2章―③ お嬢様、世界を見る

『梟市のアーケード街でオニギリの化け物が暴れている』

 何ともリアクションに困る通報を受けた梟市警官若手ホープともっぱら噂(されていると思っている)の森川莉菜もりかわりなは先輩である寺田龍彦てらだたつひこと共に現場へ駆けつけるべくパトカーをかっ飛ばしていた。


 「それにしてもオニギリの化け物って何だかねぇ……」


 助手席に乗る寺田は馬鹿馬鹿しいとばかりにため息をついている。実際通報が入った際、莉菜の周りの反応は寺田同様冷めたものが殆ど。その場でジャンケンして負けた者が現場に赴くという市民が聞いたら激怒しそうな決め方で誰が行くかを決めた。


 その結果、ジャンケンに負けた数名の中に莉菜も入ったというわけだ。

 だが、莉菜は内心ワクワクしていた。

 莉菜は男兄弟の中で育ったこともあり、少年漫画やライトノベルが三度の飯より好きだった。特に異能や魔法を使ったものは大好物で、当然の如く中学2年生時は根拠のない万能感から二度と振り返りたくないレベルの黒歴史を持つ。だが莉菜は少年以上に少年心を持っていた。思春期を終えた辺りから擬態することを覚えはしたが大好きなものは変わらず大好きなまま。現在も現役バリバリの隠れ厨二病である。

 未知の化け物とワンチャン出会えるかもしれないという欲求と拳銃を所持できるからという物騒な理由で警察を志願したくらいだ。


 そんな莉菜が今回のような通報を受けてワクワクしないわけがない。

 「まあまあ、市民が我々の助けを求めてるんですから」

 内心のウキウキを抑えながらあくまでもめんどくさがりの先輩をたしなめる大人びた後輩を演じる莉菜。

 「だって冷静に考えてみろよ。おにぎりが人を襲ったところで害があるか?」

 莉菜は頭の中でオニギリの化け物を想像してみた。確かに身体についたら鬱陶しそうだが、その柔らかい身体の殺傷能力は一見低そうである。何なら口にしたら美味しそうでもある。莉菜はあえて反論を試みる。


 「ドラクエのスライムは柔らかい身体を生かして人を窒息させるらしいですよ」

 「え、アイツ間抜けそうな顔してえげつないんだな」

 寺田はスライムが聞いたら怒って仲間を呼んで合体しかねないような暴言を吐く。

 「とにかく通報は無視するわけにはいかないです。向かいましょう」


 「あ、あそこっぽいですね」

 実際に何が起きているのかはまだ見えないが、野次馬が群がっているのでそこだと分かる。これ以上は近づけそうにないのでやむを得ず車を停める。

 2人の刑事は車から降りると「警察です」という人混みをかき分ける魔法の言葉を用いて野次馬の視線の先へと接近。


 「あれか……?」

 寺田が胡乱げな表情を浮かべる。

 「あれがオニギリの化け物か?」

 莉菜はその寺田の言葉に肯定も否定もできない。

 2人の視線の先には白黒の丸い物体に手足が生えたような生物が激しく動き回っている。道行く人に手足をバタつかせながら近寄り逃げ惑われている。なるほど、どう見ても迷惑行為に他ならない。どう好意的に捉えても襲い掛かっているようにしか見えない。


