23.罪滅ぼしのノルニル


「――なんで私なのよ!?」


 自室内にレベッカの声が木霊する。隣に座っているセルも険しい表情をし、2人の前に座っているマグライトへ厳しい視線を向けた。


 己の人生を賭し、生と死がコインの表裏の戦場で、群衆の前で晒した結末に、本来なら他者の関与など一切ない。


 勝利条件は『勝ち抜くこと』、それ以外の選択肢はなく、選抜人数以上の生存者がいる事自体稀である。


 そんな中で、――マグライトが仕掛けた策は、レベッカを使った偽物の『マキナの神』であった。


の成功確率は上々。あとは、あなたの適性次第、ってとこでしたわね」

「あんた、やっぱり謀ってんじゃない!?」


 あの作戦とは、――マグライトからレベッカへ提供された魔法の杖マジックスティックのことであり、その鍵を握っていたのは、装着されていた魔石の覚醒とレベッカの開花であった。


 大気中のマナを根こそぎ喰い潰したマグライトの魔法の後押ししたのが魔石であり、そのためにはレベッカの魔法少女としての開花を誘発する必要がある。


 なら、なぜレベッカだったのか。彼女にはその疑問が大きい。


 生死を掛けた場面で、かつ勝ち抜くことがほぼ絶望的という状況で、なぜ魔法の刃を発現できたのか。


 マグライトが指で『3』を表し、レベッカに見せつける。


「理由は三つ。一つ目は、あなたには魔法の適性があると判断したから。二つ目は、あなたはコクトーの特殊篭手で戦うから。そして三つ目に、――死を意識した極限状態でしか、無理やり開くことはできないから」


 傍らのセルは、この部分については納得しているようだった。腕を組み、ウンウンと首を縦に振る。一人困惑しているレベッカを置いて、更にマグライトが口を開く。


「あの場面で、あなたはきっと悩んでいたはず。あの場に立つ者のなかで、あなただけ覚悟がなかったはずですわ」

「それは、……」


 言い返せない。言い返せないはずだ。


 現に、レベッカに弓を引いた少女には覚悟ができていた。自らの手で誰かの命を終わらせること、能力の足りない自分が生き残るには、まずそこしかない。


 矢を射たれ、短剣をもって近付いてくる少女に対して、腰の抜けたレベッカは立つことすら叶わなかったのだから。


 そして――耐え難い殺意と、明確な死のビジョンが、レベッカの魔法少女としての素質を開花させた。


 魔法の杖に装着された魔石は、それを増幅させたにすぎない。『断空のサソリスティングダガー』と呼ばれる風属性の礼装が、レベッカの窮地を救う刃となった。


 『死』の臭いが充満し、一手一歩が綱渡りとなる場面で、わずかに発生した魔力の気配を、メリーは興奮から気付かず、セルは些細なことだと無視し、――マグライトは計画の順調さに安堵した。


 そのことで、マグライトは計画を完遂するためにを見せた。


 思惑通り、初めから仕込んでいた魔石の術式を開放し、――アクシデントはありつつも、思惑通りの結末へと誘った。


「――なるほど。あなたはレベッカを傀儡として、裏に回ったということね」


 何かに納得したセルだが、状況を把握しきれていないレベッカの頭上にハテナが浮かぶ。


「ええ。あれだけド派手に『華』が揃っていれば、ベッキーちゃんの影はより薄れますわ。そういう意味では、メリーちゃんが選出されたことには感謝しなくちゃ」

「だが、解せないのは何故開花すらしていないレベッカを利用したのかしら。開花しないでそのまま屠られたら、あなたの計画は破綻していたのでは?」

「その時はその時よ。そうね、セルにでもお願いしてみようかしら」

「そんな都合よくわたしが勝ち抜けるかもわからないのに、わりかし杜撰ずさんなのね」

「でも、ワタクシの見立て通り、ベッキーちゃんが勝ち残りましたわ」


 ニコニコとしたマグライトがレベッカを見るが、釈然としない表情で返す。


「なにをみっともなくグヌグヌしてるの。あなたは勝者なのだからシャッキとしなさいな」

「なんか、納得できない……」

「けどマグライト、『』ってのはどういうことかしら。まさかあなた……」


「ええ、そのまさかよ。大魔女、首席魔女、『赤』の魔法騎士、大淫婦、竜殺しの魔女。その他諸々数多余りある二つ名を得た王国随一の――『瞬獄』のホムラを失脚させましてよ」


