3章―② 青年、気まずい思いをする

 同期の小動物系女子と連絡先を交換した上に、〈お礼〉をされる約束をした公太はそのまましばらくフクロウ銀行に滞在を続けた。


 公太達の滞在に店長、部長両名は難色を示したが、書類検査をした際に天月家の関係者であることが効力を発揮して無事許可が降りた。天月の名は水戸黄門で言うところの印籠の様な力を持つらしい。

 

 それに朝の10時台というこの時間帯は比較的空いているようで、別に長時間居座っていようが特に不便は生じないだろうという判断がなされた。

 だが空いているお陰で見学するゆとりがあっても、そのせいでその仕事っぷりは見れない。


 「公太、銀行の仕事ってこんな地味なの……?」

 早くも飽きてきてしまった様子の千尋が不満を漏らす。

 「こらこら、地味とか言うな。こうやってお客さんが来ない時は書類検査したりして時間稼ぎ――いや、忙しい時にゆとりができるようにしてるんだよ」

 公太は千尋以上に失礼千万な暴言を吐く。

 「さっき言ってた外回りの人はいないの?」

 「そういった人達は、別部屋でアポイント取るための電話したり、アポが入ってる人達は外出してるな」

 まあ俺は経験してないから推測だけど、と公太は付け加える。それに対して室井が別の質問をぶつけてくる。

 「でもそういった人達もキャッシュレスやインターネットの取引が進んだ今はなかなか難しいのでは? 天月では人件費削減の為に窓口の人数を減らしていますが」

 「あー、そういえばそんなこと朝礼だか夕礼だかで言ってた気がしますね……。……あれ? 言ってたっけ?」

 花巻公太、悲しいくらいに記憶力が悪い。


 「おいおい花巻。お前それくらい覚えておけよな」

 そう言って公太の残念な記憶力をたしなめてきたのは部長である。

 「やあ、これは部長。どうしたんですか? もしかして部長自らが営業活動ですか? 言っておくけどクレカもローンもやりませんよ! クレカはここクビになった瞬間やめましたからね!」

 「そんなんじゃない。……というか、お前クレカ辞めたんだね……」


 部長は明らかに落ち込みを見せている。どうやら窓口の営業成績はあまり振るっていない様だ。


 「あまりに暇――いや、時間があるのでな、こんな綺麗な方々をただお待たせするのもフク銀の名折れ。折角だから案内しようと思ってな」

 要はナンパしにきたってことですね、という言葉を公太はすんでで飲み込む。そして、この窓口の営業成績が振るわないのはこの部長に原因の一端があるのではないだろうか。


 「いや、別に良いですよ。むしろこんな所で油売ってたら店長にしばかれますよ?」

 「問題ない。店長もいずれここに来られる予定だ」

 訂正。窓口の営業成績が振るわないのは店長と部長両名に責任があるようだ。窓口縮小の波の中で真っ先にいなくなる人員はこの2人で間違いがない。


 「そうだな、何か聞きたいことあるか? あ、いらっしゃいませー」

 高齢者夫婦が来店。それにしてもそんなついでみたいにお客様を出迎えても大丈夫なものなのか。あくまでここに居座るつもりらしい。

 公太としては割と最悪な別れ方をした元上司と接していることにどうしようもない気まずさを感じているが、千尋にとっては好都合な状況なのかもしれない。現に彼女はいつの間にやら用意したのかメモ帳を取り出した。


