第17話 六月二十六日②

目が覚めた。夢を、覚えている。何とも現実的に感じる部分もあれば神話的な突拍子のなさもある摩訶不思議な夢だった。夢だった夢を見ることも経験してしまえばあっけないというか実感がない。それもそうだろう、実際に体験は無いのだから。スマホで時間を確認すると六時の表示と同級生からのメッセージの着信があった。時間はいつもと変わらないため、夢を見るメカニズムとして有名な浅い睡眠と深い睡眠の話は実際夢を見る、おぼえているのに関係のないのかもしれない。着信のほとんどが僕の体調を心配する内容だった。正直、どうでもよかった。

 僕はまだ、人間になれないでいる。そのせいか物事に対する好き嫌いが判然とするようになったように思える。

この傾向が良いかはわからない。

これからどうしていくかも不器用に考えながら進んでいくしかないのだ。

今わかっていることは以前までの僕の思想や考えは僕が想像していたよりずっと幼稚で壊れやすい物だったことだ。壊れかけのレディオでもなく、壊れたてのレディオだ。

僕はなんら特別ではない。

これまでは何かにおいて特別だと勘違いしていた。いや勘違いしていたかった。

でも実際は一介の高校生に過ぎない。

 改めて目を落としたスマホには円谷からのメッセージが人より多くの話題が提供されていた。内容は無難で代り映えのしない心配の言葉と学校に連絡したことと「今日の学校はIBと工藤が別れた話題で持ちきりだったよっ!」とやや興奮した様子が伝わってくるものだった。

とはいえ、僕は他人の色情なんかより自分の感情で精いっぱいの状態。

身支度をして朝食に向かう。

 今日はコミュニケーションの場でも誰にも会いたくなかった。人目を避けるように、自分だと露見しないように昨日病院帰りで買った伊達メガネをかける。

いつもより心なしか環境音が耳に入ってくる。何となく今日という日は欠伸をしている人が多い感覚がした。

 できるだけ道の端を歩く。以前まではどこを歩こうとも何も感じなかった足取りも、重く歩幅も半分近くになっていたと思う。

周囲に対してアンテナを立てているからか、人に見られているような感覚に陥る。

そんなはずはないのだ。

僕は何者でもない。人間でもないのだ。

僕はこれまでの生活でドロドロに染みつきへばりついた自意識を少しずつ剥がしていかなければいけない。そう思った。

だけれど、これを自覚したばかりで破壊されたままの僕の心の器は許容量を超えている。心を壊すことで一時的に別の場所に移された僕のまっさらな核の部分は、客観的に観察した結果、見つけ出した尊大な自尊心から、まるで虎のように逃走した。

先に謝罪しておくと僕は全く走っていない。ただの誇張表現だ。ただ周りに気付かれないように歩幅を広げ、足の回転率を上げた。ただの早歩きである。

 いつもなら何を考えることもなく、堂々と、そして大胆に、誰かが入ってきたことが分かるように大きな音を大げさに立てて開いていた教室の扉が人の命より重かった。

ここを開けば一昨日から一人で抱えてきた自意識の抜け殻を、みんなのものにしてしまうのだ。僕は間違いなく以前の感性や行動をもう行使することができない。

泣いている奴がいても、寄り添うことができない。

泣きたいのは自分の方であるし、もっと言えば僕には泣く権利もない。何の役もなければ、何の役にも立たない。

自業自得、マッチポンプも甚だしいのだから。

でも、もういいじゃないか。

人にどれだけ迷惑をかけようとも。

これまでの僕の行動によってこの扉に向こう側にいるほとんどの人間が既に影響されている。

今の僕に他人に気を使うことなど誰が求めようか。

底辺の人間に気を使われることほど侮辱的なことはない。傲慢なのだ、こんな思考をすることすら。

聖書には「隣人を自分のように愛しなさい。」と言う言葉がある。

自分すら愛せない僕に隣人は愛せない。愛する資格がない。

こうして思考しても体はアストロンを唱えたかのように硬化している。現実では効果はないようなものだが、ターン制でもないため終わりが見えない。そんな風に足踏みしていると(動いているじゃないかというツッコミは禁止させていただく。言葉の綾だ。)、突然自らは絶対に開くことのできない扉が開いた。千夜一夜物語ほどに長時間経過したような内心ではあったものの、開けゴマなんて言った記憶はない。アストロンッ!?ドラクエの呪文が鍵だったのだろうかと、自身でも意味不明な思考をするほど動揺する。というかドラクエにはアバカムという別の鍵開けの呪文がある。

 扉を開いたのは円谷だった。そして

「やっときたな、今日の主役。すでに佐倉の話で持ち切りだぜ」

というのだった。

夢を見ているのだろうか。テレビなどでは見たことのある古からの方法でこれが現実かを確認する。

痛い。これは現実らしい。しかし本当に夢の中で痛覚が働かないかは知らないが。

そんな愚かな行為を見た円谷とその後ろから集まってきたクラスメイトは大いに笑った。

「なんだよっ、お前天才かよっ!」

まさしくこういった光景を爆笑しているというのだろう。

とはいえ、僕に意図などない。今あるのは困惑だけである。眼前には腹を抱えて笑ったまま膝から崩れ落ち蹲った男たちの蚕の繭の様な姿だった。それはまた笑いを呼びそうな恰好だったが、僕は状況を飲み込めない事に恐怖を感じ始めた。

「でっ、け、結局なんなんだよっ!」

と、声を荒らげてしまった。本気で怒鳴ってしまった。ただ僕自身の心の問題なのに八つ当たりのようになってしまい、バツの悪さ感じていたところ、

「悪い悪い、あまりにも面白かったから、佐倉置き去りにしちまったな」

と、なにやら勘違いしているようだった。訂正は面倒くさい。

「いや、そうじゃなくて別に頬をつねったことに特段意味なんてなかったんだ。状況が把握できてなくて・・・・・・。ちゃんと説明してくれないか」

もう何でもいい。ともかく理由を聞かなければ。

「クラスの全員がさ、みんな同じ夢を見たんだよ、お前が病院にいる夢。お前が手術室に入っていって女性が帝王切開で子供を産んだ。だけどその赤ちゃんがさー、光って光って光りまくってみんな死んじゃうっていう夢」

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