3章―① 青年、気まずい思いをする

 千尋が約1週間の社会人経験を経て、やる気が出てきたのは結構なことである。それにあたって、別の職場も見学したいと言い出したことも選択的無職などというふざけた言葉を使っていたとは思えない進歩ぶりだ。


 だが、それらを踏まえても公太は千尋の発言を見過ごすことができなかった。公太は無邪気に言い放った千尋の肩にポンと手を置く。

 「千尋、悪いことは言わない。フクロウ銀行だけは辞めておけ」

 「え、でもクビになったとはいえ公太の元職場でしょ? だからこそ私に色々伝えることができるじゃない」

 「いやいやいや、普通に気まずいんだよッ! クビになったばかりだぞ! しかも暴力沙汰!」

 クビになり、立ち去る際に向けてきた珍獣を見るかのような同僚達の目が頭によぎる。同期の新倉瑞稀のそれからは気掛かりであるが、可愛がられていた彼女ならきっと上手くやっているに違いない。きっとそうだ。


 「しかも、俺が行くって言っても絶対断られると思うぜ? 向こうからしたらお得意様である上客に蹴り入れた疫病神みたいなもんだしな」


 何とか千尋に諦めてもらうために必死に自分を落とす発言をするが、段々と悲しくなってきた公太なのであった。

 しかし、それは一定の効果があったのか千尋は一瞬考え込んだがすぐに何かを思い付き、顔をバッと上げる。

 「それじゃ、室井! 室井がアポ入れてよ! 普通に口座作りたいとか言えば、門前払いってことはあり得ないでしょ」

 「かしこまりました」

 「ちぃッ! 小賢しい手を!」

 仮にも雇われている身であるにも関わらず舌打ちをする公太に対して千尋は勝ち誇った表情を浮かべる。



 フクロウ銀行。略してフク銀。

 梟市の地方銀行で、企業理念は「お客様に不苦労な資産形成を」という微妙に胡散臭いと専らネタにされている。


 公太は、就活の際に2万円という大金と引き換えに悪友から提供された「50ヵ国にボランティアに行った」という大胆過ぎる自己アピールの威力を試すべく特別そこまで志望していなかったこのフク銀を受けることにした。


 公太の演技力によるものか、それとも面接官の目が節穴だったのかは不明であるが、結果は内定。

 無論、この大胆なアイディアは他の企業では通用するはずがなく、公太は社会愛に満ちた人物と評価されて今年の4月にこのフク銀に受け入れられた。今頃あの面接官は左遷されているかもしれない。

 室井が千尋の口座開設のアポを翌日に入れたので、公太はそんなあらゆる意味で気まずい元職場に行くことになった。


 そんな道中公太の足取りは当然重い。

 「公太、もういい加減覚悟決めなって」

 今回の目的地であるフク銀と天月邸は徒歩10分圏内の為、公太、千尋、室井の3人は車を使用せず徒歩。

 「なあ、本当に俺必要か? とりあえず千尋がその場の空気を味わえればいいんだよな? そうなると俺要らないよな? ……そうだ、俺はどうせ要らない子だ……」

 「何で自分の言葉に勝手に打ちのめされてるのさ……」

 「花巻君、それならばいっそ変装すればいいのでは?」

 勝手に凹む公太に室井が助け船を出してくれる。


 「そ、それだ! 要は向こうが俺だって気づかなければいいんだ!」

 「それならば、私が普段持ち歩いている変装グッズがあります。どうぞ、お使いになってください」

 「ありがとうございます」

 そんなものを何故普段から持ち歩いているのかと聞きたいところであったが、とりあえずは室井の厚意に甘えることにした。



 数分後。一同はフク銀に到着。

 ウィーン、と開く自動扉を通過すると公太も知っているコンシェルジュの女性行員が営業スマイルを浮かべ、

 「いらっしゃいま……せ?」

 その顔はたちまち強張る。そして、まるで身を守るかのように腕を前で構えて、装着していたインカムに何事かを呟く。

 「?」

 千尋はいつも通りのブラウスと膝丈のスカートのコーデ。室井は天月コーポレーションの制服である細身の黒いパンツスーツ。公太も天月コーポレーションの黒い制服に変装のためのサングラスとマスクを身につけているだけなのだが、何か不備でもあっただろうか?


