2章ー② お嬢様、世界を見る

 Cafe Off Sideはお店の立て直しのための緊急ミーティングを開くべく、臨時休業となった。元からお客が少ない以上は問題ないという悲しい事情からの判断である。


 そのまま店内を会場として、ホワイトボードを引っ張ってきて、議題【お店を立て直すにはどうしたら良いか】でミーティングを開始。参加者はマスター、立花の関係者2人。そして、公太、千尋、室井という臨時助っ人3人の計5人。


 「すくなッ!」

 思わずといった感じで千尋が声をあげる。

 「その、他の従業員の方は本日は休みですか?」

 室井がおずおずといった様子で挙手して問い掛けると、マスターは悲しげに目を伏せる。

 「皆辞めちゃった……」

 ミーティング開始してすぐにネガティブ情報が追加された。

 「ま、まあとりあえずミーティング始めましょうか!」

 お通夜みたいな空気を見かねて司会役を担う立花が盛り上げようと手をパンパン叩く。


 「……えーと、それで、どうやって進めましょう?」

 「とりあえずは私達はこのお店についてはそんなに詳しくないので状況を知りたいですね。マスターお願いして良いですか?」

 司会を始めて10秒足らずで小首を傾げた立花に代わって、室井がマスターへと話を振る。マスターはふむと暫し考えると思い出す様にゆっくりと口を開く。

 「ここは2017年頃から始めたんだよ。当時、僕は一般的な社会人だった。サプリメント開発会社で勤めていた。でもそこでは上司の指示は絶対。上司が右と言ったら右。左と言ったら左。隠蔽と言ったら隠蔽。そんなごくありふれた社会人としての生活を送っていたんだ」

 そんなブラックな生活がごくありふれていてたまるか。その場にいた誰もがそう思ったが、話の腰を折りかねないので沈黙することで先を促す。


 「そんな生活を5年くらい送って僕は思ったんだよ。『このまま上司に言われるがまま振り回されていていいのか?』ってね。幸か不幸か働いて寝に帰るだけの生活だったから貯金もあった。だから、カフェを始めようと思ったんだ」

 「へえ、カフェが夢だったんですか?」

 現在自分の夢が見つからないという悩みを抱える千尋は好奇心を隠そうとせずに聞く。

 「いや、ぶっちゃけ興味なかった。カフェで繁盛すればモテると思ったんだ。丁度彼女もいなかったしね」

 「あ、そうですか」

 千尋の目がシラッと細められたのを見て、マスターはゲフンゲフンと咳払い。


 「……まあ、自分の店を持つこと自体が夢だったのは事実だ。そこでカフェを始めたらまさかの第三次タピオカブーム。全力で乗っかったね」

 そういえば公太が高校生の頃にタピオカブームが来ていた。クラスの男子(チャラ男)が「俺の彼女タピオカチャレンジできるんだぜ〜ッ」と聞いてもいない自慢をしてきてぶん殴ってやろうかと思ったことを思い出した。――凄いのはお前じゃなくって彼女だっつーのッ!!

 「……公太、何で急に地団駄踏んでるの?」

 「きっと昔を思い出してるんだよ。そっとしといてあげな」

 千尋と立花がそれぞれ公太に対して訝しげな視線を向けているとマスターはまだ続ける。

 「その時はここにも行列が出来るくらいだったんだよ。でもタピオカブームが下火になると同時にこの店もどんどん客が減っていっちゃってるってわけさ。ついでに従業員もね……」


 「ふぅん、そういう経緯があるんだね。そういえば気になってたけど、立花君は何でここに就職したの?」

 会ったばかりの年上に対して君付けでタメ口の千尋だが、立花は特に気に留めた様子もない。冷静に考えれば公太は会ったその日からタメ口+呼び捨てである。


 「うーん、それがイマイチ思い出せないんだよね。就活上手くいかなくて呑んだくれてたらマスターとたまたまバーで会って、マスターに奢りだと言われて浴びるほど呑んだその翌日には何故か就職が決まってたんだよな」


 立花の説明に公太はポンと手を打つ。

 「あー、あったあった。確かお前のそれ、【梟市の奇跡】とか弄られてたよな」

 「いやー、立花くんはちゃーんと自分の意思でハンコを押してくれたんだよ」

 「ですよねー」

 マスターと揃って2人はハッハッハと笑っているが、マスターがサプリメント開発会社の出身だということを忘れてはいけない。話を盛るどころか違うものを盛られている可能性には公太と立花馬鹿2人の粗忽さでは辿り着きようがない。

 不穏な空気を払うべく、室井がごほんと咳払い。そして、いつの間にか司会兼書記役を代わったのか「従業員2人」、「タピオカが得意?」の文字をホワイトボードに書き加える。


 今度は公太が挙手をする。

 「じゃあ、花巻君」

 「はい。えっと、タピオカ店でもカフェでも良いんだけど、競合している店ってありますか?」

 「もちろん」マスターは難しい表情でその疑問に答える。

 「スタバだったり、ドトールだったり、ベックスだったりカフェならチェーン店をはじめ、何でもあるかな。タピオカ店も以前ほどでないにしても本場台湾の味を完全再現とか、オリジナルメニューを作ってとかで踏ん張ってるってのが現状だな」

 「へえ、まあスタバとかに真っ向勝負するのは難しいにしても、他のタピオカ店がやっているみたいにオリジナルメニューの考案とか良いんじゃないですか?」

 その公太の提案にマスターは表情を暗くする。

 「前にはやりましたが、ダメでした。普通のミルクティーよりミルク多めにしてタピオカ入れるサッカーボールタピオカというものを……」

 「…………」それって普通のタピオカミルクティーとさして変わらないのでは?

