第46話 六月二十九日➄
「突然こんな時間に誰かと思ったら、寄と大柄でなにかゴロゴロさせている男性がいるなーと思ったら千景君だったなんてね」
何のためらいもなく、僕らを家に上げた姉は前と同じようにソファーで温かい飲み物をすすった。逆に招き入れられた客人と言えば、まひるのお腹を見るなり大興奮して、祝いの言葉を述べた後、予定日や性別など根掘り葉掘り聞き、今はニコニコしながら姉のお腹をさすっていた。
「そういえば、寄。私に嘘をついたわね」
剣幕、と言うには凄みが足りないものの、少し不満げな表情を浮かべている。ニュースは人が知らない出来事を教えてくれる媒体であって、皆が平等に持っている情報を伝えるのは無意味だという判断なのか、ただ単純にテレビで大々的に放送することで人々の混乱を招くことを避けるための配慮なのかは定かではないが、あの夢について報じているような情報は入ってこなかったし、この姉はSNSと言うものを一つもやっていないという現代では世にも珍しいニホンオオカミのような人なので安心しきっていたのだが、残念ながら情報は漏れ出ていたらしい。
人の口には戸を立てられぬ、とは昔からある言葉なのだ。悔やんでも仕方ない。それに、その事実を把握したにしては表情や気の持ちようは安定しているように見えた。
「あんな誰もが見た夢を私だけが見たことにしようだなんて、大ホラ吹きもいいところよ。あの夜帰ってきた昇吾さんと話した時点で気づいたし、その後確認したメールでも友達や同僚からお笑いの賞レース優勝みたいに連絡きてたし」
僕でさえ、そうだったのだから、姉もそうだということは冷静であればすぐに分かったはずだが、あの時の僕にその冷静さを求めるのは自分可愛さの擁護を抜きにしても酷だ。
「ばれてしまったか、ならば仕方あるまい」
と、正体を隠していた裏切り者のキャラクターのようにおどけて見せる。この前は、少し勘繰られたが、あれが一過性のものと偽るように姉の前だけではかつてのノリを演じる。
「下手に心配事を増やしたくなかったんだけど、流石に口止めできる範囲は限られてたし……」
これも嘘である。僕は誰の口止めもしていない。しかし、心配事を増やしたく無いのは本当で、先ほどの演技もそのためである。
「ま、嘘も方言ってことで、ゆるしてけろ」
「それを言うなら方言やのうて、方便じゃ、あほたれ」
そんな会話に花を咲かせながらも、胎動で目を覚ましていた姉とは言え、妊婦の体にはよくないであろう夜更かしと呼べるようなかわいい時間はもう疾風のごとく過ぎていて、姉をベットまで連れて行ってから、ちー兄ちゃんと僕はそれぞれ寝袋とソフアーを借りて眠りについた。
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