 寺田が大きく溜息を吐き嫌々な態度を隠そうとせずに拡声器を手に取り、野太い声をその化け物に向ける。

 「えー、そこの暴れ回っている人? 警察です。直ちに止めなさい。迷惑です」

 しかし、そんな寺田の声がその化け物には届いていないのか彼(?)は暴れ回り続ける。

 「おい、アイツ警官をシカトかよ。良い度胸してんじゃねえか……」

 「ちょっと! 寺田さん、拳銃を出すのはまだ早いです! しまってください! それに聞こえなかったのかもしれないですよ。もっと声張りましょう」


 拡声器で声を張るも何もないような気がするが、流石に市街地で拳銃をぶっ放すのは良くない。寺田は渋々拳銃をホルスターへと戻し、今度は声を張り上げる。

 「そこのおにぎりみたいなキミ! 警察だ! 通報が来ているぞ! そこで暴れるのは止めたまえッ!」

 いつもあまりやる気を見せない寺田にしては声を張ったが、その努力空しく化け物は狂ったように動き続ける。


 「ぷふッ、あの警官2度もシカトされてる……」

 「しかも『たまえッ!』だって。今時そんな言葉遣いしねーよ」

 「顔真っ赤だぜ。ほら動画撮ろうぜ」


 野次馬達の容赦のない言葉は寺田を恥辱の渦へと陥れた。莉菜は上司を気遣い、サムズアップしてみせ、元気の良い声でエールを送る。

 「まあまあ。もしかしたら聴力のない生態なのかもしれませんよ。ドンマイ!」

 「『ドンマイ!』じゃねーよッ! だったら森川お前が行けよな!」

 恥をかかされた寺田は涙目である。仮にも市民を守る立場の人間なのにそんなことで泣くのはいかがなものか。

 そう思うと同時に莉菜は自分の口角が自然と上がっていることに気が付く。

 「わかりました」

 こういった警察官の登場という所謂威厳を示さなければならない場面は寺田が担っていた。寺田は面倒臭がりながらもこういう注目を集めること自体が好きだということを知っている莉菜がそれとなくその役目を譲っていたからだ。

 寺田と同様、こういった場面が大好物な莉菜はようやく自分にその役目が回ってきたことにワクワクを抑えきれない。ワクワクを百倍にしてパーティーの主役になる勢いである。

 莉菜は寺田から受け取った拡声器越しに声を掛ける。


 「警察です。そこのおにぎり? みたいな人? 通報が来ていますよ。大人しくしてください」

 声量はそこまででもなかったのにも関わらず、その化け物は引き寄せられたかのようにぐるりと莉菜の方へと身体を向ける。

 「おい、何でアイツお前の時だけこっち向いたんだよ。アイツ絶対性別オスだぜ……」

 化け物にシカトされたことが余程気に入らないのか寺田はぶつくさ文句を言う。

 「いや、おにぎりに性別なんて……」

 そう言いかけた莉菜に向かってその化け物は、発情した獣の如く猛スピードで迫る。

 巨大なおにぎりの化け物が猛スピードでうら若き美女に迫るというシーンは野次馬達の恐怖を煽ったらしい。悲鳴がアーケード街に響き渡る。

 だが、莉菜は違う。元々こういった異形と巡り合うために警察官を志望したのだ。その目は煌めいている。巨人という名の異形と戦う某兵団の教官の言葉を借りるならば面構えが違う。


 「とりゃあああああああああッ!!」

 掛け声一発。莉菜は迫りくる化け物の懐に入り込むと僅かに見える腕を掴んでそのまま一本背負い。

 「ほげえええええッ!」

 化け物は化け物離れした人間っぽい悲鳴と共にアーケード街の壁に叩きつけられた。

 莉菜の見事な立ち回りに野次馬達からは盛大な拍手が。莉菜は「やー、どうもどうも」とすっかり有頂天。莉菜はすっかり化け物を成敗したヒーローの気分だった。

 「お、おいッ、森川アレを見ろ!」

 そんな莉菜のいい気分に水を差してきたのは寺田。

 「ん、なんすか。寺田さん? 今ファンサービスしているところなんで後にしてもらってもいいすか」

 「お前一瞬で態度デカくなったな……。いや、今はいい。アレだ」

 寺田が指差す方向にあるのは今しがた莉菜によって投げ飛ばされた化け物の死骸――でなく、なんとその化け物の頭部(?)から若い男の姿が!

 「いってえ……。何だよ、いきなり投げ飛ばさなくったっていいじゃんかよぉ」

 どうやら莉菜が投げ飛ばしたのは、おにぎりの化け物でなく、着ぐるみに入った人間のようだ。



 「……で? 花巻公太さんと言いましたか。貴方は何で真っ昼間から着ぐるみを着て女性に襲い掛かっていたのですか?」

 「だからあッ! 誤解ですって! 俺は襲い掛かってたんじゃなくって、店の広報活動をしていたんです!」

 4月の平日の昼下がり。何とものどかで過ごしやすい時間帯。だが、公太はそんな時間に梟市の警察署にて事情聴取を受けていた。相手は寺田といったか。その顔からは今一つやる気を感じられないが、まるで生きた心地がしない。

 連れてこられた理由は聞いたところ「おにぎりの化け物が暴れている」という通報を受けたところ、そのおにぎりの化け物の中身として出てきたのが公太だったからだ。

 だが、実際は暴れていたのではないし、あれはおにぎりの化け物ではなく、Cafe Off Sideのマスコットキャラクターであるサッカーボール型のクリーチャー……もとい、サッカーボール型の妖精であるサカボル君の着ぐるみである。

