2章―④ お嬢様、世界を見る

 遅れてやってきたマスターと立花の姿を見かけた瞬間、公太が殴りかかろうとしたことでまたひと悶着あったものの午後3時ぐらいにようやく解放された。

 寺田からは「少しは真っ当に生きろよ」というブーメランなエールを受け、森川は別れを惜しむ室井とは距離を取っていた。余程中学2年生時のことには触れられたくないらしい。


 無事解放されたはいいが、警察2人に目をつけられたような気がする。これは気のせいではない。気のせいだったら最後の最後に「交際は段階をしっかり踏むように」などという言葉を贈られることはないはずだ。

 そんな不満をぶつくさ唱えているうちにCafe Off Sideに到着。当然だが、店の前に開店するのを待つ人もいない。一同は少し休憩を挟んだのちに、再度ミーティングを始めた。


 ミーティングはマスターによって口火を切られる。

 「とりあえずはお疲れ。不幸なアクシデントもあり、今回は上手くいかなかったが、大したダメージも残らずに済んで良かったと考えよう」

 「あれ? 俺あやうく人生において致命傷を負いかけた気がするんだが」


 不満を口にする公太の肩に立花が手を置き、神妙な口調で語る。

 「花巻、こういう場では良かったことを振り返ることが大事だ。切り替えていこう」

 「あ、ああ。そうだな。話の腰折って悪かった。確かに森川刑事綺麗だったなあ……」

 「公太、日頃からそんなんだからあらぬ疑いを掛けられるんじゃないの?」

 公太が不満を抱えながらもあの出来事において唯一良かったことに無理やり思いを馳せていると千尋がジトっとした湿り気のある視線を向けてくる。

 「千尋、こういう場では良かったことを振り返ることが大事だ。切り替えていこう」

 「うっわ、この人開き直ったよ……」


 高校時代には「(振られても)切り替えの早さに定評のある花巻」として名を売っていた。何故他校にまで自分の振られた噂が広まっているのかは知らないが実績はあるのだ。切り替え大事。


 すると引き続き司会兼書記の役割を担った室井が手を叩き、注意を引き付ける。

 「とにかく、一度振り出しですね。こうなったらブレスト形式で色々と意見出してみますか」


 「ぶれすと……?」

 千尋が首を傾げているので公太が小声で補足する。


 「ブレスト……ブレーンストーミングの省略な」

 「し、知ってるし! あれでしょ……なんかあのビームみたいな!」

 「何で会議でビームが出てくるんだよ……」

 とツッコミを入れながらも公太もその気持ちは分からないでもない。何か必殺技っぽいよなとも思う。だが公太のツッコミを受けた千尋は不満げ。怒ったフグの様に頬を膨らませる。


 「なにさ。公太は知ってるの? それだったら教えてよ」

 「え」

 就活やフクロウ銀行の研修でやったことはあるが、具体的に聞かれると言葉が出てこない。しかし、ここは年上の威厳を示すチャンスでもある。必死に頭の中の情報を捻り出す公太。


 「えーとアレだ。あるアレな問題に対してアレコレとソレゾレアレをコレしてソレする感じだ」


 公太の身振り手振りを交えながらの必死の説明に千尋の表情が変わる。

 「へ、へえ! 公太凄いね! 見直したよ!」

 「…………」嘘つけ! 自分で言うのもアレだが、この説明で分かる奴誰もいないと思うぞ!


 見栄っ張りからあくまで分かるフリをする千尋と適当な説明をする公太に対して室井は苦笑い。

 「ブレーンストーミングとは、問題に対して自由闊達に意見を出していく手法です。一見馬鹿馬鹿しいと思われるものでも思わぬヒントになるかもしれないので、人の出した意見は否定してはいけないことくらいしかルールはございません」


 「ふうん、公太が得意そうだね」

 「千尋も得意だろ」

 2人の皮肉を込めたやり取りをよそにマスターと立花も賛成の意を示す。



 【ブレスト】

・SNSで広告に力を入れる。

・新メニューを開発する。

・街に出て呼びかけをする。

・映えを意識する。

・流行に乗っかる。

・サカボル君のアカウントを作る。

・花巻がサカボル君に入って宣伝。

・立花がサカボル君に入って宣伝。

・マスターがサカボル君に入って宣伝。

・いや、お前が入れって花巻。

・いや、お前が入れよ立花。

・うるせえ、ばか。

・ばかって言った方がばかなんだよ。……やんのか?