 「それじゃお言葉に甘えて。……この仕事のやりがいはなんですか?」

 何だか採用面接のような質問である。

 「えッ! や、やりがい!? うーんとえーと……」

 割とベタな質問なのにも関わらず、痛いところを突かれたのを隠せない部長。フクロウ銀行は本当に大丈夫なのだろうか。

 部長が冷や汗を流していると、ウィーンと自動扉が開く。部長は助かったといわんばかりに「いらっしゃいませー……ッ!?」。

 来店したのはベビーカーにお餅のようにまん丸な赤ん坊を乗せた若く美人な母親らしき女性。それを見るや否や部長はキメ顔を作る。

 「やりがいはね、ちゃんとあるよ。色々なお客様とお話できるってことかな」

 「……そうですか」

 部長の言葉は〈美人とお話しできるから〉という風に変換可能であるのは異論の余地はないだろう。


 「部長、流石に人様の奥さんには手出しちゃダメですよ?」

 「ば、ばっか! 今更もうそんなことしねーよ!」

 つまり、前科はあるということか。公太はこの元上司に気を遣うのがバカらしくなってきた。

 そんなやり取りを他所に千尋は律儀にも部長が言っていたやりがい(笑)をメモに書き記す。


 「じゃあ、志望動機は何ですか?」

 「おい千尋。さっきから何だって面接官みたいなんだよ」

 しかもまたもや部長はそんなこと初めて聞かれたとばかりに目をしばたたかせる。すると観念したのか、部長は顔を寄せて声を潜める。

 「ここだけの話、俺そこまでこの銀行志望してなかったのよ。金持ち美人に養われて楽して暮らしたいってずっと就活してなかったら、親にしばき倒されて嫌々受けて受かったのがここだった」

 「本当にここでしか話せない話ですね」

 もうこの部長に遠慮はいらないと判断した公太の言葉に部長は特段気を悪くした様子は見せない。

 「まあ、これ忘年会の酔った勢いで話しちゃってるから割と誰でも知ってることなんだけどな。嫌々始めたことではあるけど、何だかんだ続いているし、辞めたくなることもあるけど長い目で見ればやって良かったなとは思ってるよ」

 何か良いこと言ってるような空気を出しているが、実態はお酒の席での失敗であることを見逃してはならない。

 「何でそう思うんですか?」

 これを聞いたのは千尋。何やかんや純粋な彼女は部長が良いことを言っていると感じたのかもしれない。

 「……うーん、それはね、色々な奴に出会えたからだよ」

 千尋の目から真剣さを感じ取ったのか部長の目も真剣になり、トーンも変わる。

 「俺は学生の頃からこんな感じでね、さっきみたいに金持ちに養われて働きたくないでござるとかずっと言ってた。そして、今も出来れば働かずに稼ぎたいと思っているし、宝クジは毎回買っている。だけどね、自分の殻に閉じこもってばかりいたらそれこそ自分の世界の中だけで生きるってことだろ? それって何かすごくもったいなく感じたんだよ」


 ……アレ? 部長マジで良い話してる? まさしく誰かに作られた枠組みから飛び出すべく抗っている千尋も他人事じゃないと感じたのか先程より真剣な表情を浮かべている。


 「しかも、今年入ってくる新入社員の1人が俺と同じ様に特にやる気もないのに入ってくるときた。50カ国にボランティアに行ったって大ホラ吹いたヤツ」

 そう言う部長はニヤリと口角を上げて、千尋でなく公太を見る。――え、それ知ってたの?


 「まあ、そいつは俺が思っていた以上にぶっ飛んでたこともあってもう辞めちまったのは残念だけどな……」

 そこまで話すと千尋も室井も部長が話している人物が公太のことを指していること気付き、公太へと視線を向ける。

 公太もまさかあの女好きでイマイチやる気のない部長がこんなに自分を気に掛けてくれていたのかと思わず目頭が熱くなってきた。

 「部長……」

 公太の感動が伝わったのか、部長はふっと微笑む。

 「花巻……」

 そして、スッと右手を差し出してきた。部長も公太をクビにしたくてしたわけでないのかもしれない。権力の前では情だけでどうしようもないことだってある。


 「部長」

 それに応えて公太も右手を差し出して、仲直りの握手を―しなかった。部長は公太の手首を掴むとそのまま捻りあげる。


 「いてててッ! 何すんすか!? 俺今は客ですからね!」

 公太が涙目になりながら抗議すると、部長はカカカっと笑った。

 「お前が起こしたあの暴力沙汰で俺と店長は3日はそれで他のこと手付かずだったんだからな、これくらいはする権利はあるだろう」

 「うっ」

 それを言われると弱い。

 「まあ、ぶっちゃけると俺も少し胸はスッとしたけどな。これ内緒な。だが、まああんまり賢い手段でもなかったことは確かだ。無茶すんなよ」

 そう言い残すと、部長は立ち去って行った。

 それとほぼ同時に自動扉が開き、今度は若い男が来店してきた。

 迷惑を掛けて辞めた以上は恨まれてても仕方ないと思っていたし、公太も未練はなかったが、まさか部長があんな思いを抱えていたとは思わなかった。


 「……公太、辞めたこと後悔してない?」

 公太が逡巡していると千尋が問い掛けてくる。その表情は普段の能天気な様子はなく、公太にとっては見慣れない表情だった。恐らく茶化してるとかではなく、本当に気になっているのだろう。少し考えてからその問い掛けに答えようとする。

