第50話 七月一日
「いやー、見事見事。面白いくらいに困ったことになったね」
そんな第一声で僕は起床した。まあ、事実を言ってしまえば今だ床の中ではあるのだがまあ、いい。昨日は姉の家で晩御飯を頂いたのち、ちー兄ちゃんを残して実家(というと違和感があるが)に戻りそのまま眠りにつき、一日中屋内にいたことと、寝汗をかくだろうという予想から翌朝(つまり今日)シャワーを浴びようと計画し、アラームをいつもより三十分早めの六時半にかけたことを覚えている。
そこから夜が過ぎ、真夜中が過ぎ、暁を覚えようかといった頃、スマートフォンからの音声で目が覚めた。聞きなれたメロディーで起床の憂鬱さが加速されようかという瞬間、それがいつもの警戒音でないことに気付いた。何やら、サーファーだったカリフルニアの男たちのハーモニーのようだった。
(素敵、ではないなー)と思いながら、応答したところ、朝からカツカレーを食べるのと同等にカロリーが高そうな人物からだったという訳だ。
「なんですか、まだ五時ですよ?僕にはまだ一時間半、睡眠をとる権利があるのに」
何だったら、貴方忙しくなるから頻繁に連絡はとれないとか言ってませんでしたっけ。
「HAHAHA.それは申し訳ない。けど、逆に考えればそんな僕が突然の連絡するほど、事態は深刻ってこともわかるだろ?」
その帰納法には納得できるけれど、「急にアメリカンな笑い方!」と左手を揺らしながら突っ込ませてくれない事には不満が残った。
「流行は二十年周期というけれど、流行りも廃りも年々早くなってきて、あの夢の今のトレンドは『やっぱり、正夢になるっしょ』というのにまた帰結したらしい」
ふざけた口調ではあるものの、内容は僕にとっては大真面目で最悪だった。それを軽減するためのこの口調なのかもしれない。
「どうしてまたそこに戻ってきたんでしょうか」
僕は落ち着いているふりをして聞いてみる。おまけに間抜けな欠伸もしておいた。
「それがね、なんとびっくり、しっかりしてるんだよねー。
「論文が出てきたんだよ、今日。今日って言っても、ドイツだから時差がある訳なんだけど日本時間の零時ちょうどに出されたその論文は大昔に作成されていた論文の新たな進展を綴ったものなんだけど、おっかなびっくりその論文は『夢と現実の相応』が主題なんだよ。
「前進研究である大昔の方は、ドイツの戦時中に捕虜を使って同様の一日のスケジュールを過ごさせ、その夢を毎日書き留めさせて、それがどのくらいの頻度で正夢になるか、もしくは暗示かと思えるような連想可能な事実が起こるかと言う物だったんだけど、研究の質としては不十分と考えられて見向きもされていなかった。
「でも、今回のものは違う。なんてったって、この前進研究を行った教授が半世紀以上自身の家族や友人を総動員し、孫の代まで巻き込んでやってのけた完全なものだったから。
「専門的な部分に言及してもいいのだけど、一旦かいつまんで結論を言えば、『類似した夢を見た人間が多ければ多いほど、その夢が現実になることが多い』と言うことらしい。
「ここで問題。こんな情報を手に入れた流動的で非主体的な民衆はどうなってしまうでしょう」
何とか答えようと一音目を発しようとした時
「はい、正解は『全力で回避する方法を探る』が正解でした~」
と先生は続けた。
こんな情報を聞いて、苦悩の中の僕ならば泣きわめいてすぐに助けを求めたかもしれない。でも、今の僕なら
「だから何だっていうんですか。研究があろうとなかろうとそんな風に思ってた人間は五万といただろうし、僕にそう思った人たち全員の考えを変えることはできないし、変えようとも思わない。
「そんな夢みたいなこと、考えるほうが馬鹿げてる。それなら、甥っ子が無事に生まれてくることを願ったほうが人間的でしょう」
こぶしを強く握る。自分で言ったことを自分で守れるように。
「言うね。それに強くなったね」
直線的なお褒めの言葉に思わず照れ笑いをし(先生には見えないけれど)、黙る。
「照れんなって!」
見えてるっ!?
「あてずっぽうだけどね。いや、経験則って言うと精神科医らしさ出るかな?
「でも、そうだね。君の考えはとても人間的で素晴らしいんだけど、七月三日、厳密にいえば甥っ子ちゃんが生まれるまで君は学校には行かないほうがいい、と思う。
「君がどう思おうと、命がかかっていると思っている人間は何をしでかすか分からないからね」
これに続けて先生は怖いことを言った。
「一説では、あの夢ももしかしたら佐倉君、君があの場に居なければ起らないという考えもあるんだぜ」
少し、目を閉じて考える。
「そうでしょうね。生きるか死ぬか、やるかやられるかに最終的に行く着く人がいてもおかしくはない」
受け止めていくしかない。この現実を。
「ちょうど、今日は創立記念日で休みなんです。それに明日、明後日もいい子だった頃の貯金がありますからお休みをいただいても問題ないでしょう」
とういうと
「そうかい。それは僥倖」
と帰ってきた。
「まあ、そういうことだから、気丈に生きるんだよ、甥っ子ちゃんにもよろしく」
「はい、わかりました。
先生、また生きて会いましょうね」
「ん。それじゃ」
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