第18話 六月二十六日③

今僕は混沌の中にいる。何もかもに異変は起こっていて、少し胸のざわめきが収まったところである。

心を落ち着けたいと思い人気の少ない図書室に避難した。

前世の僕は全く本を読む習慣はなかったが、これからは本を読むことによって先人たちの悩みの種やその解決方法などを吸収できるだろうと考えていたのだが、想定外の邂逅のしかただ。

 あの後、僕は一言も発することができなかったし、表情も変わらなかった。人は本当に驚いた時にはこうなるのかという例を見せるように前世の自分を捨てたことに関係なく足を擦りながら自分の机に向かい、そのまま座った。

クラスメイトも少し疑問を抱いた表情で歩き席に着いた僕を眺めていたが、こんな状況が誰にとってもはじめましてであったためそっとしておいてくれた(様に見えた)。

 名状しがたい空気の中授業が始まり、教卓に立つ先生が話をし始めた。

「今日、僕夢を見まして、ずいぶん変わった夢だったんですけど・・・・・・」というのを枕にクラスメイトや僕自身も見た夢の話を新たな情報を無しに語った。

どう反応していいかわからない僕たちの思いを感じ取ったのか、

「では、はい、授業を始めまーす」

と何事もなかったように取り繕うのだった。

 昼休みまでに四限授業があったが、その内の二人の先生があの夢の話をした。

 そして今ちょうど図書室に逃げてきたところである。

しかしどこにいても人間を感じる。ズボンの中にある携帯電話機能付き小型電子計算機はこれまでになく、音を発し、熱を帯び、メッセージの到着をさながらわんこそばのようにとめどなく追加してくる。

全員、自分の周りの人が同様に僕の出てくる奇怪な夢を見たという報告だった。

どうせ同じ夢を見たことを確認した後、その登場人物が誰か分からないという話題に映った時自分の知り合いであるという点だけでマウンティングを取ったに違いない。

そう考えると反吐が出た。

多くのステレオタイプな文面の中で、ミステリー研究部の江戸川だけは「他クラスの生徒も同様に見たらしい」、「下級生、上級生にも聞いてみたがやはり見たと言っている」といった有益な情報をくれた。気まぐれでありがとうと書かれているスタンプと「引き続き情報頼む」と送っておいた。

一度心を平穏にして考える。素数は一と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字。僕に勇気を与えてくれる。

(1、2、3、あれ1って素数だっけ)

文系の僕には難度の高いオマージュだった。

 さて、気を取り直して自己分析をしなければならない。

でも今の僕は当てにならない。

情報を集めるほうが大事なのかもしれない。この学校は校内でのSNSを禁止されていないが、図書室という場所なため若干憚りながら、確認してみる。

 一昨日から見ていないタイムラインを即座に確認することは難易度が高いので強硬手段に出る。

トレンドである。

万一で最低最悪のケースを鑑みてのことだ。

実際に開くと、願い悲しくあった。

#昨日の夢

まだだ。まだ全く違う夢の話をしている可能性がある。冷や汗をダラダラにかく。

ワンタップしたその先には僕と同級生と先生が見た夢が表現は違えど、星の数ほど展示されていた。

これは悪夢だ。

全身から力が抜ける。気が抜ける。

一学校の一生徒の周囲の関係のなかで偶然起きた出来事ならなんとかなかったかもしれない。

昨日まで僕が悩んでいたことが虫けらのように感じられる。

きっと僕が、僕の立場でなかったならば、僕は昨日をなかったことにできたかもしれない。『僕が自分の小さな出来事で傷つくことなどどうでもいい。世界はもっと大きく超常的なものに困っているのだから』、と。

でも、なぜか僕は当事者らしい。

鏡に映ったあの男は正真正銘、僕だ。

そして手術台にいるのは姉で、取り上げられた子供は甥っ子である。

なにも考えられない。どうすべきかも、どうなっていくのかも。

精神的余裕の無かった心に必要以上の情報が流れてきて、血とともに体の中を充満させていく。

 司書の先生にばれないように図書室を出て保健室に向かう。今は極力人と話したくない。人と話すには心と体両方において余裕が足りない。病は気からというが本来の意味とはちがうものの、ある意味その通りに体調もこの上なく悪くなった。早退届をもらい職員室へ赴き、力の入らない手で書いたミミズのような字の記入にサインをもらう。

僕はすぐにでも体を休めたかった。

だから僕は家よりも近い姉の家に向かった。

自分よりも深くこの夢に対して感じるものがあることなんて微塵も考えずに。


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