・上等だ、表出ろよ。

・お二人とも真剣にやってください。

・はい、すみませんでした。

・フードメニューを増やす。

・フードトラックをやる。

・三ツ星シェフを雇う。

・金を借りる。

・高級食材を使う。


 10分掛けて出た意見(?)はこの通りである。

 途中意見が出てこないことにイライラした一部によって喧嘩が勃発しかけたが、室井とマスターが仲裁に入り無事に事なきを得る。

 「じゃあここに出た意見を掘り下げて考えてみましょうか」

 室井はそう言うと9番目~15番目の意見について思いっきり線を引く。何でこれも書いたんだこの人。


 「さっきSNSだけだと弱いって話あったよな」

 「ああ。だが、逆に言えば皆がやってるってことはやって悪いこともないだろ」

 公太が口火を切るとそれに対して立花が見解を述べると一同は頷いて賛同の意を示す。


 「SNSも要は使い方ですね。確かに無数にある飲食店と同じような取り組みをしていても埋もれてしまうのは目に見えています。いかに違いを出すか、それが大きなポイントでしょう」


 室井の言葉に千尋がまたも授業参観のように元気に手を挙げる。

 「はいッ、はいッ」

 「はい、千尋様」

 室井はこれ以上ないくらいに優しい表情で意見を促す。

 「違いってなったら、やっぱり私が出した高級食品を使うってやつじゃない? マスターの料理の腕は確かならより良い食材を使えばそういう高級志向の人も来るでしょ」

 「なるほど、確かにそうかもな。高級なものを使ってる店で食べたってアップすれば他の女子にもマウント取れるしな」

 「花巻君は何か女子に恨みでもあるんですか……いや、やっぱりいいです。長くなりそうなので。千尋様の仰ることは一理ある気がしますが、どうでしょう?」


 室井がマスターに目を向けるとマスターは悲し気に目を伏せる。

 「お金が……」

 「「あ」」

 千尋も室井も天月コーポレーションという大企業が基準となっているので失念していた様子。だが、千尋は諦めない。

 「それだったら、お金を一時的に借りるってのは?」

 千尋は更に下2つの意見を結合したものを提案する。しかし、今度は室井が主の意見に対して悲し気な表情を浮かべる。

 「千尋様、お金を借りるのも実は簡単じゃないんです。貸す側は借りる側に返済能力があるかどうかを判断する必要があります。貸したまま返ってこなければ単にお金を渡しただけになってしまいますからね」

 「ふんふん、そこは分かる。……つまり、Cafe Off Sideには返済能力がないってこと?」

 おい、もうちょっとオブラートに包めよ! マスターがしょんぼりしちゃってんだろ! 公太が千尋に睨みを利かせていると、室井は大きく頷く。


 「やはり現状、マスター含めて従業員は2名。売り上げも右肩下がり、おまけに警察沙汰騒ぎを起こしたこともあるとなるとあまり良い顔はしないんじゃないですかね」

 厳然たる事実を突きつけられてマスターは項垂れていたが、すぐにパッと顔を上げる。


 「あ、でも待ってよ! キミ天月コーポレーションの子だろ? だったらちょっと口添えできないかな? 確か天月バンクってあるよな?」

 せこい気もするが、1つの手段ととしては検討しても良いかもしれない。今まさしくその名から羽ばたこうとしている千尋はあまり良い顔はしていないが。

 そんな千尋の代わりに室井が答える。


 「他の金融機関に比べたらお金を借りやすいことは事実ですし、千尋様のお名前を出せばそのハードルは更に下がるのは間違いないです。ただ、この手段は千尋様の為にも使うことは私が許しません」

 確かに借りた後に万が一返せなければ口添えをした千尋の立場が悪くなるのはハッキリしている。それに千尋が天月コーポレーション――いや、昭仁氏に借りを作るのは今後のことも考えると望ましくない。