 「……そうだな――」

 「きゃああッ!」

 「!?」

 何かを言い掛けた公太を遮ったのは、可愛らしい悲鳴。その声の主は新倉――ではなく、まさかの部長! 部長があんな可愛らしい悲鳴を出すことには驚きだが、それ以上に驚きなのが目の前の光景。


 その部長に相対している先程来店してきた若い男は鋭利なナイフを突き付けている。

 「この銀行にある有りったけの金を出せッ!」

 間違いなく銀行強盗である。

 「千尋様」

 室井も状況を把握するや否や、すぐに小声で千尋に声を掛けてこの場から彼女を逃がそうとする。しかし、

 「おっと、逃さねえぜ、お嬢ちゃん」

 「っ!?」

 自動扉から更に2人の男が入って来る。ナイフを突き付けている男と同様に上下真っ黒の服に黒いキャップにマスクという出立ち。怪しさ満点である。

 その2人のうち1人は自動扉の前に立ち塞がる。ロビーから客が逃げ出さない様にするための見張りの役割だろう。  

 そしてもう1人が恐らくこの3人組のボスだろう。良い体格を誇っており、ズンズンと自身の仲間に歩み寄って来る。

 「とりあえず、外から見えない様にカーテンを閉めろ」

 「きゃあああッ!」

 「そして!他に客が入って来れないようにするんだな」

 「きゃあああああッ!」

 「…………」

 「きゃああああああああッ!」

 「うるっせーよッ! ちょっと落ち着け! アンタの悲鳴可愛くねーんだよ! 寧ろちょっとイラッとするんだよ!」

 「あ、ハイ」


 強盗に一喝されて、部長は正気に戻った。それを見て、ボスはふぅと軽く息を吐くと話を続ける。

 「おっと、行員共。アンタらは席を立って両手を挙げてろ。くれぐれも妙な動きを見せるな。アンタらが妙な動きを見せたらここに居合わせた不運な客共の命はないぜ」

 ボスのその言葉に、ロビーに居合わせた老夫婦と赤ちゃん連れのお母さんの顔色は恐怖に染まる。

 そして、窓口や後方にいる行員達は止むを得ず立ち上がり、両手を挙げる。その時、新倉と目が合った。

 彼女の目も恐怖に染まっている。無理もない。

 自分達がこの空間を支配していることに快感を覚えたのか、最初にナイフを突き付けた男は調子づく。

 「そうさ大人しくしてれば良いんだよ」

 そう言うとその男――ややこしいので子分としよう――は自分達の有利な立場を誇示する為か、口元のマスクを取り外し、手に取っていたナイフの刃を舌で舐め、

 「いてぇッ!」

 そのまま切ってしまった。

 「馬鹿野郎! 何やってやがる!」

 当然だがボスがアホな子分を怒鳴り付ける。


 「……」こいつら、もしかして馬鹿?

 この空間にいる強盗集団以外の全員が同じ気持ちだったに違いない。周りからの格下を見るかの様な視線を鋭敏に感じ取ったのか、子分は舌だけでなく首まで赤くしながら怒鳴り付ける。

 「見せもんじゃねーぞ、こらあッ! 良いからこの鞄に有りったけの金を詰め込んでこい! おらお前だ!」

 「わッ」

 ザコは新倉に鞄を思い切り投げつけた。

 「出納機の金だけじゃなくて、金庫のも持って来いよ」

 子分の失態によって、調子を乱していたボスだったが、復調したようだ。

 新倉は顔を青くしながらもなんとか動き始めた。

 そして自動扉付近に立っていた男――例の如く呼び分ける為に中ボスとする――が公太達の方に近づいて来る。そして、

 「おい、貴様らはここに集まれ。いいな? くれぐれも変な動き見せるなよ」

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