 「なるほど、さっきからそのような主張を繰り返しているね。だが、広報活動というのが信じがたいね。寧ろあんなの店から遠ざかるのでは?」

 「そう言われても、俺は上からやれと言われたんで……」

 広報活動のためにと、マスターが倉庫から引っ張り出してきたのがその着ぐるみだったのである。白黒の球体に何故か肌色の手足がにょきっと生えているそのシルエットはお世辞にもマスコットとは呼べそうにない。もしJリーグのマスコット総選挙に出たら最下位は必至である。こんなものやったら逆効果だし、何よりこの中に入りたくなかった公太は入る人を決めるじゃんけんに決死の思いで臨んだがあえなく敗北。

 「俺は普通に店に来てねってことで握手とかしていただけなんです! 大体それなら店に連絡してくださいよ」

 大体公太が身を粉にしている間、マスターをはじめとした他の4人はその様子を見守りつつ、SNSの宣伝のために動画で撮影していたのだ。しかし、公太が捕まるや否や号令を受けた兵隊の様に一目散に退散してしまったのだ。公太は見事にスケープゴートにされた形である。

 「店の電話は繋がらないし、もう場所は分かる以上は先にキミをいじめ――いや、いじめ抜いてからにしようかなという心づもりさ」

 「言い直した意味ありますかね。っていうか、普通に最低だなアンタ!」

 「そう言うな。梟市は滅多に事件が起きなくて警察も割と暇なんだ。余談だが、今回現場に向かったのもじゃんけんで負けたメンバーだ」

 「暇つぶしに人をいじめるなよな……。ちょっとそっちの刑事さんからも何か言ってやってくださいよ」

 寺田とのまともな対話を諦め、公太はもう一人の刑事――たしか森川といったか――に話しかける。

 「せっかく化け物だと思ったのに……。出てきたのはただの人間……はあ……」

 森川は物憂げな表情でため息をつくばかり。

 「……」畜生! まともな人間がどこにもいねえッ!

 一応公太の声が届いていたのか、森川はふうと息をつくと彼に鋭い視線を向ける。

 「分かりました。一応は貴方の主張を信じるとして、何故女性とばかり握手してたんですか?」

 「……え」

 そんなこと――と言い訳しようとした公太の言葉を遮る勢いで森川は続ける。

 「現場での聞き取りも既にある程度までは済ませています。マスコットの皮を被って女性にばかり近づいて握手していたそうですね。これについては裏も取れています。現場に居合わせた女性数名がそう証言してました」

 そんなことの確認をしているヒマがあるなら可及的速やかにCafe Off Sideに連絡を入れて欲しい。更に言えば公太自身最初は嫌々だったものの、いざ着ぐるみに入ってみると非日常感からテンションが上がってしまい、イマイチその後自分が何をしたかを覚えていないのだ。ここは意図的にそうしたわけではないということを誠心誠意ウソのない言葉で語るほかない。


 「違うんです!」

 公太はその場で立ち上がり、2人の刑事を見据える。その目には控えめに言ってマジである。

 「着ぐるみに入ったあたりからテンション上がっちゃって、何も考えられなくなったんです。だから意図的に女性に近づいたんじゃなくって、本能の赴くままに近づく相手を選んだんです! それがたまたま女性だっただけです! 俺に悪気はありません!」

 「寺田さん、思っていた以上にこの男は危険かもしれません」

 「そうだな。本格的に身柄を拘束した方が良さそうだ。罪状は婦女暴行未遂ってところか」

 「なんで!? 正直に話したのに!!」

 2人の刑事の無情な判断に対して公太は机を叩いて悔しさを露にする。馬鹿正直に自分の助平さを話した結果、いよいよ危うくなってしまった。小学生でももう少し上手くこの状況を乗り切るものだと思うが、残念ながら彼にそれを求めるのは酷というもの。

 それにしてもいよいよマズくなった。今まで公太は女性に暴力を振るわれた数こそ多いが、振るった経験はない。それと同時に意図的でないにしても、道行く人に恐怖を与えたのも事実。最早罰を受けるしかないか。公太が諦めようとしたその瞬間


