パンピー君とお嬢様の虹色の日々
尻筋つい太
プロローグ① 青年、令嬢と出会う。
それは、あの「不苦労」から幸福の象徴とされる梟から由来されて名付けられた地方都市。そんな素敵なネーミングの地域に住んでいる人々が苦労せずに幸福かと言われるとそれは違うとハッキリと言えるだろう。ソースはその梟市の繁華街を1人でトボトボと歩いている
「くそッ! 俺より幸せそうな奴全員許せねえ……」
物騒な独り言を呟く彼の周りに人はいない。至極当然である。
しかし、彼が荒れるのも無理はない。彼はクビを切られたばかりの22歳男子。季節は春。
そう、公太は大学卒業後新卒として入社した会社を僅か2週間でクビになったのだ。
*
公太は高校まではバロンドールを目指すサッカー少年だった。しかし、高校までサッカーをやりつくした彼は燃え尽き、ロクに受験勉強などせずに入学することになったのがフクロウ大学である。
その名前の通り、梟市にある大学で入学試験において氏名さえ間違えなければ、不苦労で入学できるという将来有望な若者達にとっては良心的(?)な特徴を兼ね備えた大学である。
しかし、入学してからもバイトやら友人に誘われて入ったフットサルサークルやらやっていたらあっという間に就職活動の時期になっていた。
大学生活は何やかんやで楽しんでいた。しかし、このままではイカン、何か成し遂げなければと若者にありがちな壮大且つ具体性に欠ける野望を秘め、彼は就職活動に精を出した。その結果、梟市の地方銀行――フクロウ銀行に就職するという特別に優れたわけではないが、十分立派だと言えるであろう成果を挙げたのだ。
それを実家の両親に電話で報告すると、
『……面接官の弱みでも握ったの? 母さんにだけは本当のことを言って』と母。
『俺にも催眠術教えてくれよ。むふッ』と父。
よほど信用がなかったらしい。この人達本当に親か?(父の言葉からは危険を感じたので母に報告しておいた)
まあ、こんな親でも自分を生んで育ててくれたことには違いない。初任給でも出たら旨いお店にでも連れて行こうと思っていたらこのザマである。
原因は暴力行為。研修も終えていよいよこれからという時にやらかしてしまった。
共に配属された同期の女性社員が窓口に出た際に、お客と思しき中年の男に執拗に叱責を受けていた。ロビー中に響き渡るような大きな声なので嫌でも内容は耳に入ってきた。
どうやら、高額の手続きだった為に本人確認のできる書類の提示と使途を尋ねたことが気に入らなかったようだ。
そういうお客もいることは事前に研修で聞いていたし、最初は同情するにとどめるつもりだった。実際に上司が間に入って、その場を収めようとしていた。
しかし、その男は聞く耳を持つ様子はなく、その怒鳴り声の内容は段々とその同期の人格否定や、容姿に対する言葉へと変わっていった。
同期は唇をキュッと結び、ひたすら耐えていた。しかし、
『こんな学生気分の抜けない奴に仕事されるのこっちにとっても迷惑なんだよ』
その一言で、張り詰めていた糸が切れてしまったのだろう。その同期の瞳から涙が一筋流れた時には身体が動いていた。
公太は軽い身のこなしで窓口カウンターを両手を使って飛び越え、そのまま男の顔面に蹴りを叩き込んでいた。
その現場はその場に居合わせた上司やその同期はじめ、他のお客にも見られていた以上、言い訳などできない。しかもその男、どうやらなかなかのお偉いさんのようで、様々なところに顔が利くらしい。道理で上司がへこへこしていたわけだ。
公太は文句なしの一発退場――すなわち、クビとなった。
*
こうして公太はいきなり無職となったわけだが、2週間とはいえ社会人として奮闘した中でこんな平日に時間があるということに強烈に違和感を覚える。
だから真っ昼間からあてもなく繁華街をぶらつくという無意味な時間の使い方をするのも無理はないだろう。
今後どうすべきかをぼんやりと考えてみるが、とりあえずは可及的速やかに職を探さねばなるまい。
なるべく残業はないところで、手取りは25万くらい。有休も30日くらいは取れれば文句はあるまい。
