プロローグ② 青年、令嬢と出会う。

「ふーん、花巻公太君って言うんだ。じゃあ公太って呼ぶね。特別に私のことも千尋様って呼んでいいよ」

 「いや、特別にってなんだよ。普通に千尋って呼ぶからな」

 公太の腹の虫の鳴き声により、公太と千尋の2人は某全国チェーンのファミレスで向かい合っている。

 「そういえば、千尋の苗字って、天月って言ったよな。それってどこかで――」

 「お待たせしました。ご注文いただいたハンバーグステーキセットとチキンステーキセットです」

 気になることを尋ねようと思ったところで注文が届き、遮られてしまった。まあ、いい。まずは腹ごしらえだ。


 空腹だった公太はハンバーグステーキセットにがっつく。一方、千尋は気品を感じる所作でゆっくりとチキンステーキセットへ意外にもご飯は大盛りだ。ボチボチ食べ終わりそうなところで千尋がそれとなく話しかけてくる。


 「そういえば、公太っていくつ?」

 「22だけど」

 「え、私より年上なんだ。まあ、いっか」

 何がまあいいのかは知らないが、自分はこの女に舐められている。公太はそう確信した。


 「22でスーツってことは就活生?」

 「うッ!……ゲホゴホ……ッ!」

 千尋の悪気ない問いは公太のメンタルを容赦なく削った。

 「ちょっとどうしたのさ、大丈夫?」

 「大丈夫ダイジョーブ……えとね、就活生……ではないかな」

 「ん? それなのに何で22歳の男がこんな平日の昼間から繁華街をブラついてるのさ」 

 ――本当に容赦ないな、コイツ!

 しかし、ここで変な見栄を張っても意味がない気がするので、公太は自分の身に降りかかった出来事を話すことにした。


 「ご注文いただいた、ヨーグルトパフェとチョコバナナジャンボパフェでーす」

 話しながら頼んだデザートが届くと、千尋は自分のヨーグルトパフェを一口分スプーンですくうと美味しそうに食べてから口を開く。

 「なーんだ、やっぱり無職だったのか」

 「やっぱりとはなんだ、やっぱりとは。そういう千尋はどうなんだよ? 俺より年下ってことは学生だろ? こんな平日に何やってるんだよ」

 公太が言い返すと、何故か千尋はふう、やれやれだぜと欧米人のごとく大袈裟に肩を竦める。

 「公太、甘いよ。このヨーグルトパフェより甘い。確かに私は19歳。だけどね、私が未成年で可愛いからって学生とは限らないのだよ」

 「自分で可愛いって言うなよ」

 「え、私可愛くない?」

 「…………」確かに可愛いが話の腰が折れるので公太はその問いかけを黙殺して気になる問いをぶつける。

 「つまり、千尋は働いているってこと? こんなとこでパフェ食ってて大丈夫かよ」

 「んにゃ、働いてないよ。だから甘いって言ってるじゃん。私が可愛いくて学生じゃないからって働いているって考えるのは浅はか過ぎない?」

 「……ちょっと待て。つまり、千尋も無職ってこと?」


 公太がそう言うと、千尋は心外だと言わんばかりに唇を尖らせる。

 「はあ? 馬鹿にしないで。公太と一緒にしないでくれる? 公太は暴力行為による無職。私は敢えてそっちの道を選択した選択的無職。これには天と地ほどの差があるんだよ」

 「いやいやいや、そんな選択的無職なんて言葉聞いたことねーよ」

 なんでこいつはさっきから偉そうなのか。むしろ自ら望んで働いていないという点から千尋の方が質が悪いのではないか。


 「言っておくけど、私は働こうと思えば、いくらでも就職できるんだからね。用意された道を進んでいくのが嫌だったんだし」

 「ちょっと待った。そういえばさっきも聞こうと思ってたけど、千尋の“天月”って苗字どっかで聞くか見るかしたことがあるんだよな……」

 天月、あまつき、アマツキ……公太は自身の脳をフル回転。そして、千尋の発言や所作から一つの答えへと行き着く。


 「も、もしかして、千尋って天月コーポレーションの!? ……もがッ!」

 驚きのあまり大きな声を出しかけた公太の迂闊な口を千尋はチョコバナナジャンボパフェのバナナを口にツッコむことで塞ぐというやや乱暴な手段を行使。

 「大きな声出さないでよ」

 「わ、悪い……ごくり」

 バナナを飲み込んだ公太は驚きを隠せない。

 天月コーポレーションといえば、この梟市……いや、日本中でも知らない人はいないと言えるであろう大企業。

 金融、食品、家具、電化製品、医療、出版、スポーツと見境なく……もとい、多角的に手を広げて世界中を支えている押しも押されもしない世界的にその名を轟かせている。


 代表取締役社長の名が天月昭仁あまつきあきひと。テレビにも出てくるので公太も何度かその姿を見たことがあるが、彼の年齢的にハタチ前後の子供がいてもおかしくない。

 「ちょっと待て。レールの上が嫌だってことはもしかして望めばいつでも天月コーポレーションに入ることができるってこと?」

 公太の素朴な問いかけに千尋はつまんなそうに答える。

 「だからそうだって言ってるじゃない。私一人娘だし、いきなり幹部とかもありうるかもね」

 「まっじかよ……ッ!」

 公太は思わず頭を抱える。ちょっと裕福な知人はいたこともあるが、このレベルは初めて……というか規格外である。

 天月コーポレーションという誰でも知っているような会社はそれだけ競争率も激しく、公太のような身体の丈夫さのみがウリでは箸にも棒にも掛からない。

 「う、羨ましい……」

 思わずそんな本音が零れる。

 「そうでもないよ」

 さっきまでとは異なる千尋の声色。それはどこか憂いを帯びている。

 「幼稚園から入る大学、会社、結婚相手まで決められているんだよ。最初は楽でいーやって思ってたけど、急に自分の力で何か成し遂げないとって思ってね。だから中学生ぐらいから何回も家出したりしたんだけど、なかなか上手くいかなくてね」


 なるほど、金持ちには金持ちの悩みがあるってことか。それにしても思っていたよりこの天月千尋という女はパワフルだ。

 「しかも、これ室井――私が仲良くしてる秘書の人から聞いたことなんだけど、私が何回も家出しているし、行かされた大学勝手に辞めちゃったからお父さんも堪忍袋の緒が切れたみたいで。会社内でプロジェクトを立ち上げたらしいの」

 「プロジェクト……?」

 あれ、家庭内の問題の話じゃなかったっけ?

 「そう、【千尋ちゃんをパパのもとへ】だって」

 「…………」

 公太の中で会ったこともない天月昭仁氏の評価は、〈大企業天月コーポレーションの代表取締役〉から〈子離れできないアホなオッサン〉へとなり下がった。完全に会社を私物化してしまっているではないか。

 「おいおい、そんなの誰もついてこないだろ」

 「いや、結構ついてきているみたいよ。ほら、私可愛いし」

 ふふん、と胸を張る千尋。天月コーポレーション、馬鹿ばっかりである。

 呆れかえる公太をきらりと輝く瞳で見据えながら、千尋は人差し指を立てる。

 「そこで提案なんだけど、公太って今仕事探しているんだよね?」

 「? ああ、まあな。自慢じゃないが、絶賛無職だ」

 本当に自慢にならないね、と失敬極まりないことを言いながらも千尋はニヤリと笑う。


 「今、天月コーポレーションではそのアホなプロジェクトが立ち上がったこともあって、今人手不足なの。そこで公太、天月コーポレーションで就職する気ない?」

 「はあッ!? 俺が!? 天月コーポレーションに!?」

 自ら指差しながらびっくり仰天の公太に千尋は頷いて返す。

 「オイオイまじかよ……」

 繰り返しになるが、天月コーポレーションは世界的な大企業。

 かなり残念な実態を聞かされはしたものの、相当な社会的なステータスになるのは間違いがない。公太からしたら渡りに船である。伊達に22年も生きていない。こういった上手い話には必ず裏がある。


 「疑っているみたいだね。でも、大丈夫ダイジョーブ。だからとりあえず頷いておこうよ。もし、頷いてくれたら、〈お礼〉するよ……?」

 千尋は先ほどのリフレインのように甘い艶やかな声で公太を誘惑。しかし、同じ手に2度引っかかるほど公太もアホではない。そう、ちょっと鼻血が出そうになっただけである。

 「いやいやいや! 絶対、ぜーったい怪しいッ! 狙いはなんだ!? 目的は何だ!?」

 自らの邪な妄想を無理やり断ち切るかのように勢い込む公太だが、同じようなことを聞いている時点で妄想を掻き立てていたことが駄々洩れである。

 「うーん、動揺はしても流石に流されないか……。分かった、教えてあげる。私の目的を」

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