 程なくして、事務室から中年の男2人組が現れる。部長と店長だ。彼らはまるで犯罪者や指名手配犯に相対するかのように警戒感を露わにしている。右手に隠すように持っているのはひょっとしてカラーボールだろうか?


 「お客様、本日はどういったご用件でしょうか?」

 変装の効果が出ているようだ。幸いにも2人が公太に気が付いた様子はない。その分あらぬ疑いを掛けられている気がするが仕方あるまい。


 「今日口座を作りにきたんだけど……」

 千尋がそう言うと、急に2人は表情を緩める。外行きの千尋はおっさんウケが良いのはCafe Off Sideの経験にて実証済みである。


 「そうでしたか。これは失礼致しました。――やや、そちらの女性が一緒に来た方ですね。それでしたら、こちらのローカウンターでご案内致します」

 そう言って、店長は千尋と室井をローカウンターへご案内。

 「ちょ、ちょっと! 僕もこの2人と一緒に来たんですけど!」

 完全にシカトされた形の公太は思わず声を上げる。

 すると、今度は部長が明らかに訝し気にしながらも反論。

 「ええ……、貴方みたいなチンピラもどきがこんな美しい方々とご一緒なわけないでしょう」

 ――おい、部長! アンタそれ接客マニュアル的には最低だからな!

 しかもこの男、短い期間だったとはいえ完全に部下の声を忘れている。頭でも打ったのだろうか?


 千尋が「や、実はあの男も――」と言いかけたところで、

 「花巻君?」

 不安と期待が入り混じったかの様な声を上げたのは、ハイカウンターからこちらを見つめている若い女。公太の同期である新倉瑞稀にいくらみずきである。

 「花巻君だよね?」

 別に聞こえなかったわけではない。目と耳だけは昔から獣並みと言われているのだ。だが、ここで安易にそうだよ、と言ったら叩き出されないか不安で軽率なことはできない。

 すると焦れたのか新倉は、ロビーまで出てきて、公太が身に付けているサングラスとマスクを剥ぎ取る。

 「わ、ちょ……!」

 「やっぱり花巻君だ」

 あまりの思い切りの良さに抵抗する間もなく、公太は素顔を晒すハメに。

 新倉は公太の顔を確認すると安心した様な、そしてどこか申し訳なさそうな顔をしていた。



 あわや店舗から叩き出されるところだったが、新倉の助け船と、千尋が弁解したことで無事入店を果たせた。

 今日は空いているみたいなので応接室へと案内され、千尋の口座開設は新倉が担当することとなった。

 千尋の書いた氏名欄を見て、新倉は目を見開いた。

 「天月って、まさか天月コーポレーションの?」

 新倉の問い掛けに千尋はちょっぴり複雑そうな表情でコクリと頷く。その表情を見て、新倉はしまったという顔。

 「あ、すみません。私昔から思ったことすぐ口に出しちゃうんです。……そのせいで怒られることもあったんです」

 最後の一言は公太に視線を這わせながら、申し訳なさそうに言った。もしかしたら公太がクビになったあの件のことについて触れているのかもしれない。


 「というか、花巻君は何でこんなところに?」

 自分の職場をこんなところと言うのは若干問題アリな気もするが、新倉の疑問は尤もである。

 「一言で言うなら成り行きだな」

 「成り行きですね」

 「成り行きだね」

 まさか、千尋をホテルに誘っている(風に見える)ところを写真に撮られてそれをネタに脅迫されたとは口が裂けても言えない。


 「俺は何やかんやで、すぐに天月コーポレーションに入社することになったんだ。そこで天月コーポレーション総帥の娘の千尋の世話係を頼まれている」

 その何やかんやが肝心なところだが決してウソは言っていない。そのことを丸々と信じたかどうかはわからないが、新倉は少し安心した様な表情を浮かべる。

 「よかった。私のせいで花巻君大変なことになったと思っていたんだ……」

 新倉は小動物のようにクリッとした目を公太に注ぐ。その目を見ると公太はいつの日か夢に見た新倉のことを思い出してしまい、内心はドキドキ。クビになるより前は事務的な会話しかしてこなかったのでこうも長く会話をしたのは初めてだ。


