2章ー⑤ お嬢様、世界を見る

 あれから1週間。公太、千尋、室井の3名は毎日Cafe Off Sideへと足を運んでいた。


 ブレストで出した内容やSNSの活用、また公太のアイデアを実行するためである。

 話し合いや下準備に2日掛け、3日目には仕掛け、随時話し合ったり、微調整を繰り返していたらこの時間はあっという間であった。まるで正社員のような働きぶりだ。今まで経験のない労働量に千尋はぐったりとしていたが不思議と文句は垂れていなかった。


 そして7日目である本日は最終日ということになっている。

 「ちーっす」「こんちゃー」「失礼します」

 3人が店内には入るとまるで7日前のあの静けさがウソかの様に店内は賑わっていた。席はカップルやママ友同士、また女子高生らしき集団で埋まっていた。

 「いらっしゃい――って花巻達か」

 忙しそうな様子を見せながら立花が近寄ってくる。

 「おっす。順調そうだな」

 公太がそう言うと立花は鼻を掻きながら朗らかに笑う。

 「おかげさまでな」

 「本当そうだよ……」

 恨めしそうなのは千尋。千尋がこのように恩着せがましくなるのも無理はない。1週間休みなく慣れない事務作業、肉体労働をやったうえに彼女と室井にはあるミッションがあったからだ。今回の殊勲者は間違いなく千尋と室井だろう。


 「いや、本当千尋と室井さんには頭が上がらないよ」

 「そういうのいいから」

 千尋は公太の賛辞にぷいとそっぽを向く。どうやら褒められらたところでそのアイディアを思い付いたのが公太だったのが余程悔しかった様子。


 「あれ? あの人って……」「やっぱりそうだよね!」「うわあ、可愛い……」

 席にも着かずに話し込んでいたため目立ったようだ。お客が千尋と室井を見つけて騒ぎ出す。

 千尋は意外と人前に慣れていないのかあわわとし、室井はそんな千尋を見てむふッと鼻息を荒げている。

 何故彼女たちがこんなにも注目を浴びているのか。それは1週間前に遡る。



 「私と室井をモデルにするぅ?」

 公太が自身のアイデア――千尋と室井をモデルにして映えを生み出す――を話すと千尋は心底嫌そうな表情である。室井は嫌というよりは理解が追い付いていないといった表情だ。


 「ああ、千尋と室井さんにはCafe Off SideのSNSにモデルとして出てもらいたい」

 「いやいやいや、意味が分からないし」

 「いいか。世の中は“映え”を求めているんだよ。じゃあ何故そうか? それはSNSが発達した今人々は皆承認欲求モンスターになったからだ!」

 「はあ? 承認欲求……なに?」

 千尋が公太に向けて何言ってんだこいつという表情を向けるが、公太は特に気に留めずに話し続ける。


 「誰もが簡単に世の中に自らを発信できるようになったことでどれだけ自分が他人から認められるか、他者への影響力が強いのか――それをいいね! の数で競い合うようになったのだ。いいね! の数が少ない奴は人ならざるもの。これは現代社会の常識だ」

 「公太の言っていることが何一つ分からない……」

 千尋は頭痛を抑えるかのようにこめかみ付近を押さえる。すると室井はコホンと恥じらうように軽く咳払いをする。


 「まあ花巻君が言っていることは少々大袈裟ですが、全くの見当違いというわけでもないかもしれません。私の友人周りでもそういったSNSマウントが未だありますね」

 室井が珍しく千尋でなく、公太の肩を持つと立花とマスターがウンウンと頷く。

 「ああ、確かにあるかもしんないっすね」

 「ウチの妹もそんな感じだな……」

 「あ、あるんだ本当に……」

 流石に多数に無勢と感じ取ったのか千尋はおずおずとした態度。

 「でもだからといって、公太の言ったことが今回のこととどう繋がるわけ?」


 「つまりな、そんな背景もあり、今の世の中は“映え”を求めている。じゃあ映えるためにどうすればよいか?」

 公太はホワイトボードに書かれたブレストの4番目“”映えを意識するを指差し、その指をそのまま下にスライドする。

 「それが“流行に乗っかる”だ」

 「お、おお……花巻君が頼もしく見える。正直今回立花君が連れてきた中で一番役に立たないと思ってたのに……」

 マスターのかなり失礼な発言を無視して公太は話を続ける。

 「このCafe Off Sideのターゲットである客層は“映え”というものが嫌いではない。寧ろ好きなはずだ。だからこの店が流行だっていう認識を植え付けることが出来れば状況は変わるはずだ」