 「異議あり!!」


 取調室の扉がバンと開かれ、高らかに異議申し立てた少女が入室。その様は逆転により無罪を掴み取るギザギザ頭の弁護士を思わせる。


 「ち、千尋……。それに室井さんも……」

 「何だこの子は……。森川、外に出してくれ」

 寺田が後輩にそう命じるが、その後輩は動けずにいる。

 「おい、どうした? 森川」

 「む、室井沙耶香……」

 森川は千尋を微笑まし気に見守る室井を指差し震えた声をあげる。その声によって室井も森川に気が付き、そしてはたちまち喜色満面に。


 「やあ、これは莉菜ちゃんじゃないですか。お久しゅうございます」

 室井は腰を折り、丁寧に挨拶。

 「え、室井さん、この刑事さんと知り合いなんですか?」

 「ええ、そうです。中学生時、3年間同じクラスだったんです。……ああ、そうですね!」

 過去を懐かしむ室井は何かを思い出したようにポンと手を打つ。


 「莉菜ちゃん警察官になったんですね。そういえば2年生の時、巨悪と……もがもが」

 「莉菜ちゃんって言うなっつーのッ!」

 森川は顔を真っ赤にしながら室井の口を抑えに行った。どうやら過去に何かあったらしいが、それは森川にとっては触れられたくない過去らしい。中学2年生という学年から察するべきだろう。公太はそれを武士の情けで見逃すことにした。


 「まあまあ、室井さん苦しそうだし離してあげてくださいよ莉菜ちゃん」

 「そうだぞ、警察官が人殺しなんて笑えないぞ莉菜ちゃん」

 「アンタらに莉菜ちゃんとか言われたくないんですけど!」

 森川は無礼な容疑者と無礼な先輩の言葉をバッサリ切ると、元同級生をようやく解放する。


 「……で何でしたっけ?」

 すると一同の視線は少しの間宙を彷徨うと、揃って入り口付近へ。そこには指をビシッと突き付けたポーズのまま固まる千尋の姿が。一同の視線が集まったのを確認すると千尋は悔しそうに地団駄を踏み始める。

 「私の格好良い場面だったのにいッ! 室井の馬鹿あッ! 公太のスケベ!」

 「ああ、申し訳ございません! 旧友との再会にテンションが上がってしまいました。私が馬鹿でした! 花巻君がドスケベでした! それともっと言ってください!」

 「……なんで俺の悪口だけ微妙にパワーアップしてんの? つーか、俺あんまり悪くなくね?」

 それに一番スケベなのは千尋に怒られて頬を染めながら追撃を懇願している室井だと思うが、それは今更な気もする。

 場が妙な空気になったのを察してか、恐らく年長者であろう寺田が咳払いをしたのちに話を元に戻す。


 「異議あり、と言ったが、どの辺が変なのかな?」

 その寺田の言葉にはどことなく小さな子を見守るような生温かさがあった。千尋はそれを敏感に感じ取ったのかちょっぴりムッとした表情。

 「だって公太悪いことしてないもん」

 そういう拗ねた表情が子供っぽいんだぞ! と言いたくなるが、思わぬ助け舟である。

 「おい、千尋どういうことなんだってばよ?」

 「何で公太が聞いてくるの……? あ、そっか記憶ないんだっけ……」

 そういうもの悲し気な目で人を見るのは止めて欲しい。自分が悪いことはもう十分分かったから……。もうやめて! 公太のライフはとっくにゼロよ!


 公太の心の叫びが聞こえたのか千尋は溜息をついて話を続ける。

 「さっきこっそりここに忍び込んで話は盗み聞きさせてもらったよ」

 いきなりの問題発言だが、もう今更とばかりに聞き流される。

 「問題になっているのは公太が暴れまわっていたことと、公太に婦女……えーと何だっけ……あ、そうそう! 婦女暴行未遂の疑いがあること! 間違いないよね!」

 途中室井に耳打ちをされているのにどうしてそんな自信満々になれるのかは分からないが、一応間違えたことは言っていないのでその場にいる皆が首肯。


 「その通りだが、それらを否定する根拠はキミにあるのか?」

 「うん、まあ暴れまわったのは事実だろうから後半の方だけね。だから公太、前半の方の処分はしっかり受けてね」

 「それをやったのは俺だけじゃないんだが……いや、いい。この際助かればいいや……」

 もしかして一番極悪なのってここまでやっているのに一向に姿を現さないマスターと立花なのではないだろうか。あの2人絶対後でしばく!

 公太が物騒な決意を固めていると千尋は自分の持つ材料を話し出す。

 「さっきから公太も言っているように、公太……というか私達はCafe Off Sideのお手伝いをしていたの。公太の奇行はまあその過程だね。あれはおにぎりの化け物じゃなくって一応はマスコットキャラクターのサルボボ君。あれを着て集客しようとしてたってわけ」

 その横で援護射撃をするかのように室井はウンウンと頷いている。

 「さるぼぼではなく、サカボル君です。千尋様」

 「あ、いっけね!」

 日本で有名な猿をかたどった人形と、梟市という狭い空間ですら知られず痴漢と勘違いされるサカボル君を間違えるのは流石にまずいと判断したのか室井がまたも耳打ちし、千尋も自分の額をピシッと叩く。