 「……すみません。少し言い方が悪かったです。千尋様の立場が悪くなりかねないことは私はどうしても許可できません」

 「いや、こっちも配慮が足りなかった。申し訳ない」

 両者が頭を下げ合うと、張り詰めかけた空気が弛緩する。千尋は安心したように表情を緩ませるとそのまま穏やかな口調で新たな言葉を紡ぐ。

 「でもさ、他との違いを出すやり方ってお金だけじゃないよね」

 それはそうあってほしいという願いのようにも聞こえる。

 「確かにな。サカボル君自体は悪くなかったと思うんだが……」

 公太はそんな千尋の背中を後押しすべく、自分の見解を述べる。


 「あれは流石に良くないけど……」

 そこまで呟くと千尋はハッとして形の良い目を見開くとスマホを取り出す。しかし、

 「室井~、どうやってこれやるのぉ?」

 すぐにギブアップ。独り立ちするためにもスマホの操作の仕方は覚えた方が良いと思う。

 「何しようとしてんだ?」

 室井が千尋に寄り添うのを見ながら、公太は千尋に説明を求める。

 「サカボル君の件って警察が出てきただけあって、結構な騒ぎになったと思うんだよね。実際どのくらい広まっているのかが気になって……」

 その言葉を聞いたマスターと立花が何かに気が付いた様子。すぐに立花はスマホの操作を始め、そしてマスターにそれを見せる、するとマスターのその顔には久しぶりに笑みが見られる。


 「天月さん、キミはこれを見たかったんだろ?」

 そう言いながら見せてきたのは140字以内の文章を誰でも発信できることでおなじみのSNSであるTwitterの検索結果。検索欄には「Cafe Off Side」の文字。その文字が含まれる投稿ツイートが検索結果として表示されている。 

 『何か梟市のアーケード街でおにぎりの化け物が暴れてたんだけど、Cafe Off Sideってカフェ?のマスコットキャラクターらしい』

 『Cafe Off Sideのおにぎりの化け物警察に連行されてたんだけどww』

 『いいなあ、俺もあの婦警さんに投げ飛ばされて罵声を浴びせられたい #CafeOffSide』

 『おい、おにぎりてめえ、そこ代われ #CafeOffSide』

 まさに世間の生の声がそこには表示されていた。ここまで見ても公太には千尋の狙いが分からない。分かることと言えば、梟市には思っていた以上に変態が多いということくらいである。


 「千尋、つまりどういうことだってばよ?」

 「ここに表示されているツイート? はこの数時間で300件を超えている。これってつまりそれだけ今Cafe Off Sideは有名になっていることだよね」


 「……! つまり、裏を返せば今は宣伝のチャンスってことか」

 千尋は得意げにニヤリとする。まるでいたずら小僧のような表情だ。

 「失敗は成功の基って言うでしょ」

 「千尋様素晴らしいです……!」

 「確かにそれなら、この騒ぎを利用したツイートをすれば呼び込めるよな。今からやるか?」


 「立花君、ちょっと待ってくれ」

 千尋の着眼点に一同は盛り上がりを見せるが、マスターだけは渋い表情を浮かべ、喜び勇んでツイートをしようとした立花に待ったをかける。

 「確かに天月さんの言う通り、今はチャンスだと言える」

 「それなら尚更急いだほうがいいんじゃ……」

 立花の言葉にマスターはかぶりを振る。

 「尚更ここは慎重に行きたい。確かに今は一時的に注目を集めている時期であることは間違いない。だが好意的な目だけでないことは事実だ」

 そういってマスターは自分のスマホでも千尋と同じように検索したものを見せる。さっき千尋が見せてくれたものもそうだが決して好意的というわけではない。どちらかというと面白がっているという具合だ。


 「経験上の話になるが、炎上商法というのは上手くいかないものだ。YouTuberとか見れば分かりやすいかもしれないが、一時的に注目を集めても一部を除いてそこまで長続きはしない。それは常に周囲の環境は動き続けて新しい流行が生まれ、既存のやり方では生き残れないからだ。炎上商法は批判に耐えられれば実行は楽だ。だが、一度楽なやり方で味を占めてしまうと長続きはしない。そして今まさしくこのCafe Off Side は燃料だけはあるような状態――いや、どっちかというとプチ炎上ぐらいの状態だろう。だからこの後の行動がかなり重要になると思う」