 「なんとなく言いたいことは分かってきたけど、それと私らがモデルになるというのはどう関係あるわけ?」

 「良い質問だ」

 「うわ、うざッ」


 公太渾身のドヤ顔に千尋は生ゴミを食い散らかすカラスを見るかのような目である。いつもなら泣き崩れるところだが、閃きを得た公太は少しだけ打たれ強くなる。所謂スターを獲得したマリオと同じ状態。


 「人は何をもって“映え”や“流行”と認識するか……それは誰がやってるかだ」

 そう言うと室井が得心のいった様子で小さく頷く。

 「なるほど、アパレル業界の流行みたいなものですか」

 「そうです。アレも予め今年流行らせようとする服をモデルに着てもらうことで、世間の認識を動かしている。だからそれと同じことをやろうってわけです」

 「ははーん、なんとなく分かったよ。確かに私も室井も美人だもんね。可愛いもんね」

 「……まあ、そうだな」

 ドヤ顔が大変ウザいが事実ではあるし、ここでヘソを曲げられてはよろしくない。

 マスターも立花も期待に満ちた表情を浮かべている。

 「そういうことならやっても良いんだけど、室井は?」

 「千尋様がやるというならたとえ火の中、水の中、草の中、森の中、土の中、雲の中、あの子のスカートの中でもお供します」

 そういう室井は自前のデジカメを用意し始めている。一応被写体であることと、あの子のスカートの中に入らないことを注意しておく必要がありそうだ。


 千尋はその室井の返事に気を良くして、おしッと気合を入れる。

 「そういえば一個気になったんだけど、公太って何でそんな“映え”に詳しいの? あんまりそういうの興味なさそうじゃん」

 「……え」

 確かに公太はInstagramやらTikTokやらには手を付けていない。いかん、喋り過ぎたかと口をつぐんだ時はもう遅い。公太の黒歴史を知る友人がこの空間にいるのだ。

 「ああ、それなら俺分かるよ。コイツ、学生時代に女子にモテようと一生懸命勉強してたんだよ。まあ、その成果は……ご覧の通りだね」

 「うわあ……安易。しかもそのうえであんな上から目線で語るのちょっとキモ……キモいね」

 「ほげッ」

 言い直そうとした努力はどこへいったのか。既にスター状態を終えた公太にその言葉はグサリと突き刺さる。


 「ぐふッ」

 「……マスター?」

 マスターも何故か胸を押さえている。……マスター?

 当のマスターはそれを誤魔化す為に大袈裟に咳払いをすると大きく手を叩き、年長者らしくリーダーシップを見せ付ける。

 「じゃ、じゃあ、このやり方をブラッシュアップさせていこうか!」


 *


 ブラッシュアップさせた結果、更に立花からはCafe Off SideオリジナルTシャツを着た状態で店内をバックにして写ってもらおうという提案が出てきた。更にマスターはそのオリジナルTシャツにサカボル君を入れようという提案をしたうえに渋る千尋を前にジャンピング土下座をして、天月コーポレーションの名前を借りて、“#天月コーポレーション”を入れて投稿することの許可を得た。商魂逞しいとはこのことである。


 Tシャツについては業者に頼み込むと少量であればすぐにできるということだったのでやってみると出来上がったのはクソダサTシャツだった。だが千尋と室井という着る人が着ればそれもまた味のあるものに見えるから不思議である。

 その状態で様々な写真を撮り、それを厳選。

 そして、先日の騒動の謝罪とアレは宣伝の為の活動だったこと、プラスで改めての宣伝を写真と共に各SNSに投稿。するとあっという間に拡散されていった。


 公太の狙い通り、その写真に映る2人の美女の反響が大きかった。

 『あの美女達は誰? モデル?』『従業員じゃね? ちょっと突撃してくる』

 というものもあれば、

 『結構フード美味しそう』『店内もクラシックな感じでオシャレじゃん』

 というお店そのものを気にする人もいた。これは副次的なものであったが、元々店内はかなり綺麗で落ち着いた空気だったし、フードメニューはなかなかの美味さ。お店の存在が認知されたことで日頃のマスターと立花の努力が目に留めてもらえた。

 その結果、翌日の開店から多くのお客が来店してきた。


 千尋と室井に釣られたお客をガッカリさせないためにもしばらくはお手伝いするハメになったが、2人はそこまで不満そうでもない。千尋は初めての仕事で目を輝かせ、室井はそんな千尋をうっとりと見つめていた。