 公太のドキドキを察したのかどうかは不明だが、新倉の表情が熱を帯びているように感じる。

 「こんな感じで大丈夫かな」

 千尋が何とか慣れない用紙を記入し終えると、微妙に気まずそうに話に割り込んでくる。

 「あ、ああ! だ、大丈夫ですよ!……それじゃあ端末で手続きしてくるので、ちょっとお待ち下さいね!」

 新倉は我に帰ると記入した口座開設の用紙と千尋のマイナンバーカードを預かると応接室を出て行く。出て行く際にドアに躓いて転びそうになっていた。


 「……新倉さん、可愛いね。公太もスミに置けませんな」

 新倉が出て行って、足音が遠ざかると千尋は不意にそう呟く。

 「待て、お前が何をどう勘違いしているか知らんが、俺と新倉さんは元同期なだけで特にそういうアレはないぞ」


 公太の反論を聞くと室井は意外そうに目を見開く。

 「そうなんですか? とてもそうは見えませんでしたが」

 「室井さんまで……。何なら彼女とあんなに長く話したのも初めてですよ」

 悲しいことに新倉とのやり取りは「おはよう」、「これお願いします」、「ありがとう」、「お疲れ様でした」ぐらいしか記憶にない。これはズボラな公太と真面目な新倉と正反対だったから、お互いに苦手意識を持っていたからだと考えているし、その考えに間違いはない筈。

 公太のクビの事情を知っている千尋と室井は何かを察した様子で頷き合う。

 「公太が庇った同僚ってあの新倉さんでしょ? 庇ってくれたことで公太のこと好きになったんじゃないの?」

 「……そんなベタなことあるか?」


 恋愛弱者である公太はすっかり疑り深くなっている。新倉のあの態度は、真面目な彼女のことだから自分を庇ったことでクビになった公太に対して申し訳なく思っていると言われた方がしっくりくる。そういう風に言われると思い上がりの激しい年頃の男的には勘違いに突っ走るから止めて欲しい。

 「ベタってそういうパターンがいっぱいあるからベタって言うんでしょう? あるって! いいじゃん新倉さん!可愛くない?」

 確かに可愛いし、苦手意識はあったもののあの真面目な態度は尊敬していたし、好感も持てる。

 だが、公太は知っている。優しい人は皆に優しいのであって自分にだけ優しいわけではないのだ。そこを勘違いしてはいけない。


 ――ごめんね、花巻君。花巻君のことは良い人だとは思っているんだけど……


 「ごふッ」

 「ちょっ!? 公太どーしたの?」

 過去の古傷が開きいきなり吐血した公太に千尋は慌てた様子を見せる。い、いかん、冷静にならねば。

 「だ、大丈夫だ……ただの致命傷だ」

 いや、全然大丈夫じゃないじゃんという千尋のツッコミをよそに、公太は一度ウオッホンと咳払い。

 「まあ、そのなんだ。こっちだけで勝手に盛り上がるのも何だし、この話は終わり! 今日の目的は千尋の見学だろう? 何か待ってる間に聞きたいことあるか?」

 すると、千尋はそんな目的初めて知ったと言わんばかりに目をパチクリ。


 「そ、そーだったね!」

 ――こいつ、完全に忘れてやがったな……ってちょっと!? 室井さん!? アンタも何シマッタって顔してるんすか!?

