20.集結の園へ


「――やはり、ワタクシのでしたわね」

「何を言っている、女狐。まさか、まだ出し抜けると思ってんの?」


 メリーが鉄杭を振り回しながら、鎖を手繰り寄せてマグライトとの距離を詰めていく。


 腕に巻き付いた鎖はガッチリと絡みついていて、解くには時間がかかると判断したマグライトは、――あえて自分から距離を詰めた。


「つっ――!」


 突如メリーに向かって突進してくるマグライトに、振り回した鉄杭を投げつけた。



 魔力を込め、遠心力を利用した投擲は、もはや音を置き去りにする。


 かすめる衝撃で皮膚が裂けるほどの威力を、――マグライトは超人的な反応でキャッチした。


「ちっ――ゴリラめッ!」


 舌打ちをするメリーへ、投げつけられた鉄杭を投げ返す。


 魔力により肉体強化を施したマグライトの投擲は、受け止めることは不可能なほど。


 それを、――二人の間を引き裂くかのように、セルの一振りが鉄杭を叩き落とした。


「そう来ると、思っていましてよッ!」

「なっ――!?」


 間に割って入るセルの足に腕に巻き付いていた鎖を絡め、更にセルの持つ大業物『テリオン』の刃にも巻きつけ、両足を踏ん張る。


「うりゅああああああああああああッ!!」


 鎖を利用してメリーとセルごと投げつけた。


「ちっ、曲芸サーカスのマネごとをッ!」

「邪魔臭いッ! どきなさいよ!」


 二人一緒に投げつけられ、地面を転がる。


 その隙をみて、マグライトが腕に巻きついた鎖を解き、先端の鉄杭を深々と地面へ突き立てた。


 ――そして、




「――終いにしますわよ。これが、ワタクシの全身全霊」




 周囲のマナを根こそぎ奪い取るほどの、魔力の渦がマグライトへと流れ込む。


「――『かぶりげろ おとがいひらき、大海たいかいめ 黙示録の獣アポカリプス世界せかい穿うがて』――」


「――『のろえ、のろえ、のろえ 三度みたび宣告せんこく逆巻さかま曇天どんてん 怨讐おんしゅう彼方かなた貴様きさまいざなう』――」


 セルもメリーも、マグライトのしようとしていることを瞬時に理解した。


 そして、それを打ち破るには、彼女たちも全身全霊を懸けなければ、結末は想像に難くない。




 ――そろそろ頃合い。あなた達なら、付いて来てくれると信じていましたわ。




 マグライトを中心しにて、アリーナの地形が3人の『華』を覆うようにして隆起する。


 足場が変動し、セルとメリーは詠唱を終えた魔法のタイミングを外され、土のドームに飲み込まれた。






「――狙いはか、マグライト」


 国王の傍らに立つ麗人が口を開く。コロシアムにいる人間の中で、彼女だけがマグライトの思惑に気が付いた。


「メーガス家はやはり侮れんな。そうだろう、大魔女よ」


 予想以上の奮闘を魅せるマグライトに、国王が関心したように賛辞を述べ、それを聞いた『瞬獄』のホムラは、苦虫を噛みしめるような表情を見せる。






「無詠唱だとっ!? こんなの、魔法少女の域を超えてるぞッ!?」

「いや、これほどの術式、無詠唱で行うには無理がありすぎるわ! どこかで詠唱してなきゃ――」


 詠唱をせずに、地面を隆起させるほどの大魔法を平然と発動させる荒業に、メリーとセルから戸惑いが吐露する。


 セルは時間差で魔法を発現させる詠唱のタイミングがあったか記憶を辿るが、先程一瞬だけ感じたがあった。


 マナの残香から失念していたが、――わずかに感じた魔力の気配。


「まさか、か!?」


 そんなはずがないと、セルが推理する。


 もしかしたら魔法少女として開花できるだけの才能があったのかもしれない。


 だが、第5ピリオドが始まる段階では、明らかにその気配はなかった。


