第45話 六月二十九日④
「さて、今の寄は過去の自分の異常さに気付き空っぽであると言っていたね。
「そう、その表現はおおむね正しい。ではおおむねと言う理由は?と聞かれれば、それはもちろん正しくないところがあるからで。
「さっき話したように、どちらかと言うとこれまでの君が空っぽであって、今はそこにやっと中身が入ってきた、と言うところだと思う」
僕はそう聞いてもあまり想像できなかった。これまでやってきた思案や想像が虚像だとするのなら、僕の想像を司る機関はつい最近動き出したわけで、多少、いや多々不具合があっても仕方あるまい。
「例としては、綿をやっと詰めてもらえたぬいぐるみとかはどうだろう。これまではただ穴のあるだけの布切れみたいな。いや、そうなってくると人の入っていないテーマパークのキャラクターの着ぐるみの方がしっくりくるかも」
夢がなさすぎる。十七歳でもまだどこぞの夢の国のネズミがあそこを出て普通に暮らしていると信じている妖精より珍しい女子高生もいるのだから。ノアさんとかそんな感じがする。
「えっと、もう少しましな例、ない?例えることで伝えたかったことより、例えられた物が気になっちゃって入ってこなかった」
考え始めたちー兄ちゃんは両人差し指を立てて、それぞれを左右のこめかみで回し始めた。どこかからか「ポクポクポク、チン!」と聞こえた気がした。
「ならこれはどうだ?組み立てる前の自家用PC。これは伝わりやすいんじゃないか?」
「なるほどね、それなら、言わんとしていることはわかった」
まあまあ時間は要したが、時間に追われている身ではない。
「でも言いたいことはここからなんだ。今組み上がったPCである君には、莫大な容量が有り余っているわけで、それこそ多くのことを吸収できるわけだ、スポンジみたいに」
例えに例えを被せることはご法度なのだが、海外帰りの人間にすぐさま完璧な日本語を求めるのも違うような気がして、訂正もせずスルーをしておいた。決して治さないでおけばこの後の会話でも出てきて面白そうだからなんていう邪念が働いたから、改善を求めなかったわけではない。断じてない。
「これはつまり、君は今、この世の誰よりも純度百パーセントで他人の気持ちを理解することができるってこと。他人の気持ちを自分に投影できるということ。余計な『他人になり変わって考える』と言う工程を土台のない心で行うことが出来るから」
そういわれて僕は鏡を想像した。くすみのない使い始めの鏡は目の前の光を躊躇いもなく、真正面から反射する。それになれるのなら、僕もどこかの誰かの光になれる、のかもしれない。
「だから、その上で考えるんだよ。新しい誰でもない『佐倉寄』という、唯一無二の天災の禍根に巻き込まれた人間は、どういう選択を取るかを」
深い時間まで話し込んでいた僕らは、そろそろ帰路につこうという話になったところ、ちー兄ちゃんは何故か宿を取らないという常軌を逸した計画だったらしく、スーツケースも地下鉄のコインロッカーに預けたままだった。そのため、今から泊まれそうな宿を紹介してほしいと頼まれたが、一介の高校生が突然宿泊できる場所を知っているわけものない。最終手段はネットカフェだが、僕も一度も利用したことがないのでお勧めは出来ない。
そんな時、天祐とも思えるひらめきが起き、うちに泊まってもらえばいいことに気付いた。流石に親戚の、それも従兄ならば急にやって来ても拒みはしまい。
そう思ったがつかの間、また新たな気づきが僕を襲う。こんなに急にひらめきや気づきがあるとアニメなどでは衝撃を表すために雷を落とすものだが、現実で起きていたなら今頃丸焦げの黒焦げだと思った(が、このことは気づきとの関連性がないがない)。
そう、父は(一方通行で)この従兄の父親と喧嘩の真っ最中なのだ。七年も変わらない感情を持ち続けることは並大抵ではない。夫婦になったものの愛の形でさえ、いい方向にも悪い方向にも変わっていくというのに。
その才能はもっと有意義に使ってほしいものだ。
となると、最後の砦。
「まひるちゃーん、元気ー?」
姉宅への押しかけだった。
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