 準備に2日掛けて新体制で5日目。上々の出来だといえるだろう。

 「いやあ、本当に良かったよ……アルバイト希望の子もどんどん来てくれているし」

 マスターは手を動かしながらもその口ぶりは感慨深げである。

 マスターの言う通り、動き始めたその日にはアルバイト希望の連絡が入り、人手が欲しい今早速入ってもらっている。新入りアルバイト達の動きは思っていた以上に良い。


 「改めてお礼を言うよ。天月さん、室井さん、花巻君、本当にありがとう」

 それを言う時は店長は手を止め、深く頭を下げた。


 一同はCafe Off Sideを退去し、アーケード街を並んで歩く。

 「千尋、どうだったい? 今回の経験は?」

 公太は隣を歩く千尋に問いかける。

 今回色々あったが、元々は千尋の社会見学のために来たのが始まり。それが上手く口車に乗せられ手伝うハメになった。これが成功かどうかはまだ分からない。寧ろこれをキープしていくことの方が大変だろう。だが、こういった経験は案外貴重なのではないだろうか。

 しかし、千尋の顔はどこか不満げで唇を尖らせている。

 「不満だよ」

 「え、何でだよ」

 「だって結局公太が考えた通りに動いただけだし!」

 「諦めろ。社会に出るということは誰かの指示通りに動く歯車になるということだ」

 「いや、2週間で職失った人が言っても説得力皆無だし」


 公太としては厳然たる社会の現実を教えたつもりだったが千尋が殺人ライナーで打ち返してくる。公太は案の定ちょっぴり涙目である。


 「でもまあ楽しかったよ。なんていうかな。途中めんどくさくなったりもしたけど何やかんやその日終えると心地良い疲れがあって、ご飯もいつも以上に美味しかったし、お風呂も気持ち良かった。すぐ寝れた。……いや、これはいつもか。上手くは言えないんだけど、何か扉が開いたような感覚だね」


 「千尋様……素晴らしいです」

 千尋がこの1週間の出来事や自分の変化を言語化していると室井は感極まっていた。

 「私も嬉しいです。千尋様の秘蔵ショットのコレクションが増えましたし。……うふッ」

 室井は社会人歴が公太や千尋に比べて長いとはいえ、慣れない仕事なのにも関わらず作戦と実務両方で大活躍だったがそのウットリとした表情からは疲れを感じさせない。流石にこの人が怖くなってきた。

 2人の満足げな感想を聞き、公太も涙を引っ込める。


 「マスターからはファンもできたから定期的に顔を出してほしいって言われてたし、いっそのことCafe Off Sideで就職目指すってのもどうだ? マスターも立花もいるし、やりやすいだろ」

 千尋があの店で働けば、公太も解放され、昭仁氏を安心させることも出来る。Cafe Off Sideも看板娘(?)ができて良いことずくめだろう。我ながら名案である。


 「いや」

 そんな色々な打算を含んだ公太の提案は僅か2文字で拒絶されてしまった。

 「何でだよ! 楽しいって言ってたじゃんかよ!」

 「だってあそこで働くってことは制服としてこのサカボル君Tシャツを毎日毎日着ることになるんでしょ。そんなの絶対嫌」

 千尋の言葉に公太の堪忍袋の尾が切れた。

 「働くってことはそういう嫌なところも飲み込むことなんです!」

 身も蓋もないことを言いながらキレる公太を見る千尋の目は冷ややか。


 「だから公太が言っても説得力ないし」

 「ふぐうッ」

 正論パンチに公太は一瞬で正気に戻った。

 「まあまあ、お2人とも落ち着いてください。裏を返せば千尋様の会社選びの基準が1つ出来たとも考えられます。制服がダサくないか、ある程度の融通が利くか。これを基準にして探してみましょう」

 室井の中立的発言に千尋は指をパチンと弾く。

 「そうそれ! 制服が可愛いところがいいな」

 「高校選ぶんじゃないんだぞ……」

 公太の小言は聞こえていないのか、千尋はクルリと身体を2人に向ける。

 「銀行って制服のところもあるみたいじゃない」

 「!」公太の中でアラートが響く。阻止しなければ。

 「いや、それが――」

 「公太の働いてたフクロウ銀行に行きたいな」

 「……」その目の輝きを見てしまうと止められる気がしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る