 『蕾』としての段階に至ったとしても、今日一日でこれほどの進化をすることなど、ありえないと。だが、




 ――その『まさか』は、マグライトが仕込んでいた事実に間違いはない。




「ちっ――!」


 余裕の表情を崩さないマグライトに、セルの苛立ちが増加していく。


 今日の第5ピリオドの采配は、完全でなくてもマグライトは前もって認識していたはず。


 メリーの采配までは考えが及んでいなかったとしても、セルとのマッチを気付いていて弄んでいた。


 その事が、セルの気持ちを揺さぶり、勝負が決する前に一発殴らなきゃ気がすまないと、彼女を奮い立たせた。


 だが、戦況がどう転ぼうと、レベッカを軸にになるように誘導していた。


 最後までまんまと乗せられていた。


 そのことが、――この戦いの結末をどう迎えるかすら、に決定付けられている事に気付いてしまった。


 詠唱を唱えたことで、すでにセルの体内では大気から取り込んだマナと、発動が遅れたことで魔力炉心で消費し続けているオドのバランスが崩れていた。


 『詠唱』そのものが、マグライトの仕組んだ罠だったのだと――


「――『風斬かざきり羽根ばねのジャバウォック』――!」


 無理矢理にでも魔法を使わなければ、よりドツボにハマってしまうと判断し、大振りで大剣を振り下ろす。もはや、マグライトに当てることに意味はない。


 当てずっぽうの斬撃が、――偶然にも地面に打ち込まれていたメリーの鉄杭を解き放った。




 ――あ。やばい。




 そう思ったマグライトと、




「――『祝詞讐園ハムラビ』――!」




 『マキナの神』の加護を逃さないと、メリーの魔法が発動される。


「何をしているのメリー! これじゃ、炉心が持たないっ!」


 詠唱によって発動するべきものとは


 マグライトの思惑により状況が変わり、かつセルにより鉄杭が使えるとなるなら、のほうがより強力だと、――呪いを孕んだ鉄杭がバケモンへと変貌する。


 鉄杭を中心に巻き付いた鎖が――マグライトと同じくらいの大きさに膨れ上がる。


 鎖のバケモノは、禍々しいほどの殺意を形とした、呪いの風船。いつ破裂してもおかしくない状況で、マナを喰い潰そうとしているマグライトへと襲いかかる。


「――ちっ、道連れにする気!?」

「それはだッ!」


 焦るマグライトに、メリーの呪いが迫る。


 ここを逃せば、メリーにチャンスは二度と訪れない。マグライトへのは、ここで成し遂げなければ、メリーの後悔が残る。


「どっっっっっっっっっっっっっっっっっっせぇええええええええええええええいッッッッッ!」


 マグライトが魔力で強化した右廻し蹴りを鎖へと叩き込む。渾身の一撃で、自身に迫る危機を打破しようと、――




 ――ドクン、と。呪いの重ねがけで、体内のオドを枯渇させたメリーの魔力炉心が限界を迎える。




 炉心融解した魔力炉心が、メリーの心臓に尋常じゃないダメージを与える。


 突如発生した激痛に、メリーは声を上げることもできず、自身の胸を抑えて倒れた。


「メリーッ!?」


 そう叫んだセルの眼に――形骸崩壊し、破裂した鎖のバケモノの破片が飛び込んでくる。




 ――間に合わないッ!




「ギャァァアアアアアアア!!!」


 最早弾丸となった鎖の破片が、セルの左眼へと突き刺さる。その衝撃に、セル自身も吹き飛ばされ、受け身も取れずに土の壁へと激突した。


「ぐっ――――あ゛あ゛あ゛ぁッ――!!」


 マグライトの右足にも、おびただしい数の破片が突き刺さり、――マグライトの中でバランスを崩した大量のマナが、大気へと逆流し、衝撃波となって放出される。




 ――ドームと化していた土の壁が、その衝撃で崩壊した。


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