第37話 回想

うちの学校は、高校生の花のイベントである学園祭と言うものを、毎年七月の初頭に予定している。まだまだ、関わりのないクラスメイトともここで打ち解けたり、新たにつるむ仲間を探したりと大きな役割を担っている。その代わりか、そうでないかの真偽は不明だが後夜祭が無いのも、人間関係(特に男女の恋愛関係)が一年、四月を境でリセットされる場合が多いため、催しを行うにも中々盛り上がりに欠けたためと、まことしやかにささやかれている。

 勿論、僕の所属する一年F組も出店するわけで、

「はーい、今からうちのクラスの出し物を決めまーす、案募集!」

教卓の前で音頭を取る文化祭実行委員の真田は僕がつるんでいる奴らの一人だ。

「メイド喫茶!」

「すごろく!」

「お化け屋敷!」

「ジェットコースター!」

などなど案を口々に言っていくのを黒板に書き留めていく。

大抵こういう時は一回で決まるものではなくて、なんだかんだそれぞれでプレゼンし合いながら、だらだら決めていくのが楽しい。

 何度か日をまたぎながら結果的に僕らのクラスは迷路をやることになった。まだ少し本格的に準備をするには期間があり、その間、多くの生徒が授業中も来る学園祭に心を馳せていた。

 そしてついに準備が始まり、クラスをいくつかに分けて作業を分担し、設営担当、謎作成担当、受付担当などなど各担当で協力して事を運んだ。

こういった催しと言うのは虎舞竜、いやToloveる、いやトラブルが付き物で、僕は実行委員のツレに頼まれて人の配分や、事後処理を任された。

とはいえ。

高校生は気まぐれな生き物なのだ。たとえ自分の役職があるとはいえ、遊びたくなるのも誰にだってわかってもらえ、一概に責められないような感情だと思う。

この場合、役職があるというのは逆にサボタージュを加速させた。容易にさせたというのが正確だろう。

 「俺ら買い出し行ってくるからさ、指示通りに作業進めといて。何かあったら連絡くれていいから」

そう爽やかな笑顔を振り撒いて委員の世良が言うとだれも疑わずに送り出した。

何かが足りなくなるたび、バラバラの担当の僕ら仲良しグループ招集して郊外に向かった。

とはいえ、僕らだって頭を使った。人間なのだから当然で、いつも仲良しグループで行くことは最悪許容してもらえても、毎度毎度帰りが遅いのでは遊んでいたことが悟られる危険性があった。

だから実際には自分で無駄使いして必要以上に買い出しに行くことはなかったし、本当にズル遊びをしたのも二、三回、いや、たぶん二回に近かったように思う、一回は他の二回に比べると大分時間が短かったし。

 でも問題はそこではなかった。結局のところ、僕たちはその行為を目撃されてしまったのだから。それ以降、僕たちの行動はたった一人の目によってメデューサよろしく制限された。

 正確に話すとすれば、あれは一日遊んだ一回目と、半日で校舎に戻った一と二分の一回目の後の三回目(もう二でも三でもいいや)の時、僕らは初めに百円ショップで必要なものを調達しに行った。今考えれば遊んでから買い出しをしたほうが荷物を減らせるのだが、そこまで頭が回らず、第一回目のサボりの際の出来心でそのまま遊んだ流れを汲んでいた。三回目となると犯行は大胆になるもので、過去の例で行った見つかりにくい場所ではなく、外からも遊んでいる様子を捕捉できるビルの一階のゲームセンターで、UFOキャッチャーをしていた。

誰かが(自分だったかもしれないが)、「ジャン負けで金を出そう」と言うことになり、この自分の財布を痛める可能性と同じ学校の生徒に見つかるかもしれない二重のヒリヒリ感に精神を楽しませていた。

とはいうものの、目撃されては困ると思っていた僕らはかなり神経質に周囲にアンテナを張り、似たような制服の高校生を捕捉したらば、機体の影に身を隠していた。その中で「全然違う高校だったじゃねーかよ」と言い合う瞬間がこれまた乙なものだった。