 千尋と室井も変わり者であるが、れっきとした女子。やはり他人の恋バナが大好きな模様。


 室井は何かを誤魔化すかのように手櫛で前髪を整えると、質問をぶつけてくる。

 「花巻君は新倉さんと同様に窓口の仕事をしていたんですよね?」

 「そうですね、大体は窓口を経験してから徐々に渉外業務とか外回りの仕事や総務に移っていくって聞いた気がします」

 「渉外?」

 千尋が首を傾げる。確かにあまり聞き慣れない言葉かもしれない。

 「外回りしたりして、金融商品の案内をしたりする社員だよ。投資信託とか保険とかなら聞いたことあるよな」

 すると千尋も脳内データベースに引っ掛かるものがあったようだ得心がいった様子で頷く。

 「あれだよね? 貯金より確実に儲かるやつだよね?」

 「……それは絶対言っちゃいけないやつだな」

 公太の返答に首を傾げる千尋が今後変な詐欺に引っ掛からないか心配になる。

 「まあ、その辺の話は少々難しいので、興味が出てきたらでいいのでは?」

 それもそうですね、と公太は話を窓口の方へと向ける。


 「窓口の仕事は来店者の要望を把握して正確迅速に案内することだな。あとどの接客業にも言えることだけど、クレーマーの対応には要注意だな」

 「もちろん、お客様を蹴ったりしちゃいけないんだよね」

 「……」確認するまでもなく、仰る通りである。公太は千尋のイジワルな茶々を黙殺。


 「かと言ってクレーマーの言うこと全て聞いていたら長時間拘束されてしまいますよね? ある程度は毅然とした対応も必要なのでは?」

 流石社会人5年選手だけあって室井は公太の言おうとしたことを見事に先回りしている。

 「そうですね、まああまりしつこい人だと上の人に対応してもらうことが多いかもしれませんね」

 「えぇ、何だか難しいねえ……。道理で公太がクビになったわけだ」

 「おい、人の傷口ほじくるのやめろ。泣くぞ」

 「あのぉ、お手続き終わりました」

 新倉が応接室へと戻ってきた。もしかしたら話を聞かれていたのかもしれない。申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 「お、ありがとう」

 出来立ての通帳を千尋へと手渡しし、キャッシュカードは後日郵送される旨を説明し終えると、新倉は不安げな瞳で公太を見つめる。

 「どうしたの?」

 まさか、自分の説明に漏れがなかったかどうかを自分に確認しているのならお門違いだ。公太の鳥並みの記憶力では1週間以上前まで携わっていたフクロウ銀行の業務のことなど既に忘却の彼方。何も助けになどならない。


 「その……花巻君……」

 そう言葉を少しずつ絞り出す新倉のつぶらな瞳は不安げに揺れている。

 「私花巻君がクビになってからずっと言いたかったことがあるの……」

 そこまで言われると公太の脳裏には先ほどの千尋と室井とのやり取りが蘇る。


 『公太が庇った同僚ってあの新倉さんでしょ? 庇ってくれたことで公太のこと好きになったんじゃないの?』


――ま、まさか! これは!? いやいや、そんな風に勘違いして何度痛い目に遭ってきたと思っている!

