尋も流石に焦りの表情を浮かべている。


 「俺達は今から逃走する。いいな、今度こそ邪魔すんじゃねえぞ」

 そう言ってボスは引き金に指を当てながら銃口をロビーにいる全員へと向け、恐怖を煽る。その目論見通り皆が一様に顔を青くしていた。

 「脅しじゃねえぞ。その証拠に俺達の邪魔をしやがったこの2人をこの場で今から殺す」

 ボスはギラリと光る銃口を公太と千尋へと向ける。

 公太と千尋の顔は恐怖に染まる。


 「待ってください!」

 そう言って飛び出してきた室井をボスは突き飛ばす。

 「室井!」

 千尋は倒された室井を起こしに行こうとするが、「動くんじゃねえ!」とボスに威嚇されビクッとと動きを止める。


 公太はボスの身のこなしを見て中ボスやザコの様に簡単に制圧することができないだろうという判断を下した。仮に公太が先に撃たれている隙に千尋が取り押さえようとしても難しいし、その反対も上手くいくとは思えない。公太は1つ判断を下した。


 「わかりました。だが、1つ頼みがあります。撃つのは俺だけにしてほしい。千尋をそそのかしたのは俺です。それに彼女を殺せば、天月コーポレーションが黙っちゃいない。彼らは恐らくあらゆる投資をしてアンタらに復讐をするでしょう」


 ウソとはったりを交えて、公太は交渉へと移る。

 「ちょっと公太――」

 聞いていた千尋が声をあげるが、それを無視して公太は構わず続ける。

 「アンタらの言っていた通り俺は天月コーポレーションの末端。殺されたところで恐らくそんな大々的に動くことはないでしょう。周りに力を誇示することもできるし、アンタらの気が少しでも紛れるなら悪くない交渉だと思いませんか?」


 公太がそう言うとボスは一瞬何かを考えるような仕草をするが、

 「また何か考えているんじゃないだろうな?」

 「いや、何も。だったら証明しましょうか」

 公太はそう言うと武器を何も隠し持っていないということをアピールすべく、上着を脱ぎ、ネクタイを外し、そしてスラックスに手を掛けようとしたところで、

 「……いや、分かった。もういい。というかこんな公衆の面前で脱ぐな。野郎の裸など見たくもない。常識を考えろ」

 何と強盗に倫理を諭されてしまった。

 「これで分かってもらえましたか?」

 「ああ、わかった。見せしめはお前1人で十分だ」

 「ちょっと公太いい加減にして! 私が――」

 千尋が今までで一番大きく感情を込めて声をあげた。公太は千尋の方へと目を向けるとさっき千尋がやったように片目を瞑ってウインク――はできず、両目をバチコンと動かした。とりあえずこれで彼女には何かしら策があると思わせることができたと思いたい。


 「花巻君……」

 ふと新倉と目が合う。彼女は心配そうに公太を見つめている。公太は簡単に頷き返す。口元に笑みを浮かべて。

 「じゃあ、こっちでやりましょう。万が一外れた時に他の人や物にあたってもなんですし、飛び散った血痕も掃除しやすい方がいいでしょう」

 公太はボスを誘導すべく、ロビーの誰もいないスペースへと歩みを進める。千尋や新倉からはもうその顔は見えない。



 ――どどどどど、どうしようううう!? なに俺格好つけてんの!? 馬鹿なの? 死ぬの?


 その心の叫びと共鳴するように身体からはとめどなく汗がダラダラと流れていた。言葉とは裏腹に内心テンパりまくりだった。まさしくデッドオアアライブを彷徨っているのだから当然の反応である。荒事には割と慣れていたが、ここまでのピンチの経験はない。


 彼女らには何か策があるような顔をしてみせたが実際のところは策と呼べない考えがあるだけ。

 そう、それは発砲された弾丸を躱し、その隙にボスを制圧するという脳筋極まったもの。


 いつだかある高校生探偵は言っていた。拳銃の弾丸の速度は秒速350mほどで秒速1000mほどのライフルのそれの約3分の1程度の速度でしかいないと。そしてそれを聞いた幼馴染の空手少女は考えた。銃口の向きと引き金に掛けられた指の動きに注意していれば、避けられないことはないと。

 公太は自分とボスの距離を目で測る。3mも離れていない。

 ――えーと、つまり、奴が発砲してからその弾丸が俺まで到達するのに………………………………よくわかんないけど、どう考えても無理じゃね? 避けられなくね? あばばばばばばばばば!


 具体的な計算は全くできないが、その自分の目論見の甘さは何となく分かった。こうなれば方針変更。

 それは奴が撃つ前に先に動いて制圧しようという作戦。こっちが動き回れば、ボスも照準を定め直さなければならない。仮に闇雲に発砲しても急所を避けられる可能性はあるし、周りへの被害の可能性も低い。

 後に思いついた策の方が現実的な気がする。公太はこの方針に決定。というか、もう考える時間がない。


 「覚悟は決まったか?」

 あわよくばこの間に警察が来ることを祈ったが、まだらしい。ボスは銃口を公太の脳天に向け、引き金に指を掛ける。その指に力が加えられそうな時、


 ――パシャン!

 ボスのマスクに包まれた頭がオレンジ色に染まった。


 「ぐえッ! 何だこれクセえ!」

 どこから飛んできたのかは分からないが、この好機を逃す手はない。公太はボスに近づき、銃を持っていた拳銃をひったくり、そのままボスの腹部に一発入れ、下がってきた顔面に蹴りを叩き込む。

 ボスはそのままたたらを踏むと崩れ落ちた。崩れ落ちたボスの懐を探り、今度こそ隠し持っていた武器がないことを確認すると公太は謎の物体が飛んできた場所を確認する。


 「よかった……」

 その安堵の声をあげたのは新倉。彼女が例の物体を投げつけたようだ。その例の物体とは対強盗用に銀行やコンビニなどに備え付けられている発光するうえに臭いも強い塗料の入っている強力な武器だ。


 「カラーボールか……。新倉さんありがとう。マジ助かった……」

 そう、公太が言うと同時に警察官が駆け込んできた。

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