22.知らない天井と裸の大将


 ――どこだ、ここ。




 思考が追いつかず、混乱を残す中覚醒したのは、『寄宿城』の自室のベッドの上で横になったレベッカだった。


 ぼやけた思考が、今いる場所も、その前の状況も、ここにいる理由さえ錯乱させる。開いた瞳孔に入り込む光の熱量が視界を霞ませ、ピントが合う頃には、記憶の檻に閉じ込めた衝撃が押し寄せた。


「うぇ――」


 むせ返るような嘔気に口を抑え、思わず上体を起こす。


 そこでようやく、ベッドの上にいることを認識し、途切れた意識の整理を始めた。




「――ようやくお目覚めのようね」


 自室の入り口からした聞き馴染みのない声に視線を向ける。


 扉の縁に背を預けて立っていたのは、左眼に眼帯をしたセル=M=シシカーダであった。


 そして、その隣には車椅子に乗った、右足に特殊義足を装着したマグライト=ドグライト=メーガスの姿があった。


「待ちくたびれましたわよ、ベッキーちゃん」


 激戦の後だと言うのに、マグライトは何事もなかったかのようなテンションで笑いかけた。


「あなたたち、なんで――」




 ――生きているの?




 そう、感じられずにはいられない。


 予選に参加し、第5ピリオドで突破できるのは『1人』だったはず。


 ならなぜ、この2人がこの場にいるのか。レベッカの疑問は更に深まるばかりだった。


「予選は必ずしも皆殺しにする必要はないのよ。行動不能にさえすれば、誰も殺さなくても勝ち残れる。

 ただ、倒すだけでは自身の身の補償はできないからこそ、皆が息の根を止めるたがるのよ」

「第5ピリオドなんて異例中の異例、も生き残ったことに外では大騒ぎですわ。

 やれやれ、勝手に殺し合いと誤認していたのはそっちだというのに、こちらに騒ぎ立てるなんて迷惑な話でしてよ」


「4人、てことは」


「ええ。今は、ね。状態は芳しくないけれど、メリーもまだ生きているわ。もっとも、マグライト的には死んでほしかったようだけど」

「そんなことないですわ!? メリーちゃん死んじゃうとワタクシさびしぃ」


 騒がしく物騒な会話ではあるが、レベッカの気持ちは少し落ち着いていた。


 目の前の2人が、予選の前と変わらぬテンションで、戦いは終わったのだと、わずかに安堵していた。


「レベッカが目覚めたのなら、いい加減説明してもらうわよ。マグライト、あなた、とんだ策士だわ」

「ふふん。仕方ないわね。ベッキーちゃん、お部屋に上がってもよろしくて?」

「……もう入ってるじゃない。入り口に居続けられるのも気が滅入るわ。いいから入りなさいよ」


 その言葉を待っていたかのように、セルがマグライトの車椅子を押して入ってきた。


「もてなしはしないわよ。そんな気分じゃないし」

「ええ。大丈夫よレベッカ。わたしも、マグライトとはテーブル囲んでティーパーティーはしばらくゴメンだわ」

「品のないお二人ですこと。貴族たるもの、優雅であることは大事ですのに」


 そうして、マグライトが仕組んだ策について語りだした。




 ――まずはじめに、第5ピリオドを終えてすでに1日が経過していた。


 レベッカはセバスチャンに先導されてアリーナを後にした直後、特別控室にたどり着くこと無くぶっ倒れた。

 自身では受け身を取れず前のめりで倒れ、セバスチャンがとっさに支えなければ、床にぶつけた頭の骨が割れていたほど。


 それほど唐突に、彼女の意識は限界を超え、オドを枯らしたがために気絶した。


 アリーナの中央でトリプルノックダウンした3人はというと、こちらもマグライトが周囲のマナを根こそぎ奪い取ったがために、オドを枯らして気を失っていた。


 マグライトの目測を誤ったのは、メリーの暴挙――あの状況下で、マグライトに一撃を入れるために発動した魔法が、彼女の魔力炉心を崩壊させる原因となった。


 疑似心臓である魔力炉心が融解したことにより、メリーの心臓が悲鳴を上げ、急激な心筋の萎縮と硬直が起こったために、激痛の中、意識を喪失させた。


 その結果――メリーの作り出した鎖のバケモノが暴発する。


 その破片が音速を超えて飛び散ったことで、セルの左眼へと突き刺さった。


 幸い、セルが身体を捻ったことで、骨を貫通するほどの威力の破片は脳には当たらずにすんだが、潰れた彼女の左眼が回復することはない。


 そして、鎖のバケモノと最も近くにおり、襲撃を打破するために右廻し蹴りを放ったマグライトの右脚にも同様に破片が突き刺さる。


 肉体強化を施していてもなおその衝撃は凄まじく、彼女の右脚は複雑骨折と血管の大部分の損傷、筋繊維の喪失を負い、――かつ、メリーの『呪い』により、一切の蘇生を拒否することとなる。