 とりあえず、全く何もやっていないというわけでもないようだ。「サッカーボールタピオカ以前にやったが、振るわず」という文言が加えられる。


 「ハイ、ハイッ!!」

 今度は千尋が授業参観の時の小学生のような張り切りぶりを見せて元気よく挙手。室井はその可愛らしい姿に子供の相手もお手の物のベテラン教師の如くにこやかに対応。

 「千尋様どうぞ」

 「うん! でも実際メニュー自体は良いんじゃないかと思うんだよね」

 「えッ! 本当かい!?」

 千尋の発言にマスターは浮足立つ。店名の由来からも察するにマスターは味には拘りを持っている。

 「うん、まあまあ普通にぼちぼち美味しいよ」

 「……あ、ありがとう……」

 素直に喜びづらい千尋のコメントにマスターの笑顔は引き攣ったものになる。


 「千尋様は普段召し上がっている物がアレなので……」

 気遣い上手の室井がフォローを挟む。確かに世界的なお嬢様の千尋は毎日高級な食材に一流のシェフが腕を振るったものを口にしているのだ。それが標準なのであれば必然的に味の評価は厳しくなる。それを踏まえればマスターの料理の腕は十分だとも言えるだろう。現に公太はなかなか美味いと感じていたのだ。


 「サッカーボールタピオカとやらはともかくとして、メニューも豊富ですもんね。しっかり認知されていないということも考えられるのでは?」

 室井はそう言いながら、スマホをすいすい弄る。

 「やはりそうですね」

 室井が自分のスマホの画面を皆が見えるように見せつける。そこに表示されているのは「Cafe Off Side 梟市」と検索結果で、食べログのコメント欄を見てみるとタピオカと思われているではないか。

 マスターはこれを見て渋い表情を浮かべる。


 「これってタピオカブームに乗っかって、サッカーボールタピオカとかを前面に押し出したことによるものってこと?」

 「その可能性は高いと思われます。天月コーポレーションでも新事業を始める際には昭仁様はコンセプトについてはかなり口酸っぱく仰ります。それだけ一度植え付けられたイメージを取り払うのが難しいってことでしょう」

 「うわ、これ見れば一目瞭然なのに……。低評価が怖くて今まで見てなかったからなあ」

 マスターが頭を掻きながら後悔を口にする。確かに昨今スマホやSNSの普及で誰もが簡単に世界に向けて発信することが出来るようになり便利になった反面、誹謗中傷も増えている。著名人が誹謗中傷によって心の調子を崩してしまうことも以前よりよく聞くようになった。

 「でもこれって裏を返せばそこさえどうにかすればこの状況も変わるってことだよね?」

 一見能天気とも取れる千尋の発言だが、確かにその可能性はある。室井はしっかりと頷く。

 「仰る通りです。この認識さえ塗り替えることができれば、状況は変わるかもしれません」

 千尋の言葉を受け、室井は「タピオカ専門店という認識の塗り替え」の文言を加える。


 すると立花もポンと手を打つ。

 「それこそネットとか使うべきじゃないですか? Twitterやインスタにフードやドリンクの写真載せてみれば良いんじゃないですか?」

 ネットの影響力を上手く活用しようという案はこの時代欠かせないものだろう。公太もその必要性を踏まえたうえで付け足しをする。

 「それだけだと弱いかもしれないな。今やこのSNSの時代どこもかしこも同じようなことをやってるだろ。それだとその他の投稿に埋もれかねない」


 公太の意見に立花は困り顔になりながらも思案する。

 「む、確かにそうだな……。つまり+αの何かが欲しいってとこだな。……そうだ、花巻。名案がある。お前上半身裸で突っ走ってこいよ」

 「何サラッと人を餌にしようとしてんだよ。それに炎上商法は長続きしないだろ」

 というより公太が社会的に死ぬ可能性すらある。流石にいくら仕事といえど、人様のために自分の身を滅ぼしたくはない。


 「でも、注目を集める為には他と違うことをやらないといけないんだよね? そうなると多少は派手なことは必要なんじゃないかな? 知らんけど」

 千尋が分からないなりに何とかしようと意見を述べる。驚いたことに立花の今の意見に肯定的な姿勢を見せた。

 「え、つまり千尋、お前が脱いでくれるの?」

 「んなわけないでしょ!」

 「チッ、んだよ! つまんねーの!」

 ……花巻公太、自分は身体を張らない癖に実にサイテーな姿勢である。

 「そうじゃなくって。インパクトあるようなことは必要だよねってことが言いたかっただけだから! このセクハラ野郎!」

 「ふむ、そういうことか。うーん、インパクトね……」

 全く堪えていないセクハラ野郎は頭を捻るがアイデアが湧いて来ない。


 「あ、マスター。アレとかいいんじゃないすか?」

 立花が指を弾く。

 「アレ?」

 「あの倉庫にしまってあるやつですよ! アレなら結構インパクトあるんじゃないですか?」

 「! アレか! ちょっと出してみるか! 立花君、それと花巻君――いや、セクハラ野郎も手伝ってくれ」

 言い直した意味がよく分からないがこの際気にしないことにする。

 「了解」

 どうやら体力仕事の様だ。これは得意分野だ。寧ろこれくらいしかできないまでもある。

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