暴力沙汰を起こしてクビになったばかりとは思えないこの厚かましさ。これは彼の長所の1つなのかもしれない。
「やめてよッ!」
そんな妄想を断ち切ったのはよく通る女の声。
その声の聞こえてきた方へ目を向けると、さっきの声の主であろう女を男3人が囲っていた。
囲っている男3人は皆お世辞にも柄が良いとは言えない。髪は明るく染め上げられており、刺青を入れている。へらへらとあまり品の良くない目で囲っている女を舐めるように見ていた。
ここは繁華街。もしかしたらナンパしているのかもしれない。3人がかりでいくとは仮に「ええ、いいですよ」と言われたとしてもその後3人で揉めるだろうに、と殆ど野次馬気分で公太はその中心にいる女を見てみる。
「――ッ!?」
彼は思わず目を見開いた。
その女の見た目があまりに公太の好みドストライクだったからである。
体型は小柄だが、姿勢によるものかスタイルはやけによく見える。真っ黒な肩甲骨ほどの長さの黒髪は天使の輪が浮かんでいるが、顔は全体的に気位の高い猫を連想させる。アーモンド形の大きな瞳、ツンとした高い鼻、桜色の唇の全てが最適なバランスで配置されている。
そんな風にまじまじと見ていたからか、その女とバッチリ目が合う。……気のせいだろうか、その瞬間女が悪い顔になったような気がして、公太は背中に悪寒が走る。
「あーッ、やっと来てくれたんだねダーリン!」
これが漫画なら『きゅるーんっ』という効果音と共に語尾にハートマークが付くであろうキャンディボイスである。さっき啖呵を切っていた女と同一人物の声とは思えない。
「…………」
恐らく目が合ったタイミング的に公太のことを指してダーリンと言ったのだろうが、猛烈に嫌な予感がしたので、公太は何も見なかったし聞こえなかったことにして踵を返すことに――しようとしたが、そうはいかなかった。何時の間にか彼女は公太の傍まで来てがしっと腕を組んできた。
「お、おい!」
抗議の視線を向ける公太に対して、その女は彼の方を見もせずに小声で言う。
「私は
天月千尋と名乗った彼女の目は真剣そのもの。一瞬、その名前に引っ掛かりを覚えたが、目の前から敵意を剥き出しの視線を感じ、そちらへと注意を向ける。
自分達が3人がかりでお近づきになろうとした相手が急に現れた男がさらった形だ。ナンパ3人組からしたら面白くないだろう。しかも、これほどの美女。そうそう出会えるものではない。
公太からしても美女に懇願されて悪い気はしないし、助けたいのは山々だが、どうも気乗りしない。それは職を失ったショックによるものか、展開の早さについていけない等様々な理由があるが、最も大きな引っ掛かりが言語化できない。だから粗忽な彼にしては珍しく慎重な態度になっていたのだ。
「ねえ……助けてくれたら、お礼……するよ?」
そんな公太の胸中の迷いを見透かしたかのような甘い艶っぽい声。こういう場面での〈お礼〉という言葉から彼が何を連想したかは定かでないが、彼が健康的な22歳の男である点と伸びた鼻の下から察するところである。
「はい、よろこんでーーーッ!」
居酒屋店員の如く声を上げながら、公太は千尋を自身の背中に隠れさせ、ナンパ3人組の前に立ち塞がる。
「やいやいやい、俺の女が嫌がってるのがわかんねーのか! このナンパ野郎どもめ!」
威嚇の仕方が微妙に芝居がかっていることからも公太の浮かれ具合はよく分かる。
このような強気な姿勢は案外効果が高いようで3人組はたじろいだが、公太を睨み付けるとすぐに言葉を返してくる。
「なんだ急に出てきやがって、俺達がなんか悪いことしたかよ!?」
「そうだそうだ! 大体本当にお前の女なのかよ? 全然イケてないしな」
「ああ、怪しいぜ! 貧乏そうな身なりだしな!」
好き勝手な言われように公太はちょっぴり傷ついた。
背後から千尋が「確かに……フフッ」と口元を抑えている。――おい、お前を助けているんだからな?
彼が無職となったあの時のように鉄拳制裁という手段も考えたが、周囲からの注目が集まってきているのでそういうわけにもいかない。ここは彼らにどうにか諦めてもらおう。そして何よりも〈お礼〉の為には低いリスクでこの場を切り抜けてみせなければ! こうなったら――!