「やっぱり。それ、荷が重すぎるわ。をわたしまで巻き込まないで」

「ちょ、どういうコト? あなた達2人だけで話を進めないでよ」


 マグライトとセルの2人だけが状況を飲み込み、レベッカ自体が置いてけぼりにあっていた。


 説明してもらわないと、レベッカ自身が前へ進めない。


「――『瞬獄』のホムラ。この様子だと、ベッキーちゃんは気付いていないようだけど、彼女は――ワタクシの双子の妹なの」

「はぁあ?」


 『瞬獄』のホムラといえば、第5ピリオドにおいてレベッカの目の前に現れ、決着をつけた人物である。


 彼女がレベッカの前に現れたのも、『華』がトリプルノックダウンで戦闘不能となった時点で、勝者として確定したレベッカを崩壊した土のドームから護るためだった。


 王国を代表する実力者が――マグライトと双子?


「ホムライト=マグライト=メーガス。十二歳にして、野良とはいえ竜殺しを成し遂げた天才児。メーガス家の隠し玉。全身礼装と武装を両立した歩く人間兵器。王国内における武力のビッグスリーの一角よ」

「で、でもなんで!? なんでわざわざ失脚させるのよ!? 妹なんでしょ!?」

「理由は言えないわ。これは、メーガス家の問題でしてよ」

「なら巻き込まないでよ!」


 レベッカの言い分は至極真っ当な正論である。セルも、それには首を縦に振り賛同している。


「でも、あなたにもきちんと利益があるようにするわ。やっぱり、巻き込むのならウィンウィンでなくちゃね」


 両手でピースサインをして満面の笑みをするマグライトだが、それでもレベッカの顔は険しさが残る。


「マグライト、そうはいっても、傍から聞いていても納得できるものではないわ。きちんとレベッカに提示すべきよ」

「もちろんですわ。今後はメーガス家の全権をもってベッキーちゃんのパトロンとなりますわ」

「ちょっと、勝手に話を進めないでよ」


 だが、レベッカの遮りも、耳に届かぬと無視をするマグライトである。



「今回はワタクシの策もあってこそベッキーちゃんを立てれたけど、今後はベッキーちゃんの実力でのみ残れる。その後押しを致しますわ。

 幸運にも、ベッキーちゃんは初日に『予選』を突破しているし、一巡するのに約半年の時間があるもの。その間に、為せることを為す」


「だから、勝手に――え。今後? 『予選』ってまだあるの?」


「そうね。いくつあるかは流石にわからないけど、『本戦』まではまだあるはずよ」

「だからこそ、ベッキーちゃんが生き残れるようにバックアップ致しますわ。それなら、あなたにもメリットがあるでしょう?」


 ――断れるはずがない。断るということは、即ち『死』だということくらい、レベッカにもわかっていた。


 この場で断るということは、野獣魔獣蠢く荒野に身ぐるみ剥がされて放置されるようなものだ。


 なら、彼女が生き残れる手は一つしかない。故に、腹をくくる以外に方法はない。


「……」


 言葉が出ない。イエスもノーも、レベッカにとっての今後に与える影響が大きすぎる。


「沈黙ということは、了承と捉えてよろしくて?」

「ひどい脅しだわ。これが王立聖家のやり方か……」

「ふふふっ。大丈夫、堕ちるときは諸共ですわ」


「やれやれ。だが、マグライト。あなたがどうするかは今は聞かないけど、わたしにもメリットがあるんでしょうね?」

「もちろんですわ。あなたには――『白騎士ホワイトナイト』なんてどうかしら?」


 その言葉を聞いて、セルがガタッと勢いよく立ち上がる。


「そ、それって、のコト!?」

「ええ。あなたには十分すぎる報酬でしょ?」

「いいわ。乗った。約束破ったら殺すわ。絶対よ」

「交渉、成立ですわね♡ なんなら、一筆貰ってきましょうか?」

「それはいい。自分で貰うわ」


 マグライトとセルの談合は一瞬で片がついた。


 半ば無理やり巻き込まれたレベッカは、未だ状況をうまく整理できていない中、紅茶をすする2人に巻き込まれていく。




 ――ちなみに、


「あ。マグライト、お金払うわ。あなたのメイドを借りた分よ」

「何を言ってるのかしら。パトロンになると言ったでしょう」

「いやだ。昨日のことはまだ交渉前よ。私の気がすまない」


 そういって、自身の荷物を漁るレベッカだが、


「あ、あれ。金貨袋が……ない。あれ、デコイも!?」

「スられた? 聖都に来てすぐ一文無しだなんて前途多難ね。よかったじゃない、パトロン見つけれて」

「でも、いつの間に。……まさか、あの娘?」


 ようやく中央大通りでスリの被害にあったことに気付いたレベッカであった。

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