第52話 七月一日③

さて、一番の懸念点だった警備の解決策がこんな身近に転がっていたというのは、灯台もと暗しの好例と言うものだろう。

とはいえ、もっと身近で信頼できる少数精鋭の人手が欲しいのも本音だった。仮に暴徒化した人が僕らを襲ってきたとしても昇吾さん肝いりの警備会社の精鋭が盾となって物理攻撃からは守ってくれるだろうが、ただでさえ病み上がりのような弟とマタニティーブルーの姉のコンビのメンタルでは特殊攻撃から身を守るには心もとない事この上ない。こういう時こそ精神科医である夜田先生の手を借りたいものだが、先ほどの口ぶりからも窺えるように恐らく物理的に遠い場所に移ったようだった。

困った。元々の交友関係はSNSのアカウントが凍結したのと同様に途切れてしまっている僕が頼れる人物誰なのだろう。

そう思ってスマホでメッセージアプリを立ち上げる。

江戸川からの通知が溜まってきていた。内容は大体先生から伝えられたものと重複していたものの、彼はこれまで今日と同じように情報を提供してくれていたし、それもあの夢とそれ以前で対応が変わらなかった唯一の人間だった。だからこそ、信頼に足る気がする。そう思ったなら善は急げと思い、電話を掛ける。しかし、

ワンコールで切られた。

なぜなのだろうか?

もう一度掛けてみる。

また、ワンコールで切られた。

おかしい。

もう一度掛けようとした時、

『今、電車の中』『要件は何?』と連続で送られてきた。

大事な話ではあるので、可能であれば口頭で説明したかったものの、ここでは速度が優先だと考えたため、メッセージで伝えることを渋々自分自身に言い聞かせた。何というか『男女の告白はメッセージで済ますのはよくない』という感覚によく似ている。

『江戸川からもらった情報を聞いて、自分でも出来ることを最大限やっているところなんだけど、諸事情で交友関係が大分閉じちゃったから人手が足りなくてさ。手、貸してくれないかなと思って』

精神安定のために親しい人間が欲しいという事情は何となく文面だけでは伝えにくく一旦伏せておくことにした。交渉をするときは、小さな要求からしたほうが提案を飲みやすいと聞く。

『なるほどね』

そういうと、服を着たアシカが手をガッテンのボーズにしているスタンプが送られてくる。なぜみんなそんなにスタンプを購入しているのだろうか。

続けて

『手を貸すことに関してはやぶさかではないんだけど』

と前置きをし、

『一つ聞きたいことがあるんだ』

と送られてきた。

なにを聞かれるか見当がつかないものの、『別にいいけど、なに?』

と返答する。

『平造愛美とはどういう関係なの?』

『え、今聞く?それになんで?』

困惑から質問に質問で返すという、かつての自分が一番嫌いだった大罪に手を染めてしまった。

『この前、平造さんが青い封筒に赤い蝋封のついた手紙を入れていたのを見ちゃってさ。気になってたんだよ』

このメッセージを見た時に、僕は冷静で聡明だった。自分で自身を聡明と形容するのはなかなか思い上がりのように思えるかもしれないが、ここでは褒めても許されるだろう。何故なら、江戸川が嘘をついていることに気付けたのだから。

確か、彼女は「赤いレターセットに青いシーリングスタンプ」の手紙を入れたと話していた。その事実からするに、江戸川は手紙が二枚あることを知っていて、平造愛美の出したほうではない手紙の存在を無かったことにしようと画策していたことになる。

ここで改めてこれが電話出なかったことが悔やまれる。たとえここでそのことを追求したとしても、見なかったことにして、無かったことにされたのならば成す術がないから。ひとまず、スクリーンショットを取ってこの会話の証拠を残したのち、

『彼女が僕の下駄箱に入れた手紙は赤いレターセットに青いシーリングスタンプだったと言った。だけど僕が見た手紙は青いレターセットに赤いシーリングスタンプのもの一枚だけだった。お前、なにか知ってるな?』

そう、返信した。変身するのはあちらかもしれない。緊張するメッセージを送る気持ちを初めて感じ、メッセージで告白する人もこんな気持ちなんだろうかと心がドギマギした。

『既読』の二文字は付いている。あとはしっかりとした説明を待つだけだった。

『蝋封って、シーリングスタンプっていうんだな。知らなかったよ』

そう、はぐらかすような返信が驚いたアシカの表情のスタンプと共に帰ってきた。

『いやいや、ただ配色を説明し間違えた

『って言ってもさすがにもう遅いよな』

と、なんとなく落ち着き諦めたように言う印象を画面に映し出される文字から受け取った。

『流石に遅いよ』

『そうだよな。

『説明すると、本当は俺は別の女の子が青い封筒のものを佐倉の下駄箱に入れるのを見たんだ。でも、そこには先客の赤い封筒があって、その子は赤いほうの封筒を抜き取ることで恋敵との勝負に勝って自分の青い封筒だけを下駄箱の残した。

『でも、その日俺が目にしたのは、佐倉とその青い封筒の女の子じゃなく、平造さんだった

『だから、聞きたかったんだよ』

『そうだったのか』

心当たりが全くないもう一人の女の子の存在に驚き質素な返答になってしまった。

『平造さんは別に付き合ってるだとか、そういう関係ではないよ。まあ、あっちはラブレターをくれているわけだから、お察しの通り好いてくれてはいるんだけど、今回の夢だったり、さっき言った諸事情で僕的には恋愛をするタイミングではないから、今はまだ友達、たぶん友達が一番近いかな』

自身で打ち込んでいて途轍もない羞恥心に襲われた。今度は逆にメッセージでよかったと思った。

『そうなんだ』

聞いていた本人のわりに反応が淡白なような気がした。気のせいかもしれないが。

『その女の子の名前、聞かないんだな』

そう江戸川は聞いてきた。

『聞いてどうするんだよ?一人の女性の告白に対してもしっかりとした返事さえできていない僕なのに、もう一人具体的に認識しながら、明日を超えるなんて俺には無理難題だよ。

『それに、一回計画が頓挫したからと言って、それを取り返そうとしてないところとか、そんなに思い入れなかったんじゃないかな、なんて思っちゃうな、俺は』

それに同じように出された他の女の子の手紙を持っていっちゃう子は嫌かな、と続けた。

これに対しての返信は手紙の色について追及した時よりも長かった。

『それは、その子にとってはたとえ一回でも一世一代の一回だったのかもしれないだろ?だからこそ、他人を蹴落としてでも成功したかった、みたいな』

『でも、恋敵の方は豪胆にも手紙さえ届けられてなくても、僕を探しに、というか捕まえに来たから僕が返答はしていないとはいえ、恋戦には負けてはいるよね』

『そうかもな』

江戸川も分かってくれたみたいだった。けれどかなり青いほうの封筒の女の子を理解しているように思えた。深い知り合いなのかもしれない。

『でも、明後日世界が終るかもしれないんだから、後悔しないように聞いておかないか?』

この一言が、この一単語が彼の口から出ではこないだろうと思っていた。高をくくっていた。でも、今実際に打ち込まれ、送信ボタンは既に押されてしまっている。ただ『その仮定』は、『その仮定』だけは言ってほしくなかった。ただそれだけ、されどそれが全てだった。これまでどんな貢献をしてくれていたとしても、信じてはいてほしかった。

『僕は後悔しないよ。必ず明後日以降も明明後日も明明明後日も、世界は続くからね。君は後悔しなよ、未来を信じれなかったこと』

そういって僕は彼を頼ることを諦めた。人一人のことぐらい、寝たら忘れる。もう、努々彼を頼ることはないだろう。

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