第53話 七月一日④
少し時間がたって、心を落ち着かせながら昇吾さんと約束していた、姉を病院まで送るという第一の作戦のために半日ぶりの姉宅へ向かった。姉には前回の隠し事のせいで余計な動揺を生んでしまった為、持ちうるすべての情報を開示することにした。正夢派が再燃していること、それらの人が暴徒化する可能性があること、昇吾さんの警備会社の方々が護衛してくれること。落ち着いて聞いていても、やはり結果的には浮かない表情を浮かべていた。でも、仕方のない事だと思う。隠しているよりは、精神の負担は少ない、と思うから。
ここでまた一つ気づいたことがある。今、ここには姉を除いて女性がいないのである。僕との関係に微妙な雰囲気ができていることは、僕自身が作り出して感じているように両親も感じているとはいえ、姉の出産に経験者の母がアドバイザーとしていてもおかしくはなく、どちらかと言えば居てもらったほうが楽なのに、前々から
「一人で大丈夫よ」
といって、姉は母に仕事を休ませなかったらしい。困難にぶつかった時に親を頼れない僕と姉はどうしようもなく姉弟だと思った。
とはいえ、女性がいたほうがまだ空気が改善されることは当然の帰結に思える。もう既に、僕の脳内には一人にして唯一、顔が浮かんでいた。
そう、平造愛美である。
しかし、問題を一つだけ抱えている。僕は今しがた彼女からのラブコールを保留にした矢先なのだ。連絡もしにくい状態を自ずから作り出した手前、体裁の悪さたるやこの上ない。
この男だらけからの姉のメンタルケアと僕自身の体裁が天秤荷掛けられる。
応えは一つだった。
『あら、気が変わったの?私としては早めに返事を貰えてうれしい限りなのだけれど、一度決めたことをやりきれない男気の無さは減点対象ね』
いつも通り、平造節を炸裂させている。
『申し訳ないんだけどそれはまだ保留のままにしておいて欲しい。今日は別で頼みがあるんだ』
『えっ!告白の返事を保留にして欲しいという頼みを既に受け入れているのに、もう一つ頼みを聞いて欲しいですってっ!?
『いいわよ』
こんな時までユーモアを忘れない彼女のスタイルは、今だからこそ見習うべきで、必要であろう。
『でも、一つだけ聞いていいかしら』
既視感のあるフレーズのような気がして身構える。
『今あなたの横にいる妊婦さんの子は誰なのかしら?』
え!?なにそれ!怖い!この周囲に居るのか……。
その言葉と同時に、送迎用の車両を待つために姉と出てきていた表札の前にある電柱からそこに隠れていた見知った整った顔の女性が近づいてきた。
「ねえ、何とか言いなさいよ」
「姉貴だよ、夢を見たならわかるだろ」
とお互いにまだ電話をつなげたまま顔を付き合わせた。
「今から貴方は『君には明後日まで姉の話し相手になってほしいんだ』と言うっ!」
「君には明後日まで姉の話し相手になってほしいんだ。
「な、なにっ!?」
「現実だとやっぱり違和感があるわね」
「いや、こっちが渾身の力で乗っかったんだから冷静になるなよ。というか、なんで今更三部では完全に忘れられるジョナサンの特技をやるだよ。もう元号変わったぞ?」
「なに?ジョジョの二部は不朽の名作じゃない。失礼しちゃうわ。それにこの特技はジョナサンじゃなくてジョセフのものよ」
「あ、それはごめんなさい。知識が浅かった僕が全面的に悪いです」
「私は許しても、全国のジョジョファンがなんていうかしらね。それに、特にジョセフファンは怒り心頭でしょうね」
「え、全国に謝らなきゃいけないの、俺?」
「当り前じゃない、死にたいの?」
そんなに言う!?というより、ジョセフファンにはそんなに過激で行動的な人が多いのだろうか。まあ、ジョセフ自身は荒唐無稽でジョースター家のセオリーを無視していたりするので、同族嫌悪ならぬ同族好善(?)と言ったところなのかもしれない。
いや、でもジョセフより流石に承太郎の方が格好いいだろ……。
とはいえ、ここはポーズでも謝罪は免れられそうにない。
ジョセフファンより彼女が怖い。
「えー、全国のジョジョファンの皆様、この度はジョナサンとジョセフを間違えてしまい大変申し訳ございませんでした」
「許してくれるというお声が聞えてきたわ」
いつも通りのクオリティーの会話が逆に心地良かった。
「面白い子ね」
と、姉の反応も良かった。そのついでに含みを持った笑みをたえながら
「寄との仲もいいのかしら?」
と聞いてくる。
「「まどあう、な否ん定ででしきょなういねく?らいには」」
僕と彼女の声が被り、何を言っているか分からなかったものの、こちらも又蠱惑的な笑顔を向ける。女性と言うのはみんな悪戯っ子なのだろうか。
「話し出すタイミングが被るなんてよっぽどね。寄、お母さんには自分で言っときなさいよ」
誤解を生んでしまってはいるが、ともあれ元々の思惑通り雰囲気を変えられたのなら良しとした。
雑談に花が咲いたタイミングで、ロケバスとして使われる銀色で四角形に近い車体のコミューターがやってきた。身重の姉に手を貸しつつ、先に乗り込ませる。彼女にも一応手を貸してレディーファーストを重んじ先に乗車させる。自分自身も乗り込もうと足を車内に掛けた所、聞きなれたあの名曲がかかった。掛けてきた相手は今朝と同じだった。一度女性二人に手を合わせて謝罪を示した後電話に出る。
『やあやあ、たびたび悪いね。これじゃあ、忙しいと言ったことがまるで嘘みたいだね』
『まあ、確かに説得力はないですね』
『じゃあ、用件だけ伝えるよ。今朝伝えた論文、実はまだ続報があって、その著者はなんと日本人らしい。それこそ、みんな内容に引き付けられていたわけだし、実験の被験者も全員ドイツ人だったし、論文自体もドイツ語だったから、分からなかったんだよね。それだけじゃない。なんとその教授、今日本に戻って来てるらしくてね。日本の大学で同じ畑の教授たちと接触したことが分かってるんだ。
『その教授、名前を照間千景と言うらしいよ』
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