21.『瞬獄』の加護
アリーナの中心で成長していく土の繭の異変を感じ取ったのは、国王の側に立つ者だった。
観客も、第一級執事達も、控室で動向を見ていた他の候補者も、国王すら気付いていない、僅かなほころび。誰の眼にも届かない状況となってしまった第5ピリオドの終焉を、『瞬獄』のホムラだけが感じ取った。
「――王よ、しばし離れます」
そう言うと、特別貴賓席の端に足をかけ、残像すら残さず、自身の展開した魔法障壁を突き破ってアリーナへと飛び出すと、
その瞬間、――土の壁が衝撃波とともに崩壊した。
――吹き飛ばされた壁の破片は、魔法障壁へ衝突するも悉く流砂となって空気中へ霧散する。
爆心地とも取れるほどの惨状に、観客や特別貴賓席に座る者誰一人被害はなく、アリーナの内側だけが視界を覆う土煙で充満している。
「な、なにがあったんだ?」
「おい! 戦いはどうなってるんだ!?」
「何も見えないぞ! 結果はどうなんってんだ!」
客席から怒号が飛ぶ。今日一番の見せ場である第5ピリオド。すでに魔法少女として才能を開花させている3人の『華』による三すくみの激戦を、楽しみにしていた。
その行く末が、誰一人見ること無く展開が進むことに不満が吹き荒れる。
――次第に晴れていく土煙の中の結末を、誰もが驚愕した。
崩れ落ちた土壁の中に姿を見せたのは、
胸を抑え、うずくまるようにして倒れ込んだ、――メリー=バックハイド=アーバンデーセツ。
左眼を貫かれたことにより、うめき声を上げて倒れ込んだ、――セル=M=シシカーダ。
ズタズタになった右足から血を流し、大の字に倒れて意識を失っている――マグライト=ドグライト=メーガス。
そして――アリーナの隅で、『瞬獄』のホムラの傍らで満身創痍の表情で座り込んだ、全身を血と吐瀉物で汚した、――レベッカ=クワッガー=エーデルフェルト=ボガードの姿があった。
「一人で立てるか?」
嘔吐を重ね、内蔵を焼く胃酸を吐き散らし、憔悴しきるレベッカの前に突然現れた大魔女に、戸惑いの表情を隠しきれない。
戦いのショックで情緒が崩れたことにより、云わばショック反応での嘔吐を落ち着かせようと深呼吸を重ねたことにより、体内の代謝バランスを崩してより嘔吐が繰り返された。
この悪循環に四肢に力が入らず、震える膝で立ち上がろうとするも、倒れ込みそうになる。その肩を大魔女が支え、ゆっくりと立ち上がらせる。
「おい、これはどうなるんだ?」
「誰が勝ったんだ?」
「あの女は誰だ? なぜ大魔女があそこにいる?」
戸惑いの声が観客席から溢れる。誰もこの状況を理解できず、受け入れがたい結末に、
「ふざけるな! こんなの認められるか!」
「こんな結果で良いワケがあるか!」
「誰でもいいから早く立て! あの女を殺せ!」
次第に語気が強くなる。暴動にも近い罵声が飛び交い、観客席からアリーナに向かってありとあらゆる物が投げられ、その上を紙吹雪が舞う。
大魔女が最初に展開した魔法障壁がアリーナに投げ込まれるものすべてを阻み、宙に舞う紙吹雪はこの戦いの行く末を願った者の賭け札だった。
誰も予想していない大穴場に、群衆は罵詈雑言を吐き続けた。
――そこに、聞くに堪えないと言わんばかりに、『瞬獄』のホムラが懐から取り出した魔銃を空に掲げて発砲する。
「セバスチャン、コールだ! ワタシが許すッ――!」
銃声を聞き、群衆が息を呑んでいる隙に大魔女が叫ぶ。その声を聞いたセバスチャンが、
「だ、第5ピリオド、これにて決着! 勝者は――レベッカ=クワッガー=エーデルフェルト=ボガードッッッッッ!!!」
戦いの終わりを告げる第一級執事の声が響き渡る。
魔法少女として、己がすべてを賭して戦った3人の『華』はトリプルノックダウンとなり、蚊帳の外でありながらも、最後に立ち上がったレベッカに、純白のマントが掛けられた。
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