では、ここまで警戒していた僕らがどのように発見されたかと言うと、それは背後だった。幼馴染ではないが同級生の男たちとゲーセンに遊びに行って黒ずくめでもない老若男女が街を歩いていくのを目撃した。周囲に気を配るのに夢中になっていた俺たちは背後から近づくただ一人の男に気付かなかった。ふと、後ろを見るとこちらを眺めていた眼鏡をかけた学生服ではない男性と目が合って、相手側が目を逸らしたのが分かった。

しかし、その時僕はそれが同級生であることに気が付き、「マズイ」と思った。

そして目をそらした後そそくさと店を出ていこうとした男性を走って捕獲した。そこまでの距離は離されず、すぐに捉えたにも拘らず、その同級生は僕の倍以上息を切らせていた。

突然駆け出した僕を追いかけてきた仲間たち四人がその同級生を含めて丸を形作って話を始めた。

「あ、君、相田くんだ」

と真田が言ったのを聞いて、同級生だということだけしかわかっていなかった僕は顔と名前をリンクさせた。

「さっきまでゲーセンににいたんだよね?普通に声をかけてくれればよかったのに」

そういつも通りに言う真田の内心は、「どうやってこのサボりを隠匿させようか」ということでいっぱいであることが明瞭に分かる僕らはその口調の自然さが怖かった。

「いや、あの、ごめん……」

こういった返答になるのも無理はなかった。現状を傍からみれば明らかにスクールカーストの高そうな高校生が私服のナヨナヨした男性に寄ってたかっているのだから。

実際のところ、相田はクラスでは端っこの方に一人でいる奴だったし、もしかしたら他人との会話自体が久しいものだった可能性も大いにあった。

「え、なんで謝るのさ、別に悪いことしてるわけじゃないだろ?」

と問いかける真田。

「いや、その、今日学校に行かないで、ここに居たからさ、佐倉君と目が合った時に、逃げなきゃって思っちゃったから……」

それを聞いた真田は僕らだけに分かるようにだけテンションを微妙に変化させた。

「あ、そうか、確かに今日学校で見なかった気がする。でも、サボり位誰でもするじゃん、なあ?」

話を周りで聞いていた僕たちに同意を求め、みんな「ああ」だとか「普通だよ、ふつう」だとか口々に真田を援護射撃した。

「実際、俺らも文化祭の準備をほっぽって今遊んでたわけだし、あんまり人のこと言えないし」

笑いながら、恐らく相田はそのことに気付いていなかったけれど、後々ピースが合致した時の密告を防ぐため、自ら情報を開示していく狡猾さに舌を巻いた。

「だからさ、ここであった出来事、ここで会ったことはお互いになかったことにしよう」

初めからの目的だった提案を持ちかけることに成功し、相田は頷いた。

「ここにいるみんなが共犯者であり、証人だからな。そこんとこ、頼むな」

と全体に向けて言うと話は終幕を迎えた。相田以外の僕らはまとまって学校に踵を返す。その時僕は手に先ほどまでやっていたUFOキャッチャーの景品の犬のようにも見えればウサギのようにも見える片手サイズのぬいぐるみを持っていた。なので、一人、ゲームセンターに戻り

「これ、やるよ。たぶん、相田が好きな系統のものだろ。これ、口止め料ってことで。じゃ」

呆然としてる相田を残して、走って奴らと合流した。対価(というか口止め料だが)を払うことができて、気分はすこぶるよかった。

 次の日以降、登校した相田は約束を守って話を吹聴することはなかったようだったが、僕たち自身も少し反省、というか同じように再度見つかることを恐れて買い出し中には遊びには行かなかった。

 これで丸く収まれば、話は済んでいたのだが、文化祭当日、あるニュースが飛び出してきた。

その内容は「相田は文化祭準備期間に学校をズル休みをして、その上ゲーセンに行って遊んでいた」というものだった。

情報の出所ははっきりしなかったものの、クラスの女子から問い詰められた相田は噂を認め、クラス全体の前で謝罪をさせられた。その瞬間からの彼の目の中には全く光が見えなくなった。

でも、そうなった時、僕らの目線からすると、相田は僕たちのことも同時に売るんじゃないかと思った。相田からすれば、互いに目撃し合った僕たちが噂を流布したと考えていいはずなのだから。

しかし、そんな最悪の事態はなく、文化祭は成功に終わった。文化祭で生まれたのは、協力し合って生まれた多数の人間関係と一人の出席日数が最低限昇級に足りるようにしか登校しない生徒だった。

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