 だが、公太の記憶ではこのような熱っぽい視線を新倉が自身に向けてきたことはない。公太の残念な記憶力でも異性のこととそれに纏わる出来事は絶対に忘れないのだ。

 千尋がどこか期待の眼差しで2人の様子を見守っており、室井は何故か動画撮影の準備をしている。

 「わ、私、花巻君に……!」

 「お、俺……」

 「花巻君に……!」

 「俺、俺は……」

 「謝りたかったの! ごめん!!」

 「………………へ?」

 「………………ん?」

 目を合わせてパチクリする公太と新倉。

 「………………あれ?」首を傾げる千尋。

 「………………あら?」思ってたシチュエーションの動画が撮れなかった室井も首を傾げる。


 「謝りたかった? ……え、なんで?」

 てっきり告白されるかと思ってどう返事をしようかと思ってパニクっていたら飛んできたのは謝罪の言葉。寧ろ自分のドキドキを返して欲しい。

 「え、だって私のせいで花巻君はクビになっちゃったんじゃん。連絡とりたかったけど、連絡先交換してなかったし、まだ連絡網とかもできてなかったし……」

 「いや、別に新倉さんのせいじゃないでしょ。俺が勝手にやっただけだし」

 公太はそう言うも、新倉は首をふるふると振る。

 「でも、私がそもそもあの人を上手くやり過ごせていたら花巻君もあんなことしなかった……違う?」

 「それは――」

 確かにあの場でクレームを受けているのが部長や店長だったら自分が飛び出したかと言われるとそんなことはない。寧ろ指差してゲラゲラと笑っているだろう。

 公太が飛び出したのは、普段は毅然としている新倉が涙を流すほどに追い込まれていたという事実を見逃すことができなかったからだ。


 「私、あの時まで花巻君のこと誤解してたの。花巻君は不真面目で女好きのすけべで破廉恥な人だって」

 「……」同じような意味の言葉が乱発されているが、それだけ新倉の公太への評価は低かったのだろう。こんな攻撃的な謝罪は初体験である。

 「でも、それは誤解だった。花巻君は本当はとても優しくて真面目で硬派な人だったんだな……って」

 驚いたことに公太の評価は180度ひっくり返ったようだが流石にそれは褒めすぎ。何ならひっくり返る前の公太に対する評価の方が、新倉が夜這いをかけてくるという夢を見た点においてもそちらの方が妥当だと言える。


 「や、流石にそれは褒め過ぎでしょ」

 「ですね。花巻君はスケベ野郎です」

 公太の痴態を知っている2人の評価は容赦がない。

 「ううん、それもきっと花巻君がわざとやっていることなんです」

 「?」

 新倉を除く3人の頭に疑問符が浮かぶ。


 「花巻君はわざと、そういう風に自分をスケベ野郎に見せておいて優しさを隠しているんです。私みたいな人が気を遣わないように」

 「……」――申し訳ありません!割と常時自分のことしか考えておりません! というか、この過大評価なに!? 逆に居た堪れないんだけど!

 「だから、そんな風に優しい花巻君が貧乏くじ引かされることになるのは嫌なの! だから私、部長に掛け合ったの。花巻君のクビを取り消してくれって」

 「えっ」やめて、それ以上は良心がもたない。

 「でも、ダメだった。あの人はやっぱり偉い人だったみたいでそういうことはできないって……」

 特徴的なつぶらな瞳が哀しげに伏せられる。

 「ま、まあしょうがないだろ。ありがとうね。俺のために動いてくれたみたいで。それにさっきも言ったけど俺は新倉さんのこと恨んだりしてないし、アレも俺が勝手にやったことなんだから気にしないで」

 「……本当に謙虚なんだね、花巻君って」

 「……そ、そんなことないヨ?」

 この子も千尋と同様に変な詐欺に引っ掛からないだろうか? この歳でここまで純粋なのは魅力的であるが、やや危なかしいような気もする。

 「そ、その花巻君……やっぱり私このままなのは嫌。だから迷惑でなければ何かお礼させてもらえないかな?」

 「お、お礼……!?」

 〈お礼〉。そのワードは公太にとって刺激が強い。条件反射的に自分にとって都合の良いあれやこれやを妄想してしまう。

 いや、イカンイカンイカン! この子はあくまで律儀なだけだ!

 「……だめ、かな……?」

 公太が邪念を振り払う為に激しく首を振るのを拒否の表れと取ったのか、新倉は今にも泣き出しそう。千尋が「何やってんの、公太!」 と小声ながら激しくどつく。

 室井までもが公太を殺さんばかりの勢いで睨み付けてきている。こういう時の女子の一体感の強さは異常。そしてそれに抗うのは難しいことは長年の経験から分かっている。逆らうだけ無駄だ。

 「……そ、そんなことないぜ!ほんと気にしなくて良いけど、せっかくならお言葉に甘えさせてもらおうかな…は、ははッ! こ、これ、俺の連絡先だからここにメッセージ送ってくれれば俺に届くから」

 公太は自前でこしらえた自分の名前と所属、そして電話番号とLINEのIDが書かれた名刺を渡す。天月の名を借りてナンパをしようと作ったものを元同期に渡すことになるとは。


 それを受け取ると、新倉はにこっと太陽の様な笑顔を浮かべる。

 「ありがとう、絶対メッセージ送るね」

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