第39話 六月二十八日➄
今日は心も体もボロボロになったはずなのに、いつもと同様に眠気は襲ってこない。この頃、眠れなくなった時は、決まって『変身』を読むようになった。元々本を読むことに耐性のない僕は本を読むと眠くなる習性と、しかし読み切らなければならないという使命感を戦わせながら眠れない夜を超えてきた。いや、正直に思い返すのならば全て途中で寝てしまっている現状だ。
とはいえ、今日で読み終えることができるような気がしている。左手が押さえる側のページの厚さはかなり終わりを伝えてくるし、今日の僕は何もせずに床に入ることが困難な精神状態なので、フィクションの世界に没入出来たほうが気が楽に思える。
僕は毒虫だ。毒虫になったことで家族や、他者にかけた迷惑を他人事のように俯瞰して自分の身の振り方を考える。
今の僕は、あの頃の僕の過ちの償いのために、自分がすっきりするためではなく、ただ他人だけのために死を選べるだろうか。
そんな不毛な議論を脳内で繰り広げながら、眠りに落ちた。
夢を見た。2回目となると感動は薄れるものなのか、今日の(明日の?)の僕に心を動かす余裕がないか、どちらかはわからないものの、記憶の整理の現場に入った。思うに、今回の夢はもっと前からカメラが回されていてたった今、これが夢だと気づいたらしい。よく思い返すと、ノアさんとなぜか同じ飲食店のアルバイトをしていて、そこでは日常とあまり変わりのない平易な作業をこなし、シフトをこなし、同時にタイムカードを切って、ノアさんと腕を組みながら、駅まで向かった。実情とはかけ離れている関係性ではあるが、始めてみたあの夢に比べれば随分と現実で起こりえる事象だ。駅についてみると、その駅は僕の家からも学校からも真反対で、そういう合理性のないアルバイト場所というのは夢らしさを感じる。
電車に乗り込んだ僕らは、ノアさんが肩に頭を乗せてきたり、傍から見ればいちゃいちゃしているカップルで、雰囲気と会話的に僕の最寄を通過してノアさんの家に行き、ご飯を一緒に食べる流れだった。夢だからこそ、その先が気になったのだが、急に僕はなんだかんだと理由をつけて途中下車をし、改札を出て駅の前に出た。
そして今に至る。明晰夢となり、比較的鮮明になった意識はこの駅周辺に見覚えがあることに気付く。
ここは病院のある街だ。あの、夜田大先生の。
夢だからか人は一人も見受けられない。しかし日が落ち、暗い街並みにならないように商店街のお店の表の電気は軒並みついていた。興行収入の多いアニメ映画の冒頭の中華料理街に似た雰囲気で、少し不思議で怪しい恐怖感に飲み込まれそうになる。
とはいえ、これが夢と気づいている時点で僕の安全は保障されているわけで、臆さず散歩を敢行した。進めど進めど、人はでてこず、何も分からないまま何となく病院の方向に足が向いていた。現実でも前を通った美術館に差し掛かる。
僕のイメージベースだからか、他の建物と違って明かりはともっておらず、何となく寂しさがあった。美術館になにか起きるわけでもなく、踵を病院に向け、また歩き出す。
その時「ウイーン」と。
音が聞こえ、音のなる方に振り返る。
そこは通過した美術館の入り口で、誰かが出てきたようだった。
それは、自分の記憶にある最新の佐倉千景、ちー兄ちゃん、その人だった。
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