第28話 六月二十七日⑥

「噂通りね。いやそれ以上かしら」

急に目の前に人の顔があるというのはあまり経験があることではないし、その上それが女子高生という事実に僕はとても驚いた。

「気づいたのね。鳩が豆鉄砲を食ったとしたらこんな顔をするでしょうね、覚えておくわ」

余裕そうに彼女は言う。というか余裕がある。彼女からあふれ出る自信をひしひしと肌が感じている。

黒く美しく伸びている髪が妖艶に見え、整った目鼻立ちが外見を完成させている。

「僕を知ってくれているようで申し訳ないのだけど、名前を聞いていいかな」

どれだけ整った絶世の美女だとは言え、名前も分からなくては話にならないし、会話にもならない。いくら無礼な人間だと評価されたとしても、これから先その評価が僕の足を引っ張るようなことはあるまい。この一瞬だけの付き合いである。恥はかき捨てであろう。

「あらごめんなさい。私、この学校の中では有名なほうだと、いや間違いなく一番有名だと自負していたのだけど、思い上がりだったみたいね」

全く反省していないように見えたが、ここまで人を引き付けるような人間は反省も人に悟らせないらしい。

「私は愛美(あいみ)。平造(ひらづくり)愛美。美しいに愛すると書いて愛美で、平和の平に人造人間の造で平造。珍しい苗字でしょ?そしてこれ以上なく相応しい名前でしょ?でもみんな私のことをアイビーって呼ぶの。なんていうか、ちょっとアメリカっぽいわよね、あだ名のセンス。けど、気に入っているのよ。佐倉君もアイビーって呼んでくれていいのよ」

「平造さんは僕に何の用が?」

全く良くない突き放すような言い方になってしまった。やはり女性との会話は手続き記憶寄りらしい。自信たっぷりで自慢たっぷりのこれまで何度もしてきたであろう自己紹介に一つもツッコめなかったこともこのせいだ。そうに決まっている。

「愛美に落ち着く人はいても、平造を選択居たのは佐倉君が初めてだわ」

先ほどから言われる「佐倉君」と言う呼称がむず痒い。

「まあ、その様子だと今日は土足履いて校内をウロウロしたんでしょうね」

皮肉を言う彼女は憎らしいほど絵になった。

「あー、あれね、はいはい。かんぜんにりかいした」

「そのいい方をする人の九十九パーセントは分かってないのだけど、今回は残りの一パーセントを引いた様ね」

「どうしてそう言い切れる。僕は嘘をついているかもしれないし、ついてないかもしれないじゃないか」

「人を目の前にして何分も思考の宇宙を浮遊している人がいたら、どんな靴をはいているかを見ることぐらい簡単よ」

「答えを知った上で僕をひっかけるなんて、食えない女だ」

「こんなに簡単に食われるんじゃ、女が廃るわ。そんなに安い女じゃないのよ、私」

「教師一人を一日ダウンさせるような女は胃もたれしそうですね」

「そんなことより」

急に舵を取り出した平造は何を言うかと思えば

「一度場所を変えましょ」

なぜその必要があるかがすぐには理解できなかったものの、窓の外の西日が説明してくれた。

「もう閉館時間なのよ、ここ」

誰かさんが呆けている間に、ね、と彼女は可愛く言うのだった

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