 「サカボル君……あー、なるほどサッカーボールね。日本サッカー協会とかに訴えられそうだな。……まあいいや。なるほど。だが、目撃者は確かにそのサカボル君に襲われたと言っているよ。なあ、森川」

 「ええ、サカボル君が女性に詰め寄ったという目撃情報が数件あります。現に私にも猛スピードで迫ってきました」

 その返答を聞くと千尋は満足げに頷く。

 「根拠となっているのは目撃情報のみ。だったらこれならどう? ……ってあれ? 室井ぃ、これどうすればいいのぉ?」


 ドヤ顔で自身のスマホを取り出した千尋だが、たちまち操作法が分からず涙顔で室井に助けを求める。イマイチ決まらないお嬢様だ。

 室井の助けを経て千尋はようやく証拠のブツを見せる。


 「これは……動画?」

 画面を覗き込む2人の刑事の表情は険しくなる。

 「私達も公太が無茶しないか確認しつつ、お店のSNS用に動画を撮ってたの」

 公太もその動画を覗き込むが、確かに女性にばかり近づいて行ってる。しかし、無情にも差し出したチラシを一瞥するだけで受け取ってもらえなかったり、挙句の果てには近づいていっただけで『きゃああッ、化け物~ッ』と悲鳴をあげられる始末。

 「例の目撃者達はこれを見て襲っていると俺達に証言したのか」

 「それもそうなんだけど、千尋と室井さんが俺の不幸を見てかプークスクスと笑ってる声が気になるんだけど……」

 「気のせいだね」「気のせいです」

 「あ、こっからは私達も見たかもしれませんね」

 森川がそう言うと画面の中の公太は呆然と逃げられた女性達の背中を見送ると悔しそうに手足をばたつかせた。すると、

 『えー、そこの暴れ回っている人? 警察です。直ちに止めなさい。迷惑です』

 という野太い声が。寺田の声である。だが、画面上の公太にはそんな野太い声など届かない。

 そして数秒後に『そこのおにぎりみたいなキミ! 警察だ! 通報が来ているぞ! そこで暴れるのは止めたまえッ!』と先ほどよりひときわ大きな声が聞こえるが、同様である。

 「あー……俺刑事さんのことシカトしてたんですね。なんかすみません。へへッ」

 「シカトとか言うな! 傷つくだろ!」

 「ほら静かにして」

 公太と寺田を千尋が窘めていると、

 『警察です。そこのおにぎり? みたいな人? 通報が来ていますよ。大人しくしてください』

 控えめな大きさの女性の声――森川の声が届くとまるで魔法が掛かったかのように公太はぐりんとそちらへ目を向ける。そのまま森川の姿を認めると勢いよく駆け出し接近。だが、森川はそんな公太の動きに臆することなく懐に入り込み、あっさり投げ飛ばし、公太は壁に叩きつけられることになった。

 『あ、公太投げられてるよ。ぷふッ!』

 『ち、千尋様……笑っひゃダメです……ふふ』

 その声と共に映像が終わった。これが今回の騒動の一部始終である。

 画面から目を離すと寺田がうむと小さく頷く。

 「……なるほど、キミが言いたいことは分かった。我々は目撃証言をもとに花巻君を問い詰めていた。だが、その目撃証言は意図的でないにしても誇張されたものだった。そういうわけだな」

 「あのアーケード街、監視カメラ付いてませんしね」

 2人の刑事の言葉に千尋は満足げに頷く。

 「そう、つまり公太はただアホみたいにはしゃいでいただけで、実際は女性に暴行するどころか相手にもされていなかったってのが実態だよ」

 千尋が厳然たる事実を口にするのを公太は恨めし気に見る。

 「ねえ、これってここまでわかってたんならすぐに助けに来れたんじゃないの? え、なにこれイジメ?」

 「違うよ。この後私達笑い転げちゃってしばらく動けなくて気が付いたら公太がどこにもいなくなってたんだよ」

 「なおのこと悪いじゃねーか!」

 公太がちっくしょーい! と地団駄を踏んでいると、室井がまあまあと宥めようとするが、その口元が緩みまくっているのを見逃してはならない。


 「すみません、何だかコントみたいだったのでつい……ふふッ! でも今から雲隠れしていたマスター達も来て事情説明してくれるみたいなので……ね」

 「まあこういうことなら、一応改めて調べさせてもらうが、注意という形にはなるかな。ただ、人様には迷惑をあまり掛けないように」

 こうして公太はブタ箱行きを免れた。

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