 おお、マスターが初めてマスターらしいこと言ってる。プチ炎上の責任の一端を担う公太は呑気にそんな感想を抱く。そんな公太を他所にマスターは自身の考えを述べる。


 「だから、何かポジティブな要素を同時に押し出していきたいんだ」

 「なるほど、ポジティブな要素ですか……」

 室井は「ポジティブな要素」という言葉をホワイトボードに付け加える。千尋がその言葉にむむむと顔をしかめる。その表情を見てかマスターは苦笑を浮かべる。


 「ごめんね、せっかく考えてくれたのに」

 千尋が見出した突破口に水を差したのは他でもないマスターだ。そのことを詫びたのだろうが、千尋はや、と手を振る。

 「いや、マスターとかは生活が懸かってるんだから当然でしょう」

 「……千尋、案外お前良識あるんだな」

 それを少しでも自分に向けてくれよという皮肉を込めて公太は言うが、千尋は当然でしょと言わんばかり肩にかかっている髪を掻き上げる。


 「私だって伊達に選択的無職してないからね」

 ふふんと胸を張るが、その選択的無職という訳の分からんワードで台無しである。

 「ただ、ポジティブな要素って難しいなって」

 千尋のその言葉にマスターも少し考え込む仕草。

 「そうだね。もっと分かりやすく言うと、そうだな……ポジティブなイメージを植え付けるかな。今のウチのイメージはグレー。今なら白にも黒にも染まるから少しでも白に寄せるみたいな感じだね」

 すると千尋はポンと手を打つ。

 「あー、なるほど。つまり、クールで無口な強面のクラスメイトが捨てられた犬を拾っているのを見てときめくみたいな感じね」

 「あ、ああ、そうだね」

 千尋の独特の解釈にマスターは理解半分戸惑い半分の表情。だが千尋はそのまま指をぱちんと弾いて表情を明るくする。

 「あれ、それならサカボル君の姿で捨てられたペットを拾えばいいんじゃない?」

 「そんな都合よく捨てられたペットなんていないだろ……」

 方向性としては悪くない案だが、運に頼る部分が強い点を公太が指摘すると千尋はむむッとした表情。

 「うッ……それもそうか。……はッ! 待てよ、そうしたら公太ちょっと段ボール貸すから――」

 「俺はペット役やらんからな!」

 「ちぇッ! 良い案だと思ったんだけどな」


 方向性としては悪くないものの、流石におにぎりの化け物と揶揄される姿のマスコットがホームレスを拾っている姿は世間的にはかなり不気味に映るだろう。

 「でも認識を塗り替えるという意味ではかなり意味のある発言だったと思います。しかも今一部では話題のサカボル君を活用するというのは前回やったことをそのまま生かせてますし」

 室井のその言葉にはお世辞とかはなく、素直に感嘆しているように見える。

 「確かにそうっすね。いっそのことサカボル君がもっと流行になればいいのにな。きも可愛いって言葉もあるくらいなんだから全くのノーチャンスってこともないだろ」

 サカボル君の場合はきも可愛いというよりは、単純にきも怖いいってところだろ、と思ったが、そこまで考えたところで公太の脳裏に一筋の光が差し込む。

 今まで話し合った内容、自分の経験、ホワイトボードの内容、目の前で交わされた会話。それら全てがパズルのピースのように1つの形になって組み上がっていく。


 「公太ぁ、どうしたの? お腹痛いの?」

 どれくらいの間そうしていたか分からないが、俯いてブツブツと考え込む公太に千尋が心配そうに覗き込む。


 「……ひ、」

 「ひ?」

 「閃いたあああああぁあッ!!」

 「わあッ!」

 突如がばっと立ち上がった公太に千尋は思わずひっくり返り、尻餅をつく。

 「閃いた! イケる! これならイケるぞおおッ!」

 高らかに勝利宣言をする公太に対して周りからは控えめに言ってもドン引いた視線が向けられる。


 「何すんのさ!」

 唯一千尋だけが食って掛かる。しかし、そんな千尋の様子など気にも掛けず公太は目の前の千尋の両肩に手を置く。

 「千尋、お前の力を貸してくれ」

 「……え?」

 突然そう言われた千尋は目を白黒させる。

 「いいか俺が思いついた作戦はな――」

 公太の語る言葉に一同は耳を傾けた。

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