 本来の物理的な怪我ならば、全治2~3ヶ月といったところだが、『呪い』の中和が重なることで全治1~数年という重症となった。


 緊急治療により、セルは一部損傷した頭蓋骨の補修と、専用の義眼での措置となり、その義眼が完成するまでは眼帯でその場しのぎをしている。


 マグライトは物理的・魔術的要因を並行で治療することとなり、現在は骨の固定を兼ねて特殊義足の装着を余儀なくされた。


 そして、意識不明と心臓が停止しているメリーは超高度集中治療室にて最新鋭の技術を持って治療中だという。




 第5ピリオドの結果における全てはアリーナにて全観客ならびに国王の前で『瞬獄』のホムラが全責任を持つと声明したことにより、一応の決着となった。


 残りの予選は1週間後に第6・第7ピリオドが行われ、第8ピリオド移行は月1ペースで3~5組消化し、すべての『予選』を終えるのは半年後という運びとなる。


 『予選』を終えた者はそれまでの間、聖都内において自由に生活が保証され、唯一の制限は『予選』の鑑賞となっている。


 これは生存確認と現状報告会兼ねており、その結果は毎度生家に報告されることになっていた。


「――ちなみに、血だらけのあなたをきれいにしたのはマリアとレントでしてよ」


 マリアとは、マグライトの馬車の手綱を引いていた御者であり、専属のメイド長のことである。


 そう言われて、レベッカは自分の状態を理解した。


 返り血と吐瀉物だらけのマントとドレスは壁際のドレスラックにシミひとつなくきれいな状態で掛けられ、自分自身も新品なパジャマ姿に着替えられていた。


 それでようやく、自身の身体の違和感を覚えた。


「ちょっ――! なんで私、下着着てなのっ!?」


「それはあなたが買い揃えていなかったからじゃない。泥に汚れたのと、血だらけのしか無くて困っていらしてよ。ただ、マリアは『良い身体だった』と褒めていらしたわ」

「嫌な言い方しないでッ!」


 レベッカは耳まで真っ赤にして失念していたと後悔した。


 聖都に向かう道中で、レベッカが唯一買い忘れたもの。

 そして、聖都に到着してから揃えればいいやと高をくくり、マグライトに泥水を掛けられ、かつ予選で血だらけになったために替えとなるものがなかった。


「メイドに裸を見られたくらいで何を恥らんでいるのかしら。乙女のつもりなら笑えなくてよ」

「ほとんど他人なら流石に恥ずかしいわ!」


 気の許したレベッカ本人の侍女でもなく、ましてや本人は意識不明で記憶がない。


 そのなかで、勝手に身ぐるみを剥がされ、身体を拭かれ、あまつさえ『良い身体』と言われれば流石に貞操を疑う。


「他意無く言わせてもらえれば、性的な意味合いはございません」


「わっ!? びっくりした!」


 いつの間にかマグライトの側にマリアが立っていた。補足のように説明されても、レベッカにとっては恥じらいが解消されることはない。


「ご紹介遅れました。マリアーノ=ラ=ピュセルと申します。マリアとお呼びください」

「自己紹介どうも! 今度からは入ってくる前に合図しなさい!」


 レベッカのツッコミも、マリアは軽くお辞儀をし、再び部屋を後にする。それを、マグライトとセルは二人して笑って見ていた。


「流石に下着も乾いているでしょうから着替えてらっしゃいな」

「言われなくてもそうするわよっ!」




 ――脱線した話題を戻す。次は、第5ピリオドの『結末』について。


「マグライト、あなたの口から説明しなさい」


 口に運んだティーカップをおろし、セルがマグライトへと詰め寄る。彼女にとっては、この話こそが本題であった。


(結局、紅茶飲んでるじゃない。いつの間に入れたのよ)


「いくらあなたでも、詠唱もなしにマナを喰い潰すなんて無茶でしょ。レベッカの開花も、あなたの仕組んだことなんでしょ?」


 セルの問いに対し、マグライトは笑顔で答える。




「――あなた達には、ワタクシの『』の共犯になってもらいますわ」

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