覚悟を固めた公太はキリっと表情を引き締める。
その表情の変化を察してか、3人組の警戒感も高まる。そして、
「すんませーーーーーーーーーんッ!!」
公太は両手、両膝、おでこを地面にこすりつける。つまりは土下座である。
「色々不満はあるかもしれないと思うんですけど、この子は俺の女なんですうッ! さっきは調子こいた感じで色々言ってマジすんませんでしたあッ!」
ナンパ3人組は明らかに戸惑っている。それはそうだ。敵意剥き出しで現れた男がいきなり下手に出ているのだから。
公太も本当はこんなことしたくないが、穏便に物事を済ませるため、そして何より〈お礼〉(性欲)の為なら頭の1つや2つ地面にいくらでもこすりつける所存。こんなにも格好悪い土下座はあるまい。
冷静に考えれば情緒がバグっているとしか思えない行動だが、このような行動にもしっかり意味がある。周りの空気が変わった。
「おいおい、あの兄ちゃん好き勝手言われてたのに土下座しているよ」
「なんか、ちょっとかわいそうだな……」
「女を守るためにか……漢だぜ」
女を守るどころか、性欲が自分を突き動かしているのはちょっと気が引けるが、周りを味方に引き込むことができた。空気は完全にホームである。
「や、やめろよ! 俺達が悪いみたいじゃんか!」
3人組の中でもリーダー格っぽい男がキョロキョロしながら居心地悪そうにそう言うと「行こうぜ」とその場をそそくさと立ち去る。
それと共に野次馬たちも立ち去っていく。平日なのに暇なことだ。
周りに人の気配がなくなるのを確認してから公太はゆっくりと立ち上がると、千尋の方へ得意げな顔を向ける。
「どうだ、追い払ってやったぜ」
「……うん、ありがとう。それじゃあ、私はここで」
千尋は軽く手を挙げてその場を立ち去ろうとする。
「いや、ちょっと待て」
「え、なにさ」
「なにさ、じゃないっつーのッ! 助けたら〈お礼〉するって言ったのそっちだろうが!」
「……あれ、ありがとう、って言わなかったっけ? それじゃあ、改めてありがとう」
「…………」
確かに〈お礼〉という言葉の意味合いとしては全く問題ない。約束を果たしたと言える。
だが、公太としては身体を張ったのだ。自分の意見を主張するくらいなら許されてもいいのではないだろうか。憮然とする公太に対して、千尋はニコリと微笑みかける。
「冗談だよ、冗談。アメリカンジョーク」
どの辺がアメリカンなのかは分からないが、とりあえず良かった。2度連続で女性を助けて酷い目に遭うだけで終わるかと思った。
「こう見えても結構怖かったんだよ。助けてくれてありがとう。それで、〈お礼〉どうする……?」
「え」
突如舞い降りてきたチャンスに公太の思考はフリーズ。
回らない頭の代わりに目が動く。艶っぽい笑みを浮かべる千尋。改めて見るとその容姿の良さが際立つ。年齢は多分公太とさして変わらないだろう。こんな美女とお近づきになれることなんてそうそう訪れるものではない。ここは繁華街。嫌でもそういう建物が目に入る。背中には冷や汗。こういった緊張感は久しぶりである。
自分の脳内に天使と悪魔がポンと出てくる。
『いけません! そんな欲望に任せた行動を取ったら両親が悲しみますよ! 貴方の黒歴史をこれ以上作ってもいいんですか!? ただでさえ恥の多い人生だというのに!」と天使。
『うへへッ! あの顔は完全に誘ってるぜッ! 据え膳ってやつだ! 大体お前程度の容姿でこの機会を逃したら、女となんか一生ねんごろになれねーよ! 鏡見てみろよ!」と悪魔。
どちらもやや辛辣すぎやしないだろうか。
「………………」
「……………………」
「…………………………」
「………………………………ぐう」
葛藤に葛藤を重ねていた公太のお腹から空腹を知らせる虫の声が。
その音は沈黙の中、しっかりと目の前の美女にも届いたようだ。
「ふふッ、それじゃあ決まりだね」
彼女の中では食事で決まったようだ。お腹を鳴らしてしまった以上はもうここから覆すことなどできない。公太はゴール前のシュートを外したサッカー選手の様にその場に項垂れた。
「ううッ! 俺の馬鹿ばかバカ!!」
自分で頭をポコポコ殴り続ける公太に千尋は怪訝そうに見ながらも笑顔で呼び掛ける。
「どうしたの? 早く行くよ!」
「……ッ!」
そんな花が咲いたような笑顔を見れたのなら、今回はこれで良かったのかもしれない。公太は何とかそう自分に言い聞かせた。でもそう思えるくらいには素敵な百